クロの犬小屋めいろ

TRPGに映画に本にゲームにその他。我が愛のほとばしり! ・・・偏ってるのは気にしないで・・・。

「どろろ」・・・結構普通。うーむ。

2007-01-28 13:04:31 | 映画
先日、公開当日の仕事帰りに見に行きましたよ期待の映画「どろろ」。
手塚治虫作品の中でも相当好きな作品ですので、公開前からわくわくしておりました。

思えば「どろろ」との出会いは遡ること20年前、小学校の図書室でのこと。
すみっこにちょこなんと置かれていた数少ない漫画作品だったんですが、実は発見から長いことスルーしていました。
というのも、その隣においてあった漫画が「はだしのゲン」だったため。
「はだしのゲン」と言えば、「わーいマンガがあるー」と喜んで手に取った幾多の小学生を「ギギギー水をくれー」な地獄絵図をもって叩きのめしたトラウマ発生装置です。
その隣にあった作品のタイトルが「どろろ」と言ういかにも気色の悪い代物なのだから二の足を踏むのも当然でありましょう。

しかしこれが面白かった!
体の48箇所を魔物に奪われた百鬼丸が、それを倒すごとにひとつずつパーツを取り戻していくさまには、子供心にワクワクしたものです。描写は結構ハードなものもありましたが、それも込みで大好きでしたね。
上映までに空いた時間で近くのマンガ喫茶に行き、ちょうどあった原作全4巻を通読できたのはまさに幸運でした。
ううむ、やはり面白い。
幼かったあのころには読み取れなくても、いい年になった今になって分かることも多かったですよ。打ち切りを食らったのは返す返すも残念でしたが、素敵なマンガです。好き嫌いは分かれるとは思うけど。


そして今回の映画版。
妻夫木聡と柴咲コウという二大スターを主役に迎え、20億円の予算と豊富なVFXをもって、「どろろ」の世界をいかに再現、再構築するか?
マンガの実写映画化作品としては「デビルマン」や「鉄人28号」のような偉大なる(?)先人もおります。さてどうなるか、と言う期待と不安をかかえながらいざシネコンへ。
会場! 一番でかい! 
お客! ほぼ満員!
隣の子供! 会場が暗くなってもDSやり続けるのはやめなさい。


上映開始。
何と言うか、街の雑踏などに見る小汚くて無国籍な雰囲気はいい感じ。
戦闘シーンも、目がわずかについていかない具合が心地よいです。百鬼丸が宙吊りでクルクル回るのはちょっとアレですが。
お話は、原作を一部持ってきつつも、百鬼丸の家族をめぐる終盤の展開はがらりと変わったものになっています。切り捨てられた設定も、どろろの背中の地図や百鬼丸の体の各機能などを含めていくつかあり、原作好きにはちょっと寂しい。まあ、百鬼丸の鼻爆弾とかをイケメン妻夫木さんにやらせるわけにはいかなかったのかも知れませんが。でも、足から焼け水を出すくらいはして欲しかったなあ・・・。


さて、この映画を見る前に最大の不安材料であったのが、どろろ役の柴咲コウさん。
演技がどうの、と言うよりも、どっからどう見ても大人であるあの方が、ちんちくりんの子供であるどろろを演じるのは無理があるのではないか? と心配していたんですが、実際見てみると・・・。
微妙ではあるが、そう悪くはない・・・かな?
原作のどろろのイメージからするとどうしても無理が見えるんですが、とりあえずそれを忘れれば酷評するほどじゃありません。無理していきがっている様やコロコロ変わる表情は、柴咲コウの力量ゆえかいかにも漫画的な感じが出ていて意外と好印象です。

もう一人の主役である百鬼丸は、まあ、普通にイケメンさん。特にこれと言っていうことはなし。ただ、映画の百鬼丸は原作よりもかなりクールガイに設定されておるので、原作のパーツを取り戻すたびにちょっと困惑しつつも子供のように喜ぶ百鬼丸が好きだった私にはちょっぴり残念でした。

