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背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【6】

2008年11月29日 14時40分26秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降

【5】へ

そして、とうとうその日が来た。
12月24日。
イブだけど、厳密にはイブではない。まだ朝。午前中だ。
ただ、お目当ての夜が来る前に、ここ、武蔵野基地がある東京を含む関東近沿では、一足先に天のカミサマからの贈り物に見舞われることになりそうな気配だった。
朝のワイドショーでは、どこのテレビ局の天気予報のコーナーでも、気象予報士がこぞって以下のようなことを口にしていた。
「関東地方では、午後から急激な寒波に見舞われ」
「大荒れの予報が出ております」
「空のダイヤや各交通機関にも大きな影響を与える虞が」
「お出かけの際はくれぐれもお足元にご注意をなさって」
等等……。
彼らの深刻そうな顔が、予報の当たる確率の高さを物語っているようで、郁の気持ちを暗くさせていた。
なんで、よりによってこの日が大荒れなのよー。とホントにいるかどうかも分からないカミサマの胸倉を引っつかんで前後に揺さぶりをかけたい気分だ。
「ねえ、ちょっと。十年に一度の寒波が上空に入り込んでるんだって?」
おはようございます、と颯爽と出勤してきた手塚に食って掛かる。まるでそれが彼のせいだとでも言いたげに。
しかし手塚は動じることなく、冷気を孕んだコートの前をはだけながら「そうらしいな」と頷いた。
「ホワイトクリスマスだろ」
「そんなロマンティックなやつならいいけど。……吹雪はやだなあ」
郁は顔を曇らせた。
「デートなのか、教官と」
ストレートに訊かれて、ウ、ウン、とつい口ごもる。
「雪だと延期なのか?」
「まっさか。冗談でしょ。決行よ、降雪決行」
「ならいいんじゃないのか。雪に降り込められるイブってのもオツだろ」
その口調のてらいのなさに、郁は気恥ずかしさよりも「あれっ?」となる。
なんだか手塚、機嫌がよくない?
あたしの気のせい? 今にも鼻歌とか歌いだしそうに見える。
「……なんだよ」
じろじろとぶしつけな視線を浴びせられて、幾分怪訝そうに手塚は郁を見返した。
「いや。あんたこそ、今晩の予定は?」
「ん。実家に帰って用事を足してくるけど。……それが何か」
柴崎との約束が手塚の頭を掠める。
今夜のことは笠原にも内緒にして。
予防線をきっちり引くのはいかにも柴崎らしかった。それがたとえ、同室の笠原に対してであっても。
慎重に慎重を期して、自分の内側に相手を踏み込ませまいとする。ガードをかける。
あの頑なさは、何ゆえだろう。
自他共に認める情報屋の習性とだけとも、言い切れないような気がする。
そう思いながらもさらりと返したつもりだが、郁はそれでもまだ視線を手塚の顔から外そうとしなかった。
「結局柴崎、誘わなかったんだよね」
「……ノーコメントで」
YESと言えば嘘をつくことになるし、NOと言えば柴崎との約束に抵触してくる。
はりせんぼんを飲まないためには、無難な線で答えるしかなかった。
郁はそれを前者と受け取めたようで、
「んもう、何やってるのよー。今年はチャンスだったのに」
と焦れた。
「すっごい綺麗よ。柴崎。まるで女優さんみたいだった」
昨夜の衣装合わせのことを熱を帯びた口調で話して聞かせる。
「見せてあげたかったー。あたしの網膜に残ってる画像、あんたに転送してやりたいわ。マジで」
「転送って、お前はサイボーグか何かかよ」
女って、服の見せ合いとかそういうこと同じ部屋のやつとしてるのか。男子寮では考えられないしきたり? に驚きを覚えつつ、手塚は言った。
「でも、そんなに綺麗なのか。残念だな」
全然残念がっていない風に。
そのニュアンスにまったく気づかずに、郁はこくこくと何度もあごを引いた。
「ほんとよー。ピアスなんかもきらきらでね。可愛いの。あ、デザインが雪の結晶のやつだったから、今夜の天気にはぴったりなのかなあ」
「……そっか」
手塚は自分のデスクの椅子を引いた。キャスターが滑らかに床を滑る。
その口許には微笑が畳まれている。
……そうか。
ピアス、してくれてたのか。
黙っていても頬が緩む。
「ん、もう、もっと悔しがりなさいよ」
「悔しがってるよ」
郁が肘で手塚にエルボを食らわし、いてえ、と彼が顔をしかめたところへ、ドアが開いた。
堂上と小牧が続けて入室してくる。
「おはよう」
「おはようございます」
郁の背がしゃんと伸びる。
ん、と堂上が軽く笑みを投げたのを郁も笑顔で受け止める。
朝のいつものこの二人の甘いやりとりにも、外野は大分慣れた。茶々を入れる者もいない。
「はあー、寒い寒い。今夜は雪だってね」
チェック柄のマフラーを外しながら、小牧が身をすくめた。暖房は効いているが、小牧は寒さが大の苦手だ。
「今夜都内でデートするカップルは大変だ、こりゃ」
「……お前はどうなんだ? しないのか」
自分もコートを脱ぎながら、堂上が尋ねる。
「俺? 俺はもう昨日済ませたもん。前倒しで。祝日使って」
小牧はさらりと答えた。毬絵ちゃんと、という台詞をカットしても、班員には相手が伝わる。
「おかげでゆっくりできました」
君たちはくれぐれも気をつけて。幾分意地悪を含んだ言い回しで小牧は爽やかに笑みを振りまいた。
「ああそれはどうも気を使ってくれて」
照れくさいのか、堂上が語気を荒げた。すると、
「まあどうせ宿泊コースなんだろうから、雪が降ろうが降るまいがあんま足回りには関係ないか」
「小牧!」
「小牧教官!」
堂上と郁の声がシンクロする。小牧は「はいはい」とロッカーに向かって退散を決めた。
脱いだコートを片手に手塚の背後を通るとき、
「手塚は? 今夜は外出の予定、あるの?」
と訊かれ、はい、と答える。
と、
「気をつけなよ。ほんとにかなり降るみたいだから。いやってくらい景気よく」
今夜の柴崎との約束のことを知る由もないはずなのに、何もかもお見通しみたいな口調でふと真顔になって小牧は言った。
そこで初めて外のことに気が向いたように、窓の向こうに目をやる。
勤務開始時間はまだだというのに、いつもより重たげな、鼠色の雲が手塚の視界を塞いでいた。


