背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

今夜は聖夜【2】

2011年11月17日 05時29分44秒 | 【図書館危機】以降
【1】へ

 柴崎と郁が広間に下りていくと、手塚が女たちに群がられているのが真っ先に目が入った。
 芸能人の囲み取材のように人垣ができており、しきりとデジカメや携帯の写メを向けられている。
「ジャック船長、こっち向いて」
「一緒に撮ってくださあい。ほら、チーズ」
 チーズ、の後にハートマークがくっついた甘い声。
 強引に手塚の腕に腕を取って、ピースサインを決める女。
仮装しているためはっきりと見定められないが、あれはたぶんいっこ下の下士官。手塚は当惑顔だが拒絶はせず、群がる女たちのなすがままに写真に応じていた。
 今宵、手塚は海賊の格好で決めていた。映画の船長同様もてもてだ。
 あ、やば。
 とっさに郁が隣の柴崎を窺ったが、彼女は顔の筋肉ひとつ動かさなかった。まばたきもせず、「ふーん。お盛んね」とだけ呟き長いマントを翻してテーブルに向かった。
 用意されていたシャンパングラスを取り上げて、ぐびりと煽る。ぷはあと怪気炎。
 ま、まっず~い。
 郁は焦った。
 まずいよ、手塚。あんたなんだってそんな、今夜に限ってそんな見せびらかすみたいに女たちはべらかしてんのよ。
 いつもは女になびかないクールキャラで通してんのに。
「し、柴崎だいじょうぶ?」
 郁がさりげなく声をかけると、たん、とグラスをテーブルに戻して、
「え、なにが?」
 にっこりと微笑。
 すると、紅く塗った口紅から真っ白な牙が覗く。
 鋭い犬歯。広間の照明を受けてきらりと輝く。
 今宵の柴崎の仮装は、「吸血鬼」。女バンパイアだ。
 漆黒のマントを羽織り、フェイクの牙を仕込んである。
 色白の透けるような肌と、彼女の漆黒の髪とが更に妖しげなムードをかもし出し、相乗効果をもたらす。
 その妖艶な笑みに、郁の背筋が凍る。
 ぴきーんと硬直した郁の肩にそっと手をかけ、柴崎が言った。
「あたしはなんともないわよ。あんたこそ人のことなんか気にかけてないで、堂上教官んとこに挨拶に行ったら? 今夜のあんたたち、まるで打ち合わせたみたいにお似合いよ」

 華麗にウインクを決めると、「え、えええっ」と郁がどかんと真っ赤になった。


今回のコスチュームは、郁がナース。柴崎が吸血鬼ですんなり決まった。というか、柴崎が独断で決めた。
ネットで購入した現物を見るなり、郁はたじろぐ。ダンボールから思わず二三歩後ずさって、
「あ、あまりベタすぎないかあコレ」
 ひよった。
「いいのよ、ベタすぎるほうが殿方は好きなの」
反対に、柴崎はノリノリだ。郁用のナースの制服を彼女にあてがい、いろんな角度から検分している。
「べ、べつに男の人のために着るんじゃないもん」
 ごもごもと口ごもる。けれども郁が堂上を意識しているのは丸分かりだ。何着よう、教官は何着るんだろうとここ数日あーでもないこーでもないを繰り返してきたのをつぶさに見ている。
「ふうん? そういうことにしといてもいいけど。あら、やっぱいいわあ。あんたにぴったりよこれ」
「そ、そお? かな」
 郁は自身の姿を眺めまわした。
「うん。純白じゃなくて、薄いピンク色ってあたりがなんともそそるわねえ。それに通常の制服の丈より短めなのがいいわね」
「そ、そそるって」
 たじろぐ郁にぴとりと身を寄せて、柴崎が囁く。
 ふふと笑ってその蠱惑的な声で。
「着てみなさいよ、実際に。あんたの自慢のおみ足。裾からすらっと覗いてきれいよう。教官も悩殺されること、間違いなしね」
 仇っぽい視線を注がれ、郁の心は騒いだ。思わずぎゅううっと制服を胸にあてがう。
「の、悩殺、って」
「したいんでしょー? 折角のクリスマスだもんね。憧れの教官の視線を独占して、ロマンティックにいきたいわよねえ」
 猫なで声とはこういうことを指すのだろうか。そう思わせる柴崎の言い回し。
 すっかりゆでダコのようになってしまった郁の頭をぐりぐりと撫でながら、柴崎は続けた。
「大丈夫、あたしの言うとおりしとけば万事OKだから。ナースの制服、生足で着てごらん? もうたまんないわね。男の人じゃなくてもきっとね」
 郁はジト目で柴崎を見遣る。一方的に防戦なのが、なんだか悔しい。
「そ、そういうあんたはちょっと地味じゃない? 確かに吸血鬼って珍しいけどさあ」
「あたしは顔が派手だからこんぐらいでいいのよ」
 さらっとすごいことを言ってのける。それに、と続けて、
「ただのバンパイアじゃないんだな、これが。大丈夫、ちゃんと段取りは考えてるから」
 うふふ。目を眇めて笑う柴崎の笑みは、悪い笑みだけどやっぱりきれいで。
 見とれつつもちょっぴり癪で郁は口を尖らせた。
「やっぱ、あんたのことだから、ただの吸血鬼で済ませるわけがないと思った」
「当たり前でしょ。あたしが何を狙ってると思ってんの。【食堂一週間タダ券】のためなら、あたしは策に策を巡らすわよ」
 柴崎は胸を張り、悪の化身のように手の甲を口に当てほほほほほと高笑いをした。