原作のことを言うならば、いくつかのエピソードが映画でも使われていたのはちょっと嬉しかったですね。ただ、「鯖目」はともかくも「ばんもん」の使い方の軽さはもう少しどうにかならなかったかな、と。あれならなくても同じじゃないか。設定が変わっているので同じようには扱えなかったのは分かるんですが、ね。


さて、次は肝心要のアクションとVFX。
これは、嗜好によって評価が分かれるかもしれませんね。個人的にはそこそこ楽しめました。CGは本物と見まごうばかり、と言うわけではないもののなかなか綺麗な出来。ところどころで荒さが目立つところもありますが、それなりにレベルの高いものかな、と見れましたよ。
アクションも香港のアクション監督を持ってきているためか、これまたいかにも漫画的な、荒唐無稽で派手な代物になっていて結構好感触。特に中盤の対魔物三連戦はどろろとのチームワークが組みあがっていくところなどもあって、アクション好きにも堪能できますよ。しかし相手が規格外にでかい分、切って斬って受けて受け流して斬って、と言う丁々発止の細かなアクションは望みようもないのがちょっとだけ寂しいですね。

まあ、ダラダラと取りとめもなく書いてきましたが、総評としては「大傑作とは言いがたいが、そんなに悪くはない」といったところ。終盤の展開がやや冗長ですが、それも特に文句を言わねばならないレベルではないです。
なまじ原作が好きだと、「ここが惜しい、あそこが寂しい」といらぬ失望をすることになるので、すっきり忘れてしまうのがいいかも。知らなければ、もう少し評価は上がるかもしれません。
・・・うわ、俺ブログの中で何回「寂しい」「残念」って言ってんだよw


出来れば、映画を見た後に原作にも触れてもらいたいところですね。










「俺屍」。黒犬家列伝「麻琴」編その三、そして「夕顔」

2007-01-23 19:57:44 | ゲーム
相変わらず、すこーしずつ進めています「俺屍」。
その中でも随一のお気に入りになった麻琴に関するお話もこれが最後です。


***

初代狗郎の期待を一身に受け、まさに急き立てられるかのように生き急いだ麻琴。
しかし、彼女はただ戦い、そして死んだわけではない。その優れた特質を次代に受け継がせるべく、二人の子を残していたのである。
一人は「黒豹丸」。特に技の素質に優れ、後の五代当主として申し分のない活躍を見せている。
そしてもう一人の名は「夕顔」。女児である。
兄黒豹丸と同様、技の素質に恵まれており、将来は良き術者となるだろうと目されていた。それはよい。
問題があるとすれば、夕顔の出生にあった。


黒豹丸が設けられてから約半年。麻琴の身にも老いが迫りつつあった。
短命の呪いという避けられぬ運命を前にしては、初代狗郎とてもまるで無力である。
それゆえに、
「愛を注いだ麻琴の子がもう一人欲しい。それも出来るならば女児が。つーかぜひ女の子を!」
と初代狗郎が躍起になったのも無理からぬことであろう。
残りの奉神点と相談しつつ、神様一覧を眺めていく。
そして目に留まったのが、
「白波河太郎・・・」
であった。
知らぬ方のためにごく軽く説明すると、以前の日記にて「うちの娘をカエルの嫁にはさせらんねえ!」と叫んでいた、そのカエルである。
しかしこの時、初代狗郎の中で、黒い好奇心がむくむくと頭をもたげてしまったのである。

「こいつの子供はどんなんだろうか・・・?」

こうなれば、もはや初代狗郎を止める術はなかった。
コントローラーの決定ボタンを押す指には、迷った末にも妙に力強かったという。

そして始まる麻琴と河太郎の交わり。
河太郎の容姿はカエルというよりもその名のとおり河童の方に近いのだが、それが何かの慰めになるかと言えば無論なろうはずもない。
粛々と進められる交神の儀を、初代狗郎は罪悪感と期待がないまぜになった目で眺めていたといわれている。

そして生まれた「夕顔」は、残酷なまでに父親似であったのだ・・・。

いや、決して不細工というわけではない。丸々と福福しいその容貌は、「愛嬌がある」という一言で好意的に受け取れるものである。
ただ、他の一族が結構な美男美女であることからどうにも浮いて見える。
しかも、どう見ても四頭身。
さらに、戦闘時のグラフィックは粋でいなせなスラリとしたお姉さんなのだからそのギャップは相当なものであった。

