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■「日本人と英語」を考えてゆくブログ

田尻科研シンポジウムへの参加報告と感想

2007年11月25日 | 記事
※この記事は昨日書きましたので、昨日のことですが、<今日>となっています。

 今日、広島大学で行われた科研シンポジウム「田尻悟郎氏英語教育実践の解明」に行って参りました。広大の柳瀬先生のブログで知ったシンポジウムでしたが、英語教育関連に限らずシンポジウムというものに行ったことのなかった僕です。どんな感じなのかと興味もあり、不安も少し抱えていましたが、結論から言えば今日行われたシンポジウムは僕にとって非常に刺激的なものでした。広島に住んでいるということで参加するのに都合の良かった僕ですが、中には参加したくても遠方に住んでいたり、時間的・金銭的に都合が合わなかったりして今回の参加を見合した方もいらっしゃると思います。そこでこの記事では今回のシンポジウムがどのようなものであったのかを僕の頭の整理も含めて振り返ってみようと思います。ただし、以下で述べる内容は僕のメモや記憶を頼りにして復元されたものですから中には情報的に間違ったものが含まれているかもしれません。あくまでも僕が僕の視点で今回のシンポジウムをどのように捉えたのかという記述に過ぎないことを前提としてもらい、情報として間違っているものに関してはやさしく指摘していただければと思います。「やさしく」をもう一度強調しておきます(笑)。
 まずは以下に今回の講演者と進行メニューを示しておきます。

スケジュール
第一部
13:00-13:10 開会の辞:シンポジウムの趣旨説明と事務連絡(柳瀬陽介:広島大学大学院)
13:10-13:30 田尻実践における文法の扱い方を斬る!(大津由紀雄:慶應義塾大学)
13:30-13:50 田尻実践における「コミュニケーション」(柳瀬陽介)
13:50-14:10 田尻実践に出会った私たちはどうすればいいのか?(横溝紳一郎:佐賀大学)
(休憩 20分)
第二部
14:30-14:50 英語教師田尻悟郎のライフヒストリー(横溝紳一郎)
14:50-15:50 田尻実践を体験してみよう!(田尻悟郎:関西大学)
(休憩 20分)
第三部
16:10-17:00 対談:田尻実践とは何なのか(田尻悟郎・春原憲一郎:海外技術者研修協会)
17:00-17:20 質疑応答(田尻悟郎)
17:20-17:30 閉会の辞(横溝・大津・春原・田尻・柳瀬)


 僕は柳瀬先生、大津先生、田尻先生のお名前は知っていましたが、横溝先生と春原先生は勉強不足のため存じ上げませんでした。
 以下に講演者順にお話になった内容を振り返ってみたいと思います。なお、青字で示すものは講演者のお話になった内容を表し、黒字で示すものは僕の意見なり感想であることとします。

大津由紀雄氏―母語との対比を通して「ことばへの気づき」を!

 大津先生のお話は、母語(日本語)の仕組みとその働きについての知識が英語教師には必要であり、両者の適切な対比が子どもたちの「ことばへの気づき」を促すのだというものだったと記憶しています。最初はヒゲトリオ(大津先生、菅先生、田尻先生)が飲み屋に行ったら誰が一番もてるかという気さくな話題から始まった講演ですが、次第に専門的な議論になってゆきました。文は単語から始まり、語順が必要となり、それが句構造を作り、統語範疇(語や句の種類)を問題にさせ、句間の関係において階層構造を作り出すのだという説明を“John chased the girl.”を例にとり行われました。統語分析に用いられる木をひっくり返したような形の図(樹形図)を用いて文が階層構造になっているということを示されました。樹形図を示すことにより文は二次元構造をしているのだということを示されましたが、その後、文は二次元に留まらず三次元構造をとるのだということをおっしゃいました。このあたりの説明は凡人の僕などには理解が難しいところでしたがそうなるのかということで一応は了解をする以外にはありません。ここからが実際の英語教育の話題となりました。大津先生曰く、大事なのは三次元構造をしている文(法)を中学などで実際に生徒に教える際は、いかにしてそれを一次元構造であるかのように見せてやるかというところにあるといいます。これをするには、英語学や言語学の純粋な世界を離れて、「技」が必要となるようです。そして話題は田尻実践に移っていきました。例にされた田尻実践は「桃太朗伝説」というもの。大津先生は次のような文を例に挙げておられました。

