「こっちが東向きだから日当たり良いでしょ」
気さくな感じの不動産屋が窓を開けて言った。
朝から雲一つ無い快晴のその日、じりじり肌が痛むほどの日差しが部屋に射し込む。
「あ、不動産屋さんこれ撮っても良いですよね?」
ヨシヒロが手に持った銀色のデジタルビデオカメラを差し出して言った。
「・・・どうぞ構いませんよ」
不動産屋は少し答えるのが遅れたような気がする、その笑顔も引きつれているように見えた。
「ケイコ、どうした怪訝そうな顔して」
私より10センチ背の高いヨシヒロが私の顔を覗きこむ。
「うん・・・ううん、別に何でも無いよ」
そう取り繕った私だが、本当は嫌だった・・・なんかこの部屋すごく嫌だ。
明るく日が射している、まだ午前10時を回ったばかりなのにすごく重い。
部屋全体が真っ黒な雲で包まれているような、自分の服が大雨でずぶ濡れになっているような
吐き気がするほどの重さを感じていた。
「じゃあここに判子を押してください」
ヨシヒロが契約書に判子を押そうとしているのに私は・・・。
「やっぱりやめよう、他も見てみようよ」の一言が言い出せなかった。
「あぁ~・・・、少し休むか?」
荷物のダンボールを開けては食器やら本やらを取り出して並べるの繰り返しに
少しうんざりといった感じでヨシヒロは言った。
「もうちょっとやっちゃおうよ」
私は模様替えが好きでしょっちゅうやっていたのでむしろこの作業が楽しいくらいだった。
「でもこの部屋にして良かったよな~」
ダンボールの散らかっている部屋を見渡しながらヨシヒロはうなずいた。
「・・・そうだね」
私は即答できなかった、あの重い感じが今もありありと感じるからだ。
「でも一番最初に見たとこも結構良かったよな?」
「えっ、どんなところだっけ?」
「この部屋に決めるとき撮ったビデオみて決めただろ、ほらこっち来てみな」
デジタルビデオカメラを取り出してヨシヒロは押入れのふすまによりかかって座った。
わたしもヨシヒロの横に同じようにふすまによりかかって座った。
デジタルビデオカメラの小さな液晶に何軒か周って撮った部屋が映し出される。
「ほらこの部屋が・・・・・・」
「ここはやばかったのよね~」
映し出される部屋というよりも仲良くじゃれあっている自分達を見ているのが私は
楽しかった。
そしてこの下部屋が映し出された。
「でもヨシヒロさ、何でこの部屋に決めたの?」
「え、ああ天袋がついてたからさ」
「天袋?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返した。
「ほらそれだよ」
ヨシヒロは、今よりかかっている押入れのふすまの真上を指差して言った。
「ああ、このミニふすまのこと」
私は少し状態を起こして押し入れの上の小さな物入れを見た
「ミニふすまって・・・。お前の実家にたしかあったよな?」
「これ天袋って言うんだ~、でもなんでこれがあるからこの部屋にしたの?」
「いや、なんか和風って感じがするじゃん」
私達はまた液晶に視線を戻した。
画面には押入れを開けて説明をしている不動産屋が映っている。
「押し入れもしっかりしてますしね、天袋もついてるので結構機能性は良いですよ」
「あ、不動産屋さん天袋って言ってるね」
「お前説明聞いてなかったな」
少し笑いながらヨシヒロが言った。
「あれ、何だ今の」ヨシヒロが少し身を乗り出して画面を見た。
「え、なに?」
「ちょっと巻き戻してみよう」
「どうしたの?」
私も画面に顔を近づけた。
巻き戻してもう一度押し入れの説明のシーンが映し出される。
「ほらここ!!」
ヨシヒロは少し画面が上に向いたところで一時停止を押した。
画面にはちょうど「天袋」が映っている。
「え、なにこれ・・・!?」
わたしは全身が総毛だった。
少し開いた「天袋」の隙間。
その隙間に何かが見えている。
何が見えているのかはすぐに分かった。
それは「横向きの顔」。
性格には鼻から上の眼と何かニット帽のようなものを被った頭。
その顔も普通ではなかった。
画質は良いのになぜかその顔だけ輪郭が無く、しかしはっきりと土気色の
肌が見て取れた。
そして大きく見開いているが異常なほど生気の無いその眼・・・・・・。
ザリィィィ・・・・!!