しかし、素質はそれなりに恵まれていたし、実際に能力の伸びも兄である黒豹丸を凌駕していた。初陣からとんとん拍子に成長を進めた彼女は、ややHPに不安があるものの、一族の重要な戦力になっていったのである。

しかし、そこに初代狗郎の油断が生じた。
ダンジョンのひとつ、双翼院の最奥に潜むボス「片羽ノお業」に挑んだ際、ボスの連続攻撃によってごくあっさりと夕顔が倒れたのである。
もう少しHPを伸ばしていれば防げたはずの不幸であった。

黒犬 夕顔  享年0歳5ヶ月。

彼女の早すぎる死に対して、その裏になにやら暗いものを嗅ぎ取ってしまうのは、筆者の気のせいであろうか?


***

さて、現在の黒犬家は6代当主「紅熊丸」が活躍中。
各ダンジョンのボスも軒並みぶち倒し、残るは大江山の朱点童子のみという状況になっております。
さあもうひと踏ん張りですよー。


「俺屍」。黒犬家列伝「麻琴」編その二

2007-01-15 23:09:36 | つれづれ
朱点童子打倒のために、代々の当主に率いられて戦う黒犬一族。
しかし、「俺の屍を越えていけ・・・」と言い残してこの世を去ったはずの初代狗郎の意思は往生際も悪くこの世に残り続け、PSのコントローラーという決定的な影響力を手に一族を操作し続けたのである。


***

死後も黒犬一族を支配し続けた初代狗郎の霊魂。
彼が格別な愛を注いだのが、四代当主である麻琴であった。本来継承権を持たない麻琴を強引に当主へ押し上げるまでのこの偏愛ぶりは多分に彼女の容貌に起因するのだが、実のところそれだけではない。
麻琴は、その素質においても群を抜いたものだったのだ。

容貌と素質とに惚れこんだ初代狗郎が麻琴にかけた期待は大変なものだった。そして麻琴も、その期待に大いに応えようとしたといえる。初陣から危険地帯に放り込まれてギリギリまで戦闘を続ける、そんな繰り返しが麻琴を鍛え上げ、すさまじい速さで成長を促した。
となれば、次に求められるのはそれなりの成果である。初代狗郎は熱に浮かされた目で命じた。「3つの初期ダンジョンすべてを制覇せよ」。

苛烈な使命を課せられた麻琴であったが、それでも必死で戦い抜いた。

九重楼にて、中ボス七天斎八起を撃破。
鳥居千万宮にて、中ボス稲荷ノ狐次郎を撃破。
白骨城にて、中ボス恨み足、左カイナ、右カイナを撃破。
そしてそれらを倒すたびに力を伸ばしていく麻琴。

しかし、快進撃はそこまでだった。中ボス程度ならば苦もなく粉砕できた麻琴であったが、ダンジョン最深部のボスには手も足も出なかったのである。
二度挑み、そして二度敗れた。
そして、二度目の敗戦が麻琴の最期となったのだ。

黒犬 麻琴  享年1歳7ヶ月。
ただひたすら、初代狗郎に急き立てられた生涯であった。


しかし、悲劇はそこで終わらないのである・・・。

***

生まれて、戦って、子供作って死んでいくだけのキャラたちなんですが、こうやって書いていくとそれなりにドラマがありそうな気がしてくるのが不思議ですね。でも多分、これみんなプレイしてる当人にしか分からないんでしょうなあw

そして多分、それがいい。

「俺屍」。黒犬家列伝

2007-01-11 12:06:47 | ゲーム
結局年末からつぽんとはまっております「俺の屍を超えてゆけ」。
システム上、操るキャラはボコボコ死んでいきますので、自然と触れる人数が多くなっていきます。そうなれば、特別に思い入れのできるキャラもいるわけでして・・・。

