Milk Shake Days

セネガルで飲んだミルクシェイクが甘かった。

夢見る条件

2009-11-30 01:21:20 | 日記
なんだかあまり調子が良くないぞ。
セネガルは乾季になったのに、
今日は天気が良くないんだけど、
それに呼応するように、
なんだか曇っている気分。

悲しくはない。
寂しくもない。

でもなにか違ってきているんだよねー。
緩やかに、少しずつ、確実に。

そんな感じでちょっと調子が良くない。
なにをしたってなんだか間違っている気がする。

心に小さな穴が開いている感じ。

こんな時は小さなことでも、
心に波を立てるんだな。

そんな小さなことを気になる自分が、
また少しだけ間違っている気がしてくる。

そんなぼんやりした状態だと、
よく夢を見る。

意味の分からない夢ばかり。
ぼくにとって夢を見ることって、
一種の警告みたいな物なのかもしれない。

調子が下がってきている時の。

そんな風に考えると、
夢見ることがけっこう大事に思えた。

寝ている間に見る夢なんて、
たいして意味のないことだと思ってたけど。
大事なことだったんだなーって。

そんなことを考える今日は、
たぶんいつもとなにかが違っている。

でも元気になるための過程なんだろう。
夢を見ることってのは。

不思議なことだけど、
寝ている間も生活してんだね。

今日はちょっと不思議な気分。
ブログのテンプレートを変更した。

栗毛の女の子が旅行に行くテンプレート。
行く先知らずの旅が魅力的。

今夜は夢を見ないかもしれないし。
また夢を見るかもしれない。

どっちでもいいや。
たぶん昨日より前に進んでいるから♪

羊に跨った詩人

2009-11-29 10:20:35 | 好きなこと
現在セネガル時刻は11月29日、AM1:00。
日本との時差は9時間である。

ぼくはだいたい毎晩、このくらいの時間に、
なんとなくブログを書いて寝ている。
だから書いている出来事は、
正確には前の日のことになる。

11月28日はセネガルでは大事な1日だった。
イード・アル=アドハー。
イスラム教の祝日。
セネガルではタバスキと言ってさ、
日本語にすると犠牲祭なんだって。

セネガルでは羊を生贄にするらしく、
先週から市場に行くとたくさん羊が売られていた。

イスラム教徒の人は朝モスクに行って、
その後、羊を生贄として捧げ、料理するんだって。

セネガルではタバスキが1年の最大イベントで、
みんないつもより綺麗な格好してたよ。

これは村人と仲良くなるチャンス!

それは分かってたけど、
村には行かなかった。

ぼくには凄く不器用な所があってさ、
したたかに成り切れないんだな。

都合よく宗教に触れるのが悪い気がして。

結婚式は教会で挙げたいけど、
キリスト教には興味がない。
そんな風に都合よく宗教に触れるのが、
なんだかよく分かんないんだな。

だから家で音楽を聴いてた。
ビートルズとジョージの音楽を。

11月29日は命日だからさ。
ジョージのね。

だから28日は羊の悲鳴の代わりに、
ビートルズとジョージの曲を聴いて、
29日に向けて準備をした。

ぼくはイスラム教徒じゃないし、
イスラムについてほとんど知識もないから。
羊の最後の叫びを聞いたところで、
哀しくなるだけだと思った。

それなら代わりに音楽を。
そう思った。それだけのこと。

この日記を書いている今は、
ジョージの命日。
日本時間では30日未明らしいけど、
カリフォルニアで亡くなったのは29日。

難しいことはよく分からないから、
29日に統一してしまおう。
だから今日はジョージの命日。

羊の哀しい叫び声より、
ジョージのギターと歌声の方が素敵じゃん。

そんな感じでゆったりと夕方まで過ごした後、
結局、ご近所の人に挨拶しに行ったよ。

会いに行く約束をしてからさ。
ちゃんと形式まで守って、
セネガルの民族衣装まで着て、
羊の料理までご馳走になった。

美味しかったんだけど。

やっぱり。
有難さとか。命の尊さ。
そういう大事な事は信仰心がないと、
分かんないんじゃないかな。

だからなんだかちょっと悪い気がした。
そんなこと誰も気にしないんだろうけど。

セネガルに来てまで、
近所付き合いに縛られるなんて。
悲しくて、寂しいことだなー。

なんだか今日は凹んでしまって、
さっきまでぼんやりと月を見ながら、
音楽を聴いていた。

Let it be.

ありのままでいられたら。

あの曲をジョージはどんな気持ちで、
弾いていたんだろうな~。

できる子?できない子?