私達は二人とも背筋がピンと伸びたような感じを受けた。
ザリリリィィィィ・・・・、がりりぃぃぃ・・・。
その音はまさに今自分達がよりかかっているふすまの上、「天袋」の方から聞こえてきた。
何かを引っかくような、いや明かに爪でふすまを引っかいている音だった。
「そうか、これだったんだ・・・。」
私はこの部屋の空気が重かった原因がなんなのか分かったような気がした。
ヨシヒロは前を見たまま固まっている様子だ。
ずぅっ・・・・・・、ずずぅっ・・・・・・。ずずずぅぅっ・・・・・・。
それは明かに「天袋」が開く音だった。
途端に漂う生ゴミのような不敗臭。
私達は真上から突き刺さる「視線」に顔を上げることも出来ず
ただダンボールの散らかった部屋を見ているしかなった。
ずずぅぅぅ・・・・、ずりりぃぃぃぃ・・・・。
ソレは少しづつ降りてくるようだった。
普通ならまっ逆さまに落ちてしまう体勢のはずなのにそれはゆっくりと近づいてくる。
ふすまに真横に貼りついているとしか考えられない。
ずぅぅぅ・・・、ざずうぅぅぅ・・・。
そしてますます不敗臭は強くなった・・・そのとき。
グチ!!!
「痛い!!」
突然髪の毛をものすごい勢いで引っ張られた。
しかし上もヨシヒロの方を向くことも出来ない。
手も、足もまったく動かない。
グヂィ!!
さらに強く髪の毛が引っ張られる、そのとき。
ぶちちぃぃぃっ!!!
10本、いや100本は髪の毛が抜けた感じがした。
ずずぅぅぅ・・・・、ずりりぃぃぃぃ・・・・、ぃぃぃぃ・・・・・・。
私の髪の毛を毟り取って、ソレは天袋に帰っていったようだった。
5分ほどして首が動くようになった。
左側を見るとヨシヒロが眼を開けたままよだれをたらし失神している。
床には私の髪の毛が無数に・・・・・・。
「イタッ!!」
毛を抜かれた場所がすごく痛い。
「何なのよ一体!!」
怖さを通り越して怒りが込み上げてきた。
「ヨシヒロ!!しっかりしなさ・・・。」
ヨシヒロの肩を掴んで怒鳴った、そのとき。
ずぅぅぅ・・・・、ずりぃぃぃ・・・。。
私はソノ音に「天袋」の方を向いた
「え・・・あぁぁ、いや・・・ぢやあぁぁぁっ!!!!!」
わたしは声にならない声で叫んだ。
ソレはまだ「天袋」から顔を覗かせ私を見ていたのだ。
そのとき始めて「紺色のニット帽をかぶった男」だということが分かった・・・・・・。
気さくな感じの不動産屋が窓を開けて言った。
朝から雲一つ無い快晴のその日、じりじり肌が痛むほどの日差しが部屋に射し込む。
「あ、不動産屋さんこれ撮っても良いですよね?」
ヨシヒロが手に持った銀色のデジタルビデオカメラを差し出して言った。
「・・・どうぞ構いませんよ」
不動産屋は少し答えるのが遅れたような気がする、その笑顔も引きつれているように見えた。
「ケイコ、どうした怪訝そうな顔して」
私より10センチ背の高いヨシヒロが私の顔を覗きこむ。
「うん・・・ううん、別に何でも無いよ」
そう取り繕った私だが、本当は嫌だった・・・なんかこの部屋すごく嫌だ。
明るく日が射している、まだ午前10時を回ったばかりなのにすごく重い。
部屋全体が真っ黒な雲で包まれているような、自分の服が大雨でずぶ濡れになっているような
吐き気がするほどの重さを感じていた。
「じゃあここに判子を押してください」
ヨシヒロが契約書に判子を押そうとしているのに私は・・・。
「やっぱりやめよう、他も見てみようよ」の一言が言い出せなかった。
「あぁ~・・・、少し休むか?」
荷物のダンボールを開けては食器やら本やらを取り出して並べるの繰り返しに
少しうんざりといった感じでヨシヒロは言った。
「もうちょっとやっちゃおうよ」
私は模様替えが好きでしょっちゅうやっていたのでむしろこの作業が楽しいくらいだった。
「でもこの部屋にして良かったよな~」
ダンボールの散らかっている部屋を見渡しながらヨシヒロはうなずいた。
「・・・そうだね」
私は即答できなかった、あの重い感じが今もありありと感じるからだ。
「でも一番最初に見たとこも結構良かったよな?」
「えっ、どんなところだっけ?」
「この部屋に決めるとき撮ったビデオみて決めただろ、ほらこっち来てみな」
デジタルビデオカメラを取り出してヨシヒロは押入れのふすまによりかかって座った。
わたしもヨシヒロの横に同じようにふすまによりかかって座った。
デジタルビデオカメラの小さな液晶に何軒か周って撮った部屋が映し出される。
「ほらこの部屋が・・・・・・」