***

多彩な顔ぶれを誇る黒犬家であるが、中でも初代狗郎の霊(プレイヤー)に格別に愛された者といえば、まず「麻琴(まこと)」の名が挙げられるだろう。
女神「陽炎ノ由良」より黒犬家へ麻琴が送り届けられた際、一目見た初代狗郎の霊は
「キターー!」
と小躍りしたという。それだけ、麻琴の容貌は初代狗郎の好みドンピシャだったといえよう。深い緑色の髪をばっさりと短く切りつめた、いかにも快活そうな少女である。
それからの初代狗郎に見る麻琴の溺愛ぶりは周りが呆れるほどであったという。優先的に装備を整え、戦闘隊長に任命し、他の一族をとにかく麻琴を育て上げるための補佐としてしか見なさなかったというからこれは相当のものだ。

一体何がここまで初代狗郎を狂わせたものであろうか。
その源流を探るには、まずその年の夏にまで遡らねばならない。
初代狗郎はその夏、一本の劇場アニメに心奪われていた。「時をかける少女」である。初代狗郎がいかにこの作品に、主人公の「真琴」に惚れこんだかは、とにかく誰彼ともなく周囲に勧めて大いにウザがられていたという証言の数々からも容易に知れよう。
初代狗郎は、生まれた女児に「時かけ」の主人公の面影を見てしまったのである。それは生まれた子に恥ずかしげもなく「麻琴」と名付けてしまったことからも明白であった。
まあ、この程度ならば周囲も、
「もう少しひねれ」
と苦笑する程度で済んでいた。しかし、初代狗郎の狂気は笑い事で済む段階を超えていたのである。なんと、麻琴を4代目当主とすると言い出したのだ。

言うまでもなく、麻琴は女子である。発足後いまだ時代を重ねてはいない黒犬家ではあったが「当主は男子が継ぐ」「当主の子を次期当主とする」という程度の不文律は存在していた。麻琴は女子であるばかりか、当時の3代当主「流一郎」の実子ですらない。しかもその時、三代当主流一郎には実子「鋼馬(こうま)」が生まれていたのである。
初代の横車もいいところであった。
しかし、コントローラーを握られている以上、初代の意向に逆らうことなど不可能である。いいも悪いもリモコン次第。一族は、諾々と従うより他になかった。

しかしこの溺愛は、時を追うごとに少しずつねじれていく。
そしてそれは、他ならぬ麻琴の上に、恐るべき悲劇となって降りかかっていったのである。

***

とまあ、なんとなく書いてみました。続きはまた今度。
・・・いやはや、育て方とかにはPLの性格がモロに出ますねこのゲーム。こわやこわや・・・。


新年から「俺の屍を超えてゆけ」

2007-01-03 18:41:16 | ゲーム
正月休みに何か新しくゲームを仕入れようかと中古屋をぶらぶらしていたところ、ふと目に入ったのがプレイステーションの「俺の屍を越えてゆけ」。
もう7年から前の作品ですが、いろんなところで高評価を得ていたゲームです。その独特なシステムには、前から興味を惹かれておったのですが、なんとなく手を出していませんでした。
「1800円なら安いし買っちゃえ!」とさっくり購入。ニコニコしながらPS2に放り込んでふと気づいた。PS用のメモリーカードが残ってない。
意外な出費が追加されましたよ・・・。


さて、肝心のゲームのほうなんですが。
ジャンルはRPG。日本の平安時代的な世界を舞台にして、主人公は一族とともに鬼退治にあけくれます。しかしこの一族には、宿敵朱点童子によって二つの呪いがかけられているのです
ひとつは人間との間に子を成すことができない「種絶の呪い。」
もうひとつは急激な速度で成長し、一年半程度しか生きられない「短命の呪い」
この二つの呪いが、このゲームに独特なシステムを与えておるのです。

それぞれのキャラは一年半ほどしか生きられません。しかも、一度ダンジョンに潜ればそれだけで一ヶ月たってしまいます。どんなにお気に入りのキャラも、数時間立てば問答無用で死んじゃうわけです。当然復活の手段など存在しません。死んだら終わり。まさに屍。
しかし、それで放っておくと一族が一二年たたないうちに絶えてしまいます。それを回避するべく、一族は神様との間に子供をもうけます。この神様たちが日本らしくやたらとたくさんおりまして、なかには「うちの娘をカエルの嫁にはさせらんねえ!」と叫びたくなるようなお方もいらっしゃいます。ともあれ、そんな神様がたの遺伝情報をもらって、強力な子孫を残していき、いつか宿敵朱天童子をやっつけよう、というのがゲームの目的になっております。

