背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

三回キスした男 【中編】

2008年09月16日 09時51分56秒 | 【図書館革命】以降

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筋肉質な身体の感触が、触れ合った面からダイレクトに伝わる。
自分にはない硬質なラインに柴崎は戸惑う。でも素知らぬ振りでくっついたままでいた。
手塚の喉が、わずかに鳴る。
手すりにやった腕や肘の線が、さっきよりも強張っている気がした。

……ねぇ、手塚、あたしさ、――

そこまで言い掛け顎を持ち上げたところで、ふと柴崎の目に映るものがある。
手塚の胸元。一つだけ掛けられていない、ポロの第一ボタンのあたり。
その襟元から覗く首の付け根、鎖骨の上に赤黒い痣が刻まれていた。
見間違えようのない、小さな薔薇のタトゥのような、キスマーク。

……へえ。
なんだ、そうなの。

心臓がぎりっと冷えて、目の前が真っ暗になったのは、たったの一瞬。
次の刹那には、手塚の首に噛み付いていた。手加減なしで。
彼のシャツを、ぐいと引き寄せ、まともに歯を立てる。とがぶりと音がした。

「いてっ!」

とっさに身を引く手塚。
柴崎の噛み痕を手で押さえる。手すりから腕が離れ、わずかにバランスを崩し、隣の客にぶつかる。
すいません、と慌てて謝る。声を上げたことで、周囲の視線を思い切り浴びてしまっている。
長身を屈めるようにして、手塚は柴崎の目の位置に目を合わせ、睨んだ。

「なんだよ! いきなり、痛いだろ!」

声を絞って抗議する。噛まれたところを手でしきりと摩っている。
柴崎は「あら、痛かった?」としれっと答える。動揺が滲まないよう、あらん限りの自制心を掻き集めながら。

「お前な……何するんだよ。いきなり、……と思ったら、仕舞いには噛みついて」

手塚が言葉にしなかった部分は、きっと「抱きついてきたと思ったら」だ。

「訳分からん。何考えてるんだよ」

当惑仕切りの、その言葉にカチンと来た。

「訳分かんないのはあんただって同じでしょ。何なのよ、いったい」

なぜ自分がこんなにも激昂しているのか柴崎自身にも分からない。
その歯がゆさをそのまま手塚にぶつける。

「はあ? 何のことだ?」
「あんたなんかね、たった三回キスしただけの男なんだからね。忘れないでよ」

腹立ち紛れにそう言った直後、すぐに後悔した。
しまった。と、唇を噛む。でも、もう遅い。
言葉はつぶてとなって手塚にまともにぶつかった。鼻先に水風船でも投げられたみたいに、手塚は目を見開いている。

傷ついた。――傷つけた? 
どうしよう。
スカートから伸びる、ヒールが支える足が膝が震えた。
でも当の手塚は傷ついたというよりも、ひどく不可解な顔をした。
投げられた言葉の意味を理解しかねているような。
なんでいきなり柴崎がそんなことを言い出すのか、そちらの方が掴めないと困惑しているかのような。

ふと気がつくと、自分たちを囲む周りの乗客が興味津々といった態で、会話の行方に聞き耳を立てている。
どうやら悪目立ちしすぎたらしい。柴崎は臍を噛む。
こんなのあたしのキャラじゃない。なんだっていうの、いったい――
手塚のキスマークに逆上して、支離滅裂なこと口走ってしまうなんて。
こんなの、まるで嫉妬じゃない。ありえない。

ああ、もう。と柴崎は足元の荷物を持ち上げた。
かなり重い。ずしりと手ごたえが来る。それさえも腹立たしい。

「柴崎?」
「もうここでいいわ。今日は付き合ってくれて、ありがと。こっから先は、自分で運ぶから」
「運ぶってお前……。それはお前じゃ無理だろ」

貸せよ。手塚が手を差し伸べる。
それを振り払って、満員の車両の中、ずるずると引きずって移動する柴崎。
今は、手塚の側に居たくなかった。顔を見られたくない。

「いいったら。あたし一人で大丈夫」

ムキになって、もち手のビニール紐を引っ張った。
手にしるしのように食い込んだ痕が、痛みを伴っていつまでも消えてくれなかった。



「柴崎、どうしたの? ぼうっとして」

風呂上り、部屋でアルコールを飲んでいると、ローテーブルの向こうから郁に声をかけられた。

「ん?」

柴崎は首を巡らし「あたし、ぼうっとしてた?」と訊く。
郁は顎を引いた。

「うん。湯あたりでもした?」
「そうかも。少し長く入りすぎたわ。今夜は」

……嘘だった。
笠原にさえ見透かされてる。今日のあたしは何かおかしいって。
でも今はそれが悔しいとか歯がゆいとかでは全然なくて、ただ「あーあ」な気分なだけだ。

「持てるってば」「無理するな、貸せって」「大丈夫だから、ほうっといて」「ここまで人をつき合わせて放っとけって言い草があるか」などと、さんざん手塚と押し問答を繰り返しているうちに、駅に着き、車内の顰蹙をびしばし買いながらホームに下りた。
結局自分の手からぶんどるみたいに手塚が荷物を取り上げて、さっさと寮に帰ってしまった。後ろを一度も振り返ることなく。
女子寮に着いたら、玄関先に荷物だけ置いてあったという按配だ。


……完全に怒らせた。呆れさせた。
自分を置いて、どんどん前を行ってしまった背中を思い出すと、喉を塞がれたように胸が苦しかった。

「……キスマークの一つや二つで、動揺するなってのよねえ。小娘でもなし」

後悔は自嘲となって、口許から零れ落ちたらしい。
すかさず郁が、「何なに? キスマークって?」と耳をダンボにして食いついてくる。
あー、今その話題触れたくないという思いと、はぐらかすために頭を働かせるのもなんだか面倒だという思いがせめぎあって。結局素で愚痴る気分が勝った。
笠原あ、と呼び、首筋を指で突いてみせる。

「あんたさ、手塚がキスマークここんとこにつけてんの、知ってる? これ見よがしにさあ」
「キ、キスマークううう? うっそだあ」

郁が素っ頓狂な声を上げる。
嘘も何も、だってこの目で見たもの。とは言えず、

「ほんとだって。手塚もああ見えて隅に置けないわね」

ふん、と鼻を鳴らした。

「キスマークって、まじで? あいつ全然女っ気あるように見えないんだけど」
「ほんとよね。手塚のくせに、生意気よね」

言って、缶ビールをぐびりと呷る。今夜の銘柄はいつもより苦い。
郁は濡れそぼっている髪をタオルでぐしゃぐしゃと乾かしながら、「ほんとかなあ。だって手塚だよ?」と本人が聞いたら気を悪くするような言葉を吐き、突然一オクターブ声のトーンを跳ね上げた。

「あー! キスマークって。もしかして!」


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