2009-11-28 06:41:46 | 妄想
今日はすごく疲れていたので、
家でゆっくり過ごすことにした。
休日だから休むのではなく、
休みたいから休む。

それでいいのだ。
今のところは。
ココに居るうちは。

日本の時の休日なんて、
休んでいるというより、
休まされているようなもんだから。
なんか哀しくなるもんね。
日曜日とか。祝日とか。

夕方が終わり始めちゃうと。
誰といたって、どこにいたって、
哀しくなっちゃう。

今日はお休み。
と言ってもなんにもしないわけじゃなくて。
報告書を書いていたんだな。
お世話になった環境教育の活動の。

これはもしかしたら仕事なのかもしれん。
活動と呼んでいいことかもしれんが。

休みなんだな今日は。

だって心は休むと決めたから。
休み気分で自分の興味のあることについて、
考えごとして過ごすなんて、
どう考えたって休みじゃん。

朝起きて寝るまで好きなことやる。
それってつまりは休みなんじゃない。

おまけに興味のあることについて悩む。
もしかしたら悩むというより、
悩めるというべきかもしれない。
いやたぶんいうべき。
悩めるとね。

今日はお休み気分。
だから好きなように考える。
好きなことについてね。

こんなことを考えるぼくがどんな人間か?
それから誰がそれを決めるのか?

それを考えてみた。
きっかけは小さなこと。

きかっけなんてほんとは。
大きかろうと。小さかろうと。
どっちでもいいんだけどね。

たぶん相手だと思ったな。

ぼくができる子なのか決めるのは相手。
ぼくができない子か決めるのも相手。

社会的に。
自分がどんな人間か決めるのは相手。
だから人目とか他人の評価とか、
気にし始めるとさ。
疲れちゃうんだよね。無性に。

それはダメなこととは知ってるけどさ。
やっぱりやっちゃうんだよね。

好きなように。

開き直ってしまうのかもしれないな。
決めるのが相手なら、
好きなようにやるしかないなって。
自分で決めれないならさ。

こんな風に考えちゃうとさ。
相手が自分のことできない子と思っても、
なんとも思わなくなっちまう。

ダメなことなんだけどね。
まだまだ治さなければいけない所が、
たくさんあるから。

でも今日だけは許して欲しいな。

今日はお休みだから。

格安チケット

2009-11-27 02:44:32 | 昔の話
そうだ!行こう!

2,008年4月某日。
東急東横線、渋谷‐横浜間で、
そう閃いた。

あれは就職活動の帰り道。

こんなぼくでも雇いたいという企業が。
今は懐かしき就活楽勝時代。

今じゃ想像できないくらい。
しかっりした後ろ盾のある会社から、
もらった内定という将来への切符。

あれは軽かったなー。
ほんとに。

300円足らずの東急線の切符より軽かった。

周りの流れに乗ってやってみた就活。
やるからにはしっかりやったけど。

いざ追い求めていた内定を貰ったとき。
あまりの軽さに笑えちゃった。

自分の第一希望だったにも拘らず。
自分の意識の低さに笑えたんかも。

全然興味なかったことに気が付いちゃった。
電車の中で下ばっかり見てたなー。

多摩川を電車が渡るとき、
そろそろ降りる準備をしようと、
立ち上がったとき。

偶然、目にした。

「青年海外協力隊募集」

のポスター。

大学1年の時に説明会に出て、
興味は少なからずあったんだけど。
正直、避けていた選択肢。

こんなぼくにもシガラミの1つや2つくらいね。
ないわけでもなくってさ。

それに少し社会経験を積んでから、
行きたいという思いがあったのも事実。

でもねー。
その社会に出て自分がなにをしたいのか?
それがまったく分かってなかった。

なんとなく2、3年働いて辞めるなと。
簡単に想像できた。

多摩川を渡り切る頃には決断。
シガラミを取り払ってしまおうと。

あれは去年最大の決断。
内定は多摩川に悔いなく投げ捨てたけど。
シガラミを取り払うのは躊躇いがあった。
シガラミに守られていたのかも。

シガラミを取り払うと、
ちょっと世界が変わった。
シガラミはどこまでいっても、
シガラミなんだなと。

世界地図は涙の跡。

栗毛のあの子が泣く度に、
世界は加速してくのかもしれない♪


Something in the way

2009-11-26 06:49:33 | 活動
先週、森林調査を行った村で活動視察。

他の隊員さんがやっている炭作りを見学。
村までの道なき道をバイクで移動。

いやー。疲れた。
ほんと予想以上に疲れた。
神経を使うことはもちろん。

アフリカ大陸ができてから、
一度もアスファルト舗装されていない道。

20㌔距離を移動するだけで、
すっかり疲れてしまった。

そしていざ村に行き、
炭作りの見学をしてみても。

村人の話す現地語がまったく分からない。
一緒に村に行った隊員さんに、
どんどん村人と話をするように言われるも、
ほとんど会話できないのが現状。

喋ってダメなら体力勝負。
炭作りに使うユーカリの木を、
30㌢間隔で切り分ける作業。
ジャーシー(セネガル版ナタ)が、
巧く使えず全部村人さんがやってしまう。

なんにもできなかった。

ぼくがいなくても大丈夫そう思った。
ほんとに。
ほとんどショックも受けなかった。
ほんとに。

分かっていたことだから。

現地語が喋れなければ。
勉強しなければいけない。

技術がなければ。
技術を身に付けるとか。
知識で補わなきゃいけない。

全部分かっていたことだから。

誰かのせいにするとか。
取り巻く環境のせいにするとか
当事者であることから、
逃げようとしたって。

誰も助けてくれないから。

受け止めなきゃいけない。
当事者意識を以って。

今の自分を。
ありのままの自分を。

分かっていたことだから。

それでも少し胸が痛むのは。
ほんとは少し不安があるから。

分かっていたはずなのに。