この「いつか」というのがミソになってまして。
このゲームにおいては、それを追っていけばエンディングまでいけますよ、というようなストーリーは存在しません。「朱点童子を倒す」という目的さえ果たそうとするならば,あとは何をやろうと自由! ひたすら自分の一族を鍛え上げるもよし、のんびりダラダラ進めるもよし、鬼退治を収入源と割り切って、稼いだ金で京都の復興に心血を注ぐもよし。
この「よーし好きに遊べ!」という一種の突き放し方が実に心地いいのです。

というわけでゲームを本格開始。
まずは初代党首の名前を決めます。そして誕生した黒犬家。党首の名は狗郎(くろう)です。いや、本名入れても良かったんですが、なんとなく抵抗があってこの辺に妥協しました。
わが黒犬家の最初の子は、火属性の神様から生まれた女の子。名前はスミカとしました。漢字では炭火。ちょっとかわいそうです。
こいつが範囲攻撃可能な薙刀使いで、親父よりも働いてくれます。うまく先手を取れれば、スミカの一閃で戦闘が終わるくらい。レベルも軽快に上がり、もうすぐ親父を追い越すなあと思っていたら。

ちょっと強い敵を相手にして。

「もうちょっとで倒せるだろう」と甘いことを考えて。

スミカ死亡。

娘よー!?
何度も言いますがこのゲーム、復活の概念は存在しません。死んだら死亡。まさに屍。
黒犬スミカ 享年0歳5ヶ月。
最後に恨み言を吐いて死んでいく愛娘の姿に、やばい俺なんかギューッときちゃった。
ごめんよ、父ちゃんがふがいないばっかりに・・・!
直前でセーブしておいたのでリセットすればすぐに元通りではあるんですが、それもなんとなく抵抗がありました。なので、娘を死に追いやった父の愚かさを忘れぬように、このまま進めることに。

哀れなスミカの遺志は、その後生まれた弓使いの楓花と、双子の薙刀使いである火桜、水桜が継いでくれるでしょう。(こういう厨くさい名前をうんうんうなりながら必死で考えるのも存外楽しいですよ)


まあ、こいつらもそのうち死んじゃうんでしょうけどね・・・。


やべえ,俺耐えられるのか!?



いってきました筋肉少女帯再結成!(去年!)

2007-01-01 02:10:23 | つれづれ
あけましておめでとうございます。更新も遅ければその内容も妙に遅れております当ブログではありますが、これからもご愛顧をお願いいたします。

はい、では新年一発目のブログ更新は~?
去年のクリスマス前のことでありますよ!
・・・新年早々、いろいろと駄目な気がするけども・・・。


それはともかく、去る12月23日、私黒犬クロは愛知の端っこから新幹線に乗って東京まで行ってまいりました。
目的はとあるライブ鑑賞。
三十路から上の年代であれば誰もが一度は名を聞いたことがあるだろう、大槻ケンヂ氏率いる「筋肉少女帯」の再結成ライブであります!

「筋少」との最初の出会いは、かのSFC用ソフト「ストリートファイターⅡ」のCM。「きわ めよ 道! さと れよ 我!」という妙にかっこいいフレーズとともに砂丘を歩くリュウの姿は今でもはっきりと思い出せます。
まあ、そこから何も進展したわけでもなく、さっくり忘れ去っていったわけなんですが。

そこから10年近くの断絶を経て。

大学在学中、再びの出会いがやってきました。
同じサークルの友人に薦められて借りたCD数枚。それを聞き終わるころには、大槻さんの紡ぐ世界に取り込まれておりました。

何と言っても、詩が響く!
心に、というよりも背骨に来た!
いや、響かないものはホントに曲も詩もこっちに届かないんですが、来るものがすごい勢いでクリティカルしてくる。そして多分、何が届くのか、何が届かないかは、聞く人それぞれでまったく違う!

