(平成15年12月19日逝去 享年87歳)
19日の旅立ちの朝に見送りが出来ず悔しいが、こんな嬉しそうな遺影を見ていると、私どもも生きる力がみなぎる、ありがとうおふくろ!
58年の付き合いだったが、俺がこうしていられるのはおふくろのお陰だよ、女房には怒られそうだが、優しくて厳しいが、荒れた時、苦しんだ時、死のうと思った時、救ってくれたのは結局おふくろの無言ではあったが、この笑顔だったと思う。
大した親孝行は出来なかったが、こうして皆んなが集まることがささやかなはなむけだと捉えてくれ。
おふくろの息子で良かったよ、想い出がいっぱいいっぱいです。
おふくろよ、こんな多くの方々に見送られて旅立つなんて幸せだな、たった一人の幼くして病で倒れた妹のりつ子さん、追分けを唄わせたならうまかった母親のシゲさん、先に旅立ち33年も迎えに来なかった親父、一緒に旅立った小一郎おじさん、皆んなで萬松寺地域の皆さんや檀家の方々の安寧を念じて、やっと戻れたふる里で安らかに眠ってくれ。そして寺の行く末を見守ってやってくれ。
=おわり=
*母が逝去した際に書いた日記です。
萬松寺は私の生家で、世界遺産「平泉」になった、歴史遺産に関連する地で、岩手県奥州市岩谷堂増沢地区にある。