(1)He reads books every day.
(2)Does he read books every day?
(3)What does he read every day?
(4)Who reads books every day?
(5)*Who does read books every day?
(6)Read books every day.
注:(5)の*は文法的に誤りであることを示している。

 これは主語が三人称単数で現在文の時に一般動詞の語尾につくsについての指導が問題になっています。(5)は初級学習者がよくやる誤りであり、このミスをさせないためにどのような指導を行うのかについてはベテランの英語の先生でもなかなか上手に説明ができないものであるといいます。それが田尻技だと説明ができるというのです。
ここではその田尻実践「桃太朗伝説」についての説明は省きますが、詳しくお知りになりたい方は「達人授業の実践指導事例集」というビデオが出ていますのでご覧になるとよいかと思います。僕は大学図書館で見つけて、見ました。
 大津先生は例に出した田尻実践「桃太朗伝説」について、三次元構造をした文を一次元構造であるかのように見立てるというやり方に関してはまことに見事としかいいようがないと評価されておりました。
 このような実践を行うことのできる田尻悟郎なる人物を支えるものについても大津先生は分析をなさっているようで、(1)田尻先生の並外れた言語感覚、(2)言語感覚に支えられた分析力と創造力、(3)好奇心・サービス精神、を挙げられました。
 田尻実践から僕たちが学べること。それは表面的な模倣ではなく、自らの(1)言語感覚を磨くこと、(2)分析力を磨くこと、(3)創造力を磨くこと、(4)好奇心・サービス精神を身につけること、だといいます。また、田尻先生の実践を支える上で大きなものに、田尻先生自身が母語(日本語)の仕組みとその働きについて豊富な知識を持っておられるという点があるといいます。田尻先生の授業は英語による説明、日本語による説明に加え、日本語と英語との対比が重要な役割を果たしていると評されました。これが生徒の「ことばへの気づき」を促すことにつながるというのです。そう言えば、「ことばの力を育む―小学校英語を超えて」という慶應義塾大学言語教育シンポジウムの紹介もありましたね。
ちゃっかりと。僕もこれに参加したいと思っていましたが、慶応なのでなかなか遠い。ちょっと無理っぽい感じですね。
 と、こんな感じで、大津先生の講演は終了しました。非常に大雑把な講演紹介ですが、次に行かせていただきたいと思います。

柳瀬陽介氏―教師は学習者に伝えたいことすべてを伝えられると思うな!

 言い忘れましたが、講演者の講演に対するタイトルは僕が勝手につけたものですから誤解のないようにお願いします。
 柳瀬先生のお話はおよそ10年前に初めて会って圧倒された田尻先生を作り上げたのは何なのかという問いから始まりました。田尻先生をもって天才やカリスマで終わらせてしまったらもったいない。田尻科研が始まる前から柳瀬先生はいろいろやってらしたようですが、何か物足りなさを感じておられたみたいです。悩んでいるうちにたどり着いたのがニクラス・ルーマン (Niklas Luhmann) のシステム理論とやらで、この理論を人間のコミュニケーションの定義らしきものに発展させ田尻実践分析に援用したというのが今回の発表であったと僕は理解しています。これは田尻悟郎分析にとどまらず、何が良い英語教師を作るのかという問題煮まで発展可能な理論だとおっしゃっていました。具体的には田尻実践の観察を通して得られた漠然とした仮説を先ほどのルーマンのシステム理論と語用論の中にある関連性理論を用いて定式化してみるこころみのようです。語用論(Pragmatics)とは聞きなれないことばですし、ましてや関連性理論などなんのこっちゃ分からないと思っていた僕(たち?)にも柳瀬先生は易しい説明をくださいました。どのような説明を下さったのか、また柳瀬先生がどのような発表をなさったのかについては柳瀬氏のブログ「英語教育の哲学的探究2」においてまとめられていますのでそちらをご覧ください。ルーマンのシステム理論というのを知らない僕が柳瀬先生のお話を伺って感じたことは、学者はある実践を目にするとそれをどこからか理論を引っ張ってきて定式化することに情熱を燃やすのだなということです。これはもちろん良い意味で言っています。僕などの一般ピーポーが田尻実践を目にすると「すごいなー」とか「面白れー」などと思ったとしてもそこから先に思考が進まないことが多いと思いますが、学者はその実践を分析し、定式化し、社会に還元をするのですね。優れていると言われる実践を分析し、何が優れているのか、どこが優れているのかが明確になれば、それをもとに普遍的なものが見えてきて、取り入れられるところは取り入れる教師が出てくる。新しい理論が生まれるというわけです。
 ところで、柳瀬氏の講演の中で僕は特に次のことは心に残りました(頭に残ったのかな?)。それはコミュニケーションをコードモデルとしてみたときに生ずる誤解のお話です。

