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「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

今年の正月の異様な光景

2010-01-14 | 日々のニュース
子どもたちに渡すなあぶない教科書大阪の会の方より「今年の正月の異様な光景」というメールをもらいました。
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 1月4日、信太山駐屯の自衛隊歩兵37連隊が「大阪市内の住之江公園に行軍にでた」とのことです。この日の早朝、800名以上の37連隊が住之江公園に向けて動き出しました。住之江公園ときいてピンときた方もおられると思いますが、自衛隊の本当の行き先は、住之江公園にある大阪護国神社でした。住之江公園に着いた自衛隊員は、「自由行動」の時間となり、大阪護国神社に参拝しました。表向きは住之江公園への「行軍」でしたが実際は自衛隊の護国神社への参拝でした。護国神社の宮司の話によれば自衛隊37連隊の護国神社への参拝は戦後始めてのことだそうです。
 ここで少し思い出したいのが自衛隊歩兵37連隊の経歴です。戦争中、歩兵第37連隊は、1896年に創設され、大阪城に配置された第四師団管下の基幹部隊となり、兵営は、現在の国立大阪病院(谷町4丁目)に設けられました。日露戦争では第2軍に所属し、金州・南山攻略、遼陽会戦、沙河会戦、奉天会戦に参加。1936年に中国東北部への派遣、その後は「南京攻略戦」にも参加しました。大阪で唯一の「実戦部隊」でした。
 住之江公園の大阪護国神社には、歩兵37連隊の「慰霊碑」が建てられています。「坂の上の雲」の影響があるのかどうかわかりませんが、自衛隊の行動は異様です。自衛隊の志気を強化していこうと思えば、戦前との連続性が絶えず出てくるのでしょう。その端的な例だと思います。
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 メールにあったように、37連隊は日露戦争や「南京攻略戦」にも参加した大阪で唯一の「実戦部隊」であるとともに、2005年2月よりイラクにも派遣されています。過去から現在まで様々な形でつながっています。
 ネットでいろいろ調べてみると、信太山駐屯地が訓練始めを一般道で行うのは初めてのことで、これまでは山岳で行っていたようです。信太山駐屯地は「年始に自衛隊の活動に対する府民の理解を深めてもらうことが目的」と話しています。
※陸自「訓練始め」初の白昼・一般道“行軍” 大阪、武器携行せず(産経新聞) 
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091224/plc0912241355011-n1.htm

 民主党政権が誕生して、普天間問題で「迷走」し自衛隊インド洋派遣終了方針などの新たな情勢の中、自衛隊と防衛族が危機感を持って存在を誇示しようとする動きがでてもおかしくありません。他方では政権内でも、武器輸出三原則見直し論や「憲法改正」論が出てきています。監視を強めるとともに、鳩山政権に対して軍国主義化や反動化をゆるさない一層の世論と運動が必要だと思いました。

(ハンマー)

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