個人的な好みをあげると、
狂ったトンデモ科学者と、それを唯一信じた女性の痛々しいまでのまっすぐな思いを歌った『機械』。
駄目人間だらけのこの世をぶっ壊してえ、でも一番駄目な乗って俺だよな、と散々に歌い上げておきながら、『それでも、生きていかざるをえない』とビツッと締める『踊る駄目人間』などなど。
さらにもう一曲、特にあげるならば、割と後期の発表曲である「タチムカウ」がお気に入り。
これはこの曲を聴いて、マジで落涙しました。大学構内の、人がワラワラ通っているその端っこで、友人に聞かされたその時に。当時二十年ちょっと生きてきた中で、歌を聞いて涙腺が緩んだのはその時がはじめてでありました。
その「タチムカウ」、一部の歌詞を乗っけましょう。


僕ら
ガタガタ震えてタチムカウ
ビクビク怯えてタチムカウ
僕ら 
負けると知っててタチムカウ
ボロボロ泣きつつタチムカウ 
しかし
なめてんじゃねーよタチムカウ
ふざけんじゃねーよタチムカウ
むしろ
犬死にと決めてタチムカウ 
おー狂い咲く人間の証明



響きましたか? 響きませんか?

どちくしょう。


さて、そろそろ読んでくださる皆さんが引く音が聞こえてきそうなんですが。
まあそんなわけですっぽりとはまり、ライブにも足を運んだりしたんですが、その後まもなく筋肉少女帯解散。
(聖飢魔Ⅱの時もそうだったんですが、どうして私の好きになるバンドははまった直後に解散しちゃうんでしょうかね(泣))

その後八年を経ての再結成。
これは行くっきゃねえよなあ、とやってきたのは東京恵比寿のリキッドルーム。一歩入って・・・人多い!これがみんな筋少ファン!物販はほとんど売り切れ!なんか妙に気合の入った衣装の人とかもいるよ!
筋少すげー・・・。としみじみ思ったものです。
結局のところ、1000人近い人々が、ライブ会場にすし詰め状態。私はチケットの都合で会場中央あたりに陣取ることになったんですが、前も後ろもお客でびっしり。見回してもまるで隙間らしい隙間がありません。
その1000人が。
大槻さん登場と同時に。
一気に前方に詰める!
潰されそうになる俺!
コインロッカーが全部埋まってたおかげで持ち込まざるを得なかった荷物がどっか行きそうになる!
爆発する歓声!
ぎっちりすし詰め状態のまま、びょんびょんジャンプする周囲!
タイミング合わせてジャンプせざるを得ない俺!
熱い!こいつら熱すぎる!

とにかく熱心なファンが揃っておるようで、みんなすべての曲において的確な合いの手を入れます。私などはライブ経験の薄さゆえに、ワタワタと必死でついていくしかない状態。
しかしそれでも楽しい! みんな一緒にひとつのものに夢中になるという、最高の一体感! 
歓声のおかげで歌詞なんかほとんど聞き取れないけれど、そんなのは脳内補完でカバーだ!
中には知らない曲もあるけれど、知らん顔してノってしまえ!
そして大好きな『機械』がきたあああああああああああああああ!!
でも大槻さん歌詞間違えすぎだウワアアアアアアアアアアアアン!!!(大槻さんの歌詞間違いは、ファンの間ではどうもいつものこととして認識されているらしいです)

あっという間の約二時間。妙なエネルギーが爆発した、恐ろしく濃密な時間でありました。見てみりゃみんな汗みどろ。会場を出たお客さんたちが、ドリンクコーナーで揃って水を注文していたのが印象的でしたね。

会場を出たあと合流した友人は前のほうにいたからか散々に押しつぶされて大変だった模様。私のようにTシャツ一枚になるというわけにも行かなかったようで、汗でものすごいことになっておりました。風邪を引かなければいいけれど。

ともあれ、電車賃をはずんで参加しただけのことはありました。
次の機会があるかどうかはわかりませんが、その時にはまた駆けつけようと思っております。

楽しかったー。