私(この私は一般論での私)は相手に自分の思いのすべてを伝えられるはずだ、という誤った期待というものを持ってしまう。教師は学習者に自分が伝達したいという教授内容のすべてを伝達できるはずだ(という誤った期待を持ってしまう)。学習者も、私は教師が伝達したいと願っている教授内容すべてを自分のものにできるはずだ、と思ってしまう。教師は学習者に自分が伝達したいと思う学習の意欲をすべて伝達できる(という誤った期待を持ってしまう)。学習者のほうも教師が伝達したいという意欲をすべて自分のものにできるはずだと思ってしまう。でもこういった期待はたいていの場合は裏切られる。

 柳瀬氏のこのことばが意味していることについては考えてみる必要があると思います。この意味で言えば、教えたことすべてを暗記していなければ100点を取ることのできない中学校の定期試験は見直されるべきだといえるかもしれませんね。教えたことがすべて頭に入るわけではないというわけです。逆に教えてないことであっても生徒たちはやってのける可能性だってあるわけですよね。例えば先日学校の定期テストの問題についてつぎのような議論がありました。それは1年生のテストで、三単現のsに関する問題作成で観点別の評価は「表現」に分類されるテスト問題です。

次の表はFrankの自己紹介カードに書かれた表です。あなたは次の授業でFrankについてクラスのみんなに紹介することになりました。この自己紹介カードの内容にもとづいてFrankを紹介する文を4文以上考え、解答用紙に書きなさい。


 好きなスポーツ: 野球
 住んでいるところ: アメリカ
 ほしいもの: 新しい車
 話せないことば: 日本語
 好きではない教科: 数学
 持っていないもの: 新しい自転車
(内容は変えています)

 内容は忘れたため適当に作った問題ですが、このような6問中4問答えることが出来れば満点であるというテストがあってもよいと思います。議論になったのは誰かを紹介するという活動を事前に行っておくか、それともテストでいきなり出すかということ。僕はこの程度のことはテストでいきなり問うのが良いのではないかと考えたのですがね。
 「教師が教えたことが全部生徒に伝わるわけではない」という点からは評価の出来るテスト方法だと僕は思いました。

横溝紳一郎氏―演題変更、それでもえーんだい!

 教師研修を専門とする横溝先生。最初は「田尻実践を教員研修にどう活かすのか?」という演題での講演の予定だったようですが、いろいろ考えすぎて自己崩壊をしてしまったとのこと。ということで急きょ演題を変更。「田尻実践に出会ってしまった私たちはどうすればいいのか?」で講演がはじめられました。横溝先生の講演は田尻先生の授業風景を写したビデオを用いて行われました。第一のビデオは今年(2007年)の2月に中学校で撮影されたもの。取り扱っている内容は東京書籍の出している『New Horizon』の1年生版。UNIT8の最初の内容です。下にその範囲の英語の文を示します。
 
