背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

三回キスした男 【前編】

2008年09月15日 06時54分07秒 | 【図書館革命】以降
三回キスをした男とは、依然なんの進展もない。

自分から仕掛けたことが、それより前にないから、柴崎は戸惑っている。
読めない。
相手からのキスが始まりなら、展開は決まっているのだけれど。

手塚は、もちろん恋人ではない。なのに、単なるともだちでもない。
ただの「同期」というくくりにも収まらない気がする。
上の三つの関係に落ち着くには、自分は手塚の家の事情に深入りしすぎた。そう思う。
微妙に宙ぶらりんの間柄。そう言い表すのが一番ふさわしい。
けれども柴崎は今のところ、手塚とのそういう距離感に、さほど不都合は感じていない。読めなくてもいいか、そんな風に思う。


休みの日に自分が呼び出して、手塚と二人出かけることもたまにある。
デートじゃない、ただの「用事」。
柴崎は頑なに甘い言葉を用いない。

「ねえ明日、ハンズ、付き合ってくれない? ちょっと買いたいものがあるの」

「荷物持ちか」

夜に聞く電話越しの声は、いつも聞く手塚のものよりもすこし低い。そして仕事を終えてリラックスしているせいか、穏やかに聞こえる。

「察しがいいわね。ちょっと部屋の中の模様換えしたくて」

「いいよ。空いてる」

誘えば二つ返事で付き合ってくれる。
今のところ断られたという記憶はない。
キスをしてから、手塚に女の影を感じたことはないけれど。
お互いそういう部分には立ち入らないのが、暗黙の了解事項だ。


今回の、柴崎のお目当ての品は、組み立て式の木製ラックだった。

「これ、自分で組み立てられるのか?」

包装された大物を軽々と持ちながら、手塚は訊く。
電車がホームに入ってきたので、乗り込んだ。
柴崎を先に促し、ドアの脇の位置を確保する。荷物を足元に置いた。

「うん。当たり前でしょ。ドライバーさえあればね」

「結構でかいから、お前の手には余るんじゃないのか。笠原にやってもらえば?」

「……あんたね、何年笠原と組んでるのよ。あの子にそんな小器用さを求められると思ってるの。頼むより、あたしがやったほうが早い」

「……納得」

そう言って電車が走り出す振動に任せていた手塚。しばらく、柴崎と窓の外を流れる景色を見るともなく見ていた。
が、おもむろに、

「俺がやってやろうか」

と切り出した。
ドアにもたれて立つ柴崎は、手すりに掴まる手塚を見上げた。わずかな驚きを含ませた視線が手塚の頬に当たる。

「ありがたいけど、……どこで組むつもり? まさか女子寮の中に入ろうなんて思っちゃいないでしょうね?」

「ああ……そうか」

迂闊にも、そんな基本的なところが欠けていた。手塚の表情はそう物語る。

「でも、ありがと」

視線を外して柴崎は言った。
手塚は、いや、と首を振った。

次の駅に到着すると、何かイベントでもあったのか、割と多めの客を電車は飲み込んだ。休日だというのに、車内はいきなりひしめいた。密度が上がる。むっと車両の空気が籠もる。
立ち位置を確保するのにも困難なほどだ。しかも大物を足元に置いてあるせいで、微妙に周囲の乗客の視線が痛い。
手塚と柴崎は身を寄せて、周辺にスペースを作ろうと努めた。
自然、手塚の懐に柴崎が入る態勢となる。
自分の鼻先が、手塚のポロシャツの胸元に来る。口紅をつけないようにしないと、と思うと、身体に要らなく力が入った。
ヒールになんかするんじゃなかった、と今更悔やむ。

「大丈夫か」

真上から、いや、耳元にじかに手塚の声が降ってくる。
昨夜の電話の比ではない、深い響き。
柴崎は顔を上げられない。わずかに俯いたまま、

「うん」
とだけ言った。

「しんどかったら掴まれ。俺の腰でもベルトでも、遠慮するな」

……ん。

電車が揺れているのか、自分の心が揺れているのか、分からない。
それでも踏ん張って足に力を入れてひとりで立っていると、

「なあ、これ、何の匂いだ?」

手塚が訊く。思わず柴崎が顔を上げる。
睫毛の先で、手塚が自分をじっと見ていた。

「香水? シャンプーか?」

「ごめん、嫌いだった?」

香水は普段から身につけていないから、多分整髪料だろうと思った。まさか手塚と今日こんな【恋人接近】するとは夢にも思っていない。不測の事態だ。
柴崎は、前にかかる髪を無意識に背中に流した。

「いや。そうじゃなく。……いいな、って」

手すりを掴む手塚の鍛え上げた腕が、目の前にある。
柴崎は大分前から気がついている。彼の腕がバリケードのように自分を囲って、周りの人間の体重がかからないように細心の注意を払ってくれていることに。
手塚はそんな素振りは全く見せないけれど。

「いつもお前、なんかいい匂いさせてるよな。気になってたんだ。
ただ甘いんじゃなく、こう、透き通るみたいなっていうか」

彼は自分の気持ちを言い表すことばを探す。
でもなかなかたどり着けないようで、

「上手く言えないけど、似合うな。お前に」
と微笑った。

その笑顔を見たとき、柴崎の中、何かが決壊しかかる。

――ねえ、手塚。あんたさ、
どう思ってるわけ? いったいどうしたいわけ?
あたしとこんな風に休みの日に普通に出かけるのはなんで?
どうしてあたしをこんなに丁重に扱ってくれるの?
満員電車の圧が全然伝わらないくらい、大切にガードしてくれるのは、なんでよ?


想いが一気に溢れそうになる。
柴崎の中のダムは、かなり貯水量が多い。けれどもそろそろ限界だ。
ちょうど電車が緩やかなカーブに差し掛かった時だった。それをいいことに、柴崎は手塚の胸に身を預けた。
身長差があるので、正面から抱きつく格好となる。
手塚の身体に緊張が走るのが分かる。洋服越しに伝わる。
柴崎は、彼の無防備な背中に両腕を回した。
シャツに指を立て、布地を掴む。頬を手塚の胸板にきつく当てた。

リズミカルな心臓の鼓動が耳朶を打つ。

柴崎、と彼らしくもない、かすかに震える声が吐息とともに髪にかかった。

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