 結局、手塚も柴崎も同じ穴の狢というか、狙いは一緒なわけで。
 今年はどんなコスプレで来るかなと内心楽しみにしつつも、互いは「仮装大賞」という譲れない座を賭けたライバルなのだった。
 そして迎えたクリスマスイブ。蓋を開けてみると手塚は海賊の仮装。柴崎は吸血鬼。
 双方はまり役ながら、手塚が先に会場入りしていたことで注目を浴び、女たちに囲まれているのを目撃した柴崎はすっかり頭に血が昇った。
 郁の手前、死に物狂いで動揺が表に出るのは押さえ込んだけれども、それでも腹の虫は収まらない。アルコールを煽って静めようとしたけれども逆効果。
 スパロウ・手塚をにらみつつ恨み節を吐く。
 なにあれ、手塚ってばでれでれしちゃって! 鼻の下、伸びまくり!
 わざとらしく眼帯なんかしちゃってもう。小細工するなんて、手塚のくせに生意気なのよ。
 あったま、きちゃう。
「わあ、柴崎さん、お綺麗です」
「吸血鬼ですか。すごい、妖艶ですね」
 男たちが賛辞を口にしながらわらわらと群がってくるも、なんともうざったい。
 ざわつく胸のうちを知られないよう、外面はにっこりと笑みでコーティングして柴崎は営業スイッチに切り替える。
 犬歯をひけらかして笑顔を作り、
「どうもありがとう、今夜はあなたたちが私の餌食になってくださる?」
いい月が出ている夜のことですし、と流し目を送ると、男たちは「もももももちろんです! 俺の血でよければ是非すすってください」と直立不動で声を張り上げた。


一方こちらは手塚。
なんとかかんとか女たちの輪から抜け出し、テーブルにたどり着いた。小牧が「はい」と差し出したシャンパングラスを受け取る。
「ありがとうございます」
 一息に煽ると生き返る心地がした。
 会場の熱気がすごい。さまざまなコスプレをした寮生でごったがえし、冬なのに汗が出そうなほどだ。
 一歩離れたところから見てみると、異様な光景だ。まともな格好をした人間は、この会場一人もいない。動物のきぐるみだったり、有名なアニメキャラだったり、中にはあまりにマニアックすぎて何を意図した仮装なのか分からなくなっているものもいて、まさにカオス状態。
 寮母さんたちまで楽しげにコスプレしているから手に負えないというか、なんでもありというか。
 一歩引いた目で人々の様子を眺めていた手塚に向かって小牧が言った。
「もてもてだねえ。スパロウ船長?」
 そつなく有難うございますと言ったほうがいいのか、それともしっかり謙遜すべきか迷う。言いよどむ間がおかしくて、小牧が笑う。
「手塚だけじゃなく、あっちももてもてみたいだけどね。いいの? 放っておいて」
 グラスを持っている手で小牧が指し示したのは、男たちのむさくるしい人垣だった。そしてその中央にいるのは勿論柴崎だった。
 あ。
 手塚はそのとき初めて彼女に気づく。彼女のコスプレにも。
 男たちに囲まれているせいでよく見えないが、黒いマントを優雅になびかせ、白いシャツの襟を立てている。ドラキュラをイメージしているのはすぐに見て取れた。男装めいているのに、なんとも艶かしいのは、黒いマントに緋色の裏地が映えるせいだろうか。それとも時折笑みを覗かせると、鋭い牙が唇を彩るからだろうか。
 傷ひとつない白い素肌が、マントから垣間見える細い腕の、その静脈がうきたつ手首までが、病的に美しいせいだろうか。
 手塚はしばしぼうっと柴崎に見とれていたが、耳元で小牧に「妖しげだよね」と囁かれ我に返った。
「え、あ……」
 とっさに返す言葉が出てこない。慌てて柴崎から目線を離す。
「あんな吸血鬼なら喜んで襲われたいよね? 男なら」
 手塚の心のうちをまるで見透かしたように言うものだから、
「あ、はあ。まあ」
 しどろもどろになるしかない。
 小牧は人の悪い笑みを口許に湛えて、「早いとこ襲われておいたほうがいいよ? 鳶に油揚げ掻っ攫われる前にね」と忠告した。
 手塚は黙すしかない。
「ところでわれらが班長どのはどこに行った? うちのブラックジャックは」
 小牧が会場を見渡す。小柄な白衣姿を探した。
「いらっしゃらないのですか。てか、外科医設定なんですね」
 手塚もつられたように堂上を探す。しかしなかなか視野に入ってこない。
「いいじゃない。暴力外科医。その実、内面は人間くさく、優しい。あいつにぴったりだよ」
 ひどい言い草だな、そう思いつつ手塚は少し笑った。すると、
「あ、いたいた。どうやらあいつもお姫様を見つけたらしい。ちょっとウォッチしてようか」
 小牧は言って、シャンパングラスを口に運んだ。

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2 コメント

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よろこんで! (たくねこ)
2011-11-18 15:19:54
柴崎吸血鬼なら、血を贈呈しますよ、
だって、こっちにも少しご利益ありそうじゃないですか!
ひからびるとしても、綺麗に干からびそうだ…
返信する
私も吸われたい。 (あだち)
2011-11-19 07:27:25
>たくねこさん
しかし
柴崎に初吸われするのは、むろん、ということで【3】をお楽しみくださいませ。
返信する

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