ニュー・ホライズン1年生 ユニット8

 ここで田尻先生がこだわりを見せたのは「文の読み方」。最初から指導が入りました。最初のOh, no!の読み方に感情がこもっていないというのです。ちょうどクラスに大野君という生徒がおり、君らの読み方では大野君が返事をしてしまうではないか的な笑いも誘いながらうまい指導を行っていました。読み方のポイントとしては朝急いでいる感じを前面に押し出すというイメージです。ジェスチャーをつけながら「オウ!ノウ!」とやっていました。
これを見ての感想はこのような指導を学校現場で見たのは田尻先生以外にはいないということです。もちろん現場に入って間もない僕なので偉そうなことはいえませんが、少なくともこれまで僕が見てきた授業ではジェスチャーを生徒に求めたり、教師自身が元気良く発音して見せる姿などを見る機会は皆無です。強いて言うならば塾ではその光景が垣間見られる場面があったように思います。僕は塾のアルバイトもしていますので、言えることです。少なくとも僕の勤務している塾の先生は元気。学校現場ではお目にかかれない元気さです。「アホやなー」や「バカタレ!」なども一種の笑いネタとして生徒に平気で言いますしね。田尻先生もそこらへんのコミュニケーションはうまく使いそうですね。
 上のUNIT8でOh, no!の読み方ともう一つこだわっておられたのが最後のお母さんのセリフ“It's on your head.”。これをどのように読むかにこだわりをみせておられました。「チケットどこ?」「かばんどこ?」ときての「ぼうしどこ?」です。“It's on your cap.”にもそれ相応の言い方があるというわけです。ここらあたりに焦点を置いて授業を進めておられるというのは僕の頭には残念ながらなかったものといわざるをえません。とても参考になりました。

この続きは拙ホームページにて公開しています。

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4 コメント

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うらやましいです (S.O.S)
2007-11-25 19:48:48
田尻科研に行かれたんですね。
私も行きたかったのですが、さすがに遠方で断念してしまいました。
田尻先生の実践は、本当に計算し尽くされていますよね。
昨秋、授業見学をさせていただいたときには、衝撃的で(その前からDVDなどで知ってはいましたが)数日は放心状態で、取材原稿を書かないといけないのに、全く書けませんでした。

私も、この田尻先生の実践を「田尻先生だからできたんだ」と、特異なものとして捉えるのではなく、現場の教師が自分なりにアレンジしていけるようなアプローチはないものかと思っていたので、今回の田尻科研は本当に行きたくてしょうがなかったんです。
うらやましい限りです。

12月27日は、東京で講演があり、私の会社のすぐ近くで開催されるので、ぜひ行こうと思っています。

丁寧なレポート、ありがとうございました!
S.O.Sさん、コメントありがとうございます。いい会でした。 (languagestyle)
2007-11-25 20:14:08
いやー、とても刺激的な会でした。田尻先生に限らず講演なさった方の学者としての熱意がそれぞれに伝わってきて、本当に頭の下がる思いがしました。12月27日の講演に行かれるということですが、今調べましたら田尻先生の演題は「コミュニケーション能力の育成と文法指導」というものですね。世間には文法に対してアレルギー反応を示す人もいますが、文法を否定する英語教師はいません。田尻先生がすばらしいのは文法の扱い方にあると僕は思います。文法とコミュニケーション活動を計画的に結びつけ、生徒が興味・関心を引く仕掛けが活動の中にいくらも閉じ込めてある。そしてその多くが文法に対して敏感になることを求めている。僕も本当は行って勉強したいという思いはありますが、年末は何かと忙しくなりそうですから行くことはできないと思います。ぜひとも楽しんできて下さい。
レポートをありがとうございます (柳瀬陽介)
2007-11-26 19:44:39
突然失礼します。友人に教えられてこのレポートの存在を知りました。詳しいご報告に感謝します。いろいろなコミュニケーションが生じて、日本の英語教育が少しでも良くなればと思います。ありがとうございました。
こんなシンポがこの先も開かれることを願っています。 (languagestyle)
2007-11-26 21:05:09
柳瀬先生からコメントを頂き光栄に思います。ありがとうございます。この度のような刺激的で本当に心の底から楽しむことの出来る会が今後も開かれることを願っています。今回のシンポはいい会でした。

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