「ここはやばかったのよね~」
映し出される部屋というよりも仲良くじゃれあっている自分達を見ているのが私は
楽しかった。
そしてこの下部屋が映し出された。
「でもヨシヒロさ、何でこの部屋に決めたの?」
「え、ああ天袋がついてたからさ」
「天袋?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返した。
「ほらそれだよ」
ヨシヒロは、今よりかかっている押入れのふすまの真上を指差して言った。
「ああ、このミニふすまのこと」
私は少し状態を起こして押し入れの上の小さな物入れを見た
「ミニふすまって・・・。お前の実家にたしかあったよな?」
「これ天袋って言うんだ~、でもなんでこれがあるからこの部屋にしたの?」
「いや、なんか和風って感じがするじゃん」
私達はまた液晶に視線を戻した。
画面には押入れを開けて説明をしている不動産屋が映っている。
「押し入れもしっかりしてますしね、天袋もついてるので結構機能性は良いですよ」
「あ、不動産屋さん天袋って言ってるね」
「お前説明聞いてなかったな」
少し笑いながらヨシヒロが言った。
「あれ、何だ今の」ヨシヒロが少し身を乗り出して画面を見た。
「え、なに?」
「ちょっと巻き戻してみよう」
「どうしたの?」
私も画面に顔を近づけた。
巻き戻してもう一度押し入れの説明のシーンが映し出される。
「ほらここ!!」
ヨシヒロは少し画面が上に向いたところで一時停止を押した。
画面にはちょうど「天袋」が映っている。
「え、なにこれ・・・!?」
わたしは全身が総毛だった。
少し開いた「天袋」の隙間。
その隙間に何かが見えている。
何が見えているのかはすぐに分かった。
それは「横向きの顔」。
性格には鼻から上の眼と何かニット帽のようなものを被った頭。
その顔も普通ではなかった。
画質は良いのになぜかその顔だけ輪郭が無く、しかしはっきりと土気色の
肌が見て取れた。
そして大きく見開いているが異常なほど生気の無いその眼・・・・・・。
ザリィィィ・・・・!!
私達は二人とも背筋がピンと伸びたような感じを受けた。
ザリリリィィィィ・・・・、がりりぃぃぃ・・・。
その音はまさに今自分達がよりかかっているふすまの上、「天袋」の方から聞こえてきた。
何かを引っかくような、いや明かに爪でふすまを引っかいている音だった。
「そうか、これだったんだ・・・。」
私はこの部屋の空気が重かった原因がなんなのか分かったような気がした。
ヨシヒロは前を見たまま固まっている様子だ。
ずぅっ・・・・・・、ずずぅっ・・・・・・。ずずずぅぅっ・・・・・・。
それは明かに「天袋」が開く音だった。
途端に漂う生ゴミのような不敗臭。
私達は真上から突き刺さる「視線」に顔を上げることも出来ず
ただダンボールの散らかった部屋を見ているしかなった。
ずずぅぅぅ・・・・、ずりりぃぃぃぃ・・・・。
ソレは少しづつ降りてくるようだった。
普通ならまっ逆さまに落ちてしまう体勢のはずなのにそれはゆっくりと近づいてくる。
ふすまに真横に貼りついているとしか考えられない。
ずぅぅぅ・・・、ざずうぅぅぅ・・・。
そしてますます不敗臭は強くなった・・・そのとき。
グチ!!!
「痛い!!」
突然髪の毛をものすごい勢いで引っ張られた。
しかし上もヨシヒロの方を向くことも出来ない。
手も、足もまったく動かない。
グヂィ!!
さらに強く髪の毛が引っ張られる、そのとき。
ぶちちぃぃぃっ!!!
10本、いや100本は髪の毛が抜けた感じがした。
ずずぅぅぅ・・・・、ずりりぃぃぃぃ・・・・、ぃぃぃぃ・・・・・・。
私の髪の毛を毟り取って、ソレは天袋に帰っていったようだった。
5分ほどして首が動くようになった。
左側を見るとヨシヒロが眼を開けたままよだれをたらし失神している。
床には私の髪の毛が無数に・・・・・・。
「イタッ!!」
毛を抜かれた場所がすごく痛い。
「何なのよ一体!!」
怖さを通り越して怒りが込み上げてきた。
「ヨシヒロ!!しっかりしなさ・・・。」
ヨシヒロの肩を掴んで怒鳴った、そのとき。
ずぅぅぅ・・・・、ずりぃぃぃ・・・。。
私はソノ音に「天袋」の方を向いた
「え・・・あぁぁ、いや・・・ぢやあぁぁぁっ!!!!!」
わたしは声にならない声で叫んだ。
ソレはまだ「天袋」から顔を覗かせ私を見ていたのだ。
そのとき始めて「紺色のニット帽をかぶった男」だということが分かった・・・・・・。