これは『カブトムシ』になってるところ。頭の上のちょんまげがカブトムシの角。
「カブトムシになりたい」
というので、ゴムでくくってみた。
奈々美の面倒もよく見てくれます横で見ててハラハラするけどね
もう20日以上も前になると、記憶ももうおぼろげ30歳間近にして記憶力は著しく低下しているようだ… 覚えてることを覚えているうちに…
3日の朝、5:50くらいにおしるしがあって、その日の夜10:00くらいから10分間隔で陣痛が始まった。で、ちょうどその頃に立ち会いをする為に旦那が大阪か来る。「立ち会い出産」は旦那の強い希望があってすることになってん。産む本人である私はどっちでも良かった。どちらかというと、いない方が…なんて思ってた。病院に陣痛が始まったと電話をする。「経産婦なので入院の用意をして病院に来てください」と言われ病院にいくことになったのが10:30くらい。秀哉はまだ起きてて、久しぶりに会った父ちゃんと機嫌良く遊んでいた。深夜に陣痛が始まって秀哉が寝ていたら秀哉は置いていくという話だったが、この状況下では連れて行くしかなかった。で、結局、私・両親・旦那・秀哉の計大人4人子供1人の大所帯、あとあと動きやすいようにと車2台で行くことになった
病院に着いたのが11:30。内診で子宮口が3cm開いていることが分かり、そのまま入院することになった。12:00過ぎ、両親は秀哉を連れて家に帰る事になった。別れ際、もっと泣くかと思ってたけど、泣きもせず、ぐずりもせず、「かあちゃん、がんばってね」と言って病室を出て行った。この頃はまだそんなに陣痛はそんなにひどくなく10分~13分間隔だった。「このまま陣痛がおさまったらいややなぁ~」とか思った。3時くらいまでダラダラ痛い陣痛だった。たまに20分間隔になるし…「どないやねん」て感じやった。仕方ないのでアンパンを食べた。3時過ぎたくらいからだんだん痛みも増してきたので、隣で寝ていた旦那を起こす。
5時くらいから急に間隔が狭くなって痛くなってきた「5分間隔くらいになったらナースコールしてくださいね」と言われていたけど、また間隔が長くなったらと思い6時まで我慢した。で6時になっても変わらず痛いし間隔も短いのでナースコールをした。内診してもらうと7cmまで開いてるとのこと。そのくらいから急に間隔が短くなって痛みも更に増してきた。「立ち会い出産はどっちでも…どっちかといえば…」と思ってたけど、痛いときに背中や腰をさすってもらうと少しはマシなので、この頃からちょっとずづ『来てもらってよかったかな~』とか思うようになった起こすまでははっきりいって『何しに来てん』って思ってたもんなぁ
「じゃ、分娩室にいきましょうか」
と内診後に助産師さんが言ってくれたので分娩室に向かう。
「車いす、いりますか?」
と聞かれてびっくり秀哉を産んだ時は10cm開くまで分娩室には入れてもらえなかった上に、
「はい、じゃ、分娩室まで陣痛がおさまってる間に歩きますよ」
と言われて歩いたもん
分娩室でギリギリまでがまん。「いきみたくなったら言ってね。」と言い残して助産師さんも部屋から出て行った。部屋を移って30分後くらいかな?1分間隔くらいになって、横で見ていた旦那が
「もう押した方がいいって」
と言うのでナースコールをした。(私って適当なんかな?我慢強いんかな??)
「いきみたい感じする?」
と聞かれて、
「少し」
と答えると、
「経産婦さんやし、準備しよか」
と言われいよいよ出産の準備へ。