
私は、ヤマメを釣り上げたら、まずハリを外す前に、ナイフでグサリと後頭部を刺し、瞬時に獲物を絶命させる。
そのことを書く前に、中国雲南省の古都・麗江で買ったナイフのことを思い出したので、ここに記す。上記の写真と以下の文は無関係である。
銀のナイフ
夜の町を歩いていたら、呼び止められた。時刻は午後九時を過ぎていた。
私は、中国古代都市の面影を残すといわれるこの古い町に知り合いなどいなかったから、どきりとして立ち止まった。たとえ昼間でも、日本人の一人歩きは危険である、という警告を、現地の案内人から何度も受けていた。一瓶のビールを求めて旅館を出てきたことを、私は少し後悔した。が、その心配は、瞬時に消えた。声をかけてきたのは、店仕舞いをしていた骨董屋の若い主人であった。雑多なものを並べたその店で、私はその日の午前中、一本のナイフを買ったのだ。若い骨董屋の主は、そのことを覚えていて、誘ったのだ。仲良しになった記念に一杯飲んでいかないか、という手振りであった。私は、斜め向かいのレストランでたった今飲んできたばかりだ、そして、仲間の待つ宿へすぐに帰らなければならないのだ、という意味のことを伝えるため、大げさな身振りを交えて演技した。彼は納得し、縁があったらまた会おう、とばかりに、美しい笑顔をみせて握手の手を差し出した。その手を握り返して別れたが、難を逃れてほっとした気分と、とても大切なものに出会う機会を逸したような心残りが、微妙に交錯した。
中国・雲南省の古都麗江は、宋時代の建築様式を今に残す古代都市で、漆喰壁・瓦葺きの家が立ち並ぶ重厚な町である。玉龍雪山を源流とする清らかな水が水路となって町を潤し、水路に沿って、何本もの小道があり、多くの観光客が訪れる。石畳の小道沿いには、お洒落なギャラリーや骨董屋、民族衣装を売る店、先住民族の料理を並べたレストラン、民家を改装した旅館「客桟」などが立ち並び、散策する人が絶えない。
私は、友人が開設した旅行会社の仕事を手伝っていたころ、中国・四川省の奥地や雲南省の山の村などを訪ねる機会が増えた。少人数の気の合う仲間と、行く先やスケジュールに縛られない気ままな旅を楽しむ「自由旅」という旅行企画は、当時は採算がとれずに会社は解散したが、そのころ訪ねた中国奥地の村は、どこも思い出に残る土地となった。「鬼の面」を祭る雲南の山の村を訪ね、茶葉古道と呼ばれた道をたどって雲南茶を楽しみ、麗江に立ち寄って好みの「客桟」に宿を定めて、町を散策するのは、このコースの最上の楽しみだ。小さな村の子どもたちや銀のアクセサリーを作る若者、骨董屋の店主などと知り合いになったのも、この旅の途上でのことである。
麗江には、少数民族「ナシ(納西)族」が多く住む。ナシ古樂と呼ばれる独自の音楽や料理、民族衣装などを伝えるナシ族には「トンパ文字」という古代象形文字も伝わっていて、いまだに生活の中で使われている。トンパ(東巴)教という宗教に使われたため、奇跡的に残ったのだ。この土地の人々は、麗江の町の北方にそびえる玉龍雪山を神の山と崇める。標高5500メートルの主峰をもつこの山のある地点には、心中した男女が結ばれる場所があるという。トンパ教には、この世で結ばれることのなかった恋人同士を、天の国へと送る葬送儀礼もある。それは、九州山地の神楽によく似た神祭りである。
麗江で買ったナイフは、刃渡り7センチほどの小さなものだが、鞘は、銀で装飾されている。鬼の面に似た透かし彫りもあることから、雲南チベット族のものだと思われる。柄は、片面がヤクあるいは鹿の骨、もう一方は黒檀のような硬い木で出来た実用本位のものだ。私は時々、このナイフを取り出し、折々の旅でイ族の青年に貰ったナイフや、チャン族の市場で買ったナイフ、祖父の遺品の狩猟用の小刀などと一緒に机の上に置き、眺める。すると、雲南の峠を越える時に見た萩の花、トンパ文字を飾った門のある家、麗江の町で出会った人々のことなどが、あざやかによみがえる。そして、神の山で結ばれるという恋人たちのことを、ちょっとだけうらやましいと思う。
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