……あーあ。タイクツ。

柴崎は欠伸を漏らしかけ慌てて口を押さえた。
会場に案内されてから、もう数回目。退屈で退屈で、どうにかなってしまいそうだった。
呑み込んだ欠伸のせいでなみだ目なりつつそっと左右を窺うが、それぞれ近くの席の友達と談笑していて、柴崎の様子に気づいた者はいない。
あぶないあぶない。
柴崎は、ワイングラスに手を伸ばす。ボルドー色の液体でわずかのどを潤した。
居住まいを正す。
タイクツな披露宴だった。宴が始まってからすぐ、柴崎は出席したことを後悔していた。
まず、祝辞が長い。新郎側からひとり、新婦側からひとり、そして乾杯の音頭を頼まれた、新郎の勤める会社の専務という人の三人で気がつけば1時間。新郎新婦の馴れ初めからプロポーズまで、延々と二人のエピソードを披露しているうちに、卓上に並べられた料理がどんどん冷えていった。
ああ、もったいない。
あったかいうちに食べると美味しいのに……。
読経のような下手糞なスピーチに耳を塞ぎたい気分で、柴崎は熱を失っていく食べ物を惜しんだ。
新婦は大学のゼミの同級。今は文房具を製造販売する大手の会社に勤めている。高砂でその隣に座るだんなさんとなる人は外資系の会社のエリートだという。会場には、それらしい風貌の30代くらいの男性が占める円卓がいくつも用意されていた。
同じゼミで、柴崎と同じように呼ばれた未婚の女友達は「今日の披露宴、アタリだわ」と初めから色めきたっていた。
「出会いのチャンスよ、ゲットよ」と。
でも柴崎は気分が乗らない。つまらない祝辞にも、冷めたディナーにも飽きていた。英語交じりでジョークを飛ばしている、ヤンエグの円卓にもさっぱり興味がわかない。
やっぱり、来なきゃよかったかなあ。
これじゃあ寮でひとりコタツに入ってみかんでも食べながら読書してるほうがマシ。積んでる本で、未読のやつ、かなりあったから。
あーあ。
ドレスに合わないので、時計は外してある。17時からの開始だから、もう18時は完全に回っていることだろう。18時半といったところか。
……早く終わらないかな。
早く手塚が迎えに来てくれたらいいのに。
不意にそんな思いが浮かんで、柴崎は焦る。
思考回路が、王子様発言の同室みたいで。頭の中を誰に覗かれた訳でもないのに、心臓がリズミカルに鳴った。
無意識にこめかみにかかった髪を撫でつけ、柴崎は動揺を払おうとした。今日は彼女は綺麗に髪をアップにしてまとめている。その耳元に、雪のかたちのピアスがまばゆく煌いた。

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絵になるだろうなぁ (たくねこ)
2008-11-29 20:37:07
ドレスアップした柴崎と、それなりにドレスコードを合わせた手塚じゃぁ、目立ちますねぇ…
そこに雪かぁ…
( ^_^)/q□☆□p\(^_^ ) って感じかなぁ~~~。
う~~ん、メリクリっ!!
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Unknown (MIO)
2008-11-29 22:54:52
クリスマス、意識しあってる男女が色恋とは別な理由を設けたデート、そしてどう転ぶか読めない天候、、、
ひゃ~~~、wktkが止まりません!美味しいネタがどっさり詰まってて、堪らんです!続きを楽しみにしてますね~vvv←こちらでも楽しめて私ってば凄い贅沢をさせて貰ってますね♪ホント、有難うございますv
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ありがとございます☆ ()
2008-11-30 07:07:21
人間ドックで飲んだバリウムのせいで、まだお腹が不調なあだちです。うーん……
なのに筆では超ろまんちっくなしちゅえいしょん(平仮名)をイメージせねばらならぬという。。。。ジレンマですわ(愉しいジレンマですが・笑)

>たくねこさん
柴崎のドレス姿が書きたくて始めた連載と言っても過言ではないこの話。。。きれーですよね、絶対手塚、見とれますよね! ああ早くその部分が書きたいです!(はよ書きなさい自分)そして金沢生まれの柴崎は、雪が非常に似合うと思うのであります。。。うっとり。

>MIOさん
こちらこそ、先日はお話贈ってもらっちゃってありがとうございましたー
こっちにかかりきりでお礼のメルもできず、気にかかっておりました(すいません)。。。
感想はしばらくお待ちのほどを。そして、この連載が終わりましたら、うちに掲載させてもらってもいいですか。お願いします。(詳しくはメールにて……よしなに)
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