喜喜なつぶやき

るな改め るなるなるるん の 大好きな中華の世界とアラシゴト。そして旅。感じた事をつらつらと。

ドラマ「大化の改新」を鑑賞~♪

2007年01月14日 | 映画(中国・韓国)

ドラマ「大化の改新」を鑑賞しました~♪

 2005年の正月にNHKスペシャルドラマとして前後編で放送されたドラマ。DVDを買って以前に見ていたんですが、先日整理していたら出てきて再び鑑賞しました。


       

<スタッフ>
 作  池端俊策
 音楽  大島ミチル
 演出  片岡敬司
 製作統括  一井久司、片岡敬司

<キャスト>
 岡田准一 渡部篤郎 木村佳乃 山口祐一郎 小栗旬 伊武雅刀 大杉漣
 吹越満 六平直政 山口馬木也 大八木淳史 呉汝俊 伊藤敏八 蛍雪次朗
 高島礼子 原田芳雄 仲代達矢

<ストーリー>
 「前編:青春の飛鳥」 
  西暦636年。弱小豪族の息子・中臣鎌足と時の権力者蘇我氏の後継ぎ・蘇我入鹿は、同じ学堂に通う大親友だった。権力争いに明け暮れる大人たちに反発し、正義ある国づくりを誓い合う二人は、共に幼馴染の車持与志古に恋する。入鹿は与志古に求婚するが、与志古は純粋さを失わない鎌足に惹かれる。やがて、鎌足と与志古は結婚し、飛鳥を離れ、三島(現在の大阪府高槻市)の地で農作業に勤しむ日々を送る。一方、入鹿は父・蘇我毛人から政治の実権を奪い、敵対勢力である聖徳太子の息子・山背大兄皇子の討伐を計画する。正義を見失った友を鎌足は体を張って止めるが、入鹿は山背一族を討ち滅ぼす。
 「後編:友への誓い」
  山背大兄皇子を討伐した蘇我入鹿は、独裁者として調停に君臨。中臣鎌足は野にくだり、高徳の学者・南淵請安と出会う。鎌足は、飢えや病に苦しむ民衆の救済活動に献身する請安に心酔し、彼の活動を支える中大兄皇子と意気投合する。しかし入鹿は、蘇我氏の独裁を糾弾し、理想を唱え民衆の絶大な支持を受ける請安を、反逆の罪で捕らえて処刑を命じる。
  西暦645年6月12日。民衆を忘れた入鹿の国づくりを止める為、鎌足はかつての親友・入鹿を倒し、中大兄皇子と共に「大化の改新」への道を開く。

<人物相関図>
  



【感想】
 大化の改新に至るまでの中臣鎌足と蘇我入鹿との友情と、与志古との恋をややメインに置いて描かれている。

 山背大兄皇子が、中臣鎌足に言ったセリフ:父の聖徳太子が言ったことがある。:
  「美しきものは、“正義”である。“正義”を慕う心である。我ら凡俗には難しい話だ」

 この一言が、この話の重要な鍵---テーマ的な感じに思います。

 中臣鎌足は、出来る限り正しくありたいと、聖徳太子の言葉を守るべく、理想を求めて突き進んで行く。

「聖徳太子が制定した十七条憲法の第1条と第10条:
  第1条: 和を持って尊しとなす
  第10条: 心に恨みを抱くな。顔に憤りを表すな。人が自分と違うからと言って怒ってはならない。人にはみな心がある。心にはそれぞれの想いがある。自分は聖人ではなく、相手が愚かな者でもない。共に凡夫なのである。何が正しくて何が間違っているか、一体誰が定める事が出来よう。それゆえ、相手が怒ったら、自分の過失を恐れよ。」
・・・の言葉に感動し、請安の言葉に同調し、中大兄皇子とも意気投合し、理想の国づくりに向けて、突き進んで行く鎌足。
  中臣鎌足の生き方は、私達の理想の物かもしれません。その生き方をいざ自分もとなると、難しい事だと思います。

 山背大兄皇子を討とうとする親友・蘇我入鹿をとめようと奔走、親友の入鹿に裏切られ、また、尊敬する請安を殺すように仕向けられて、ついに意気投合している中大兄皇子と入鹿の暗殺に乗り出すことに・・・。入鹿の行なう政治に“義”を感じられないこともあるのだが・・・。

 だからといって、蘇我入鹿を悪者な奴と描いているわけではない。中臣鎌足とは親友で、これは政府の上位になっても入鹿の心の中では変わっていなかったと思います。それに、父の義のないやり方に、父を幽閉し自分が成り代わる・・・最初は、義のある政治を行なうように尽力していたに違いない。でも、周りの政治家とのやり取りなどで、真っ直ぐ自分の思う道を進む事は至難の業だと思います。あと、野心とかも芽生えてきたりと、“正しく生きよう”とすることは、難しい事なんだと思います。・・・とか思っていると、山背大兄皇子の鎌足に言った言葉がよみがえってきます。

 また、中臣鎌足が請安をかばった弾みで役人を殺してしまい、命乞いに妻の与志古が入鹿を訪れた際、入鹿が上手くいかぬ政治・恋に付いて話した時、与志古がいった言葉、「(理想どおりに行かぬ、政も恋も・・に対し)少し分かります。夏に入鹿どのがおいでになったおり、鎌足どのは言われました。『飛鳥にもどりたいか?』と。私は『別に』と申しました。嘘です。飛鳥へ戻りたい。昔のように飛鳥寺の鐘の音を聞き、山に日が沈むのをみて、華やかな通りを歩き、そういう暮らしに戻りたい・・・とどこかにそういう気持ちがあるのです。また、こうも言われました。『入鹿とけんかをして、こんな暮らしをいつまでも。こんなはずではなかった。そう思うているのではないか?』。私は何も答えませんでした。でも、近頃子供が泥まみれで泣き止まないのをあやしながら、こんなはずではなかった、そう思う時があるのです。鎌足どのの申される事はよく分かるのです。“正しく生きたい”、飛鳥に尊敬できる人がいない以上、三島で一生畑を耕し続ける。でも、仏のような正しいお方が本当にこの世にいるのでしょうか?鎌足どのは、間違っていないでしょうか?一生三島で暮らしていけるか自信がなくなる時が・・・。」
 私は、鎌足よりも、入鹿や与志古の言葉の方に、心を打たれるものを感じます。
 鎌足は“理想”、入鹿や与志古は“共感できる存在”な感じなのです、私からこのドラマを見ると。

 このお話は、入鹿を暗殺し、これから中臣鎌足と中大兄皇子の“大化の改新”が始まるところで終わります。親友の鎌足が入鹿を暗殺・・・そのシーンは泣けました。
 ラストは、これから理想の政を行なうべく・・・と希望を感じるようなラストなので、よかったかな・・・と。
 でも、鎌足も政を行なう世界に入り、理想の政を目指して大きな壁に立ち向かっていくんですね・・・この時代の歴史はもうはっきりと覚えてないので、観てみないとね。
 この作品の前に、NHKで「聖徳太子」をやっていたのに、これは観れなかったんです。改めて見てみたいですね。 


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