持続する夢

つれづれにふと気づいたことなど書き留めてみようかと
・観劇生活はえきさいてぃんぐに・日常生活はゆるゆると

近代能楽集/弱法師 1/3

2005-07-17 17:58:44 | 演劇:2005年観劇感想編
キャストはこちらの記事に。そろそろ千秋楽の時間。ネタバレ考慮なしでいきます。

子ども親権の主張を行う裁判劇。中央に調停員席。両脇に育ての両親の席と、実の両親の席。舞台の中心に、当事者である子どものための椅子が準備されているが。主役は不在だ。養親も実親も。どちらも、彼を本当に愛していることが、主張から感じ取れる。

このままでは埒があかぬと、俊徳が呼ばれる。客席通路にて、ピンスポットに照らし出される藤原竜也氏は。佇むだけで、息を飲ませる存在感を持つ。黒眼鏡をかけ、純白のスーツに身を固め。盲目のため。白い杖をつき、階段を進む彼に。思わず手を差しのべたくなり。だが、強い拒絶を察知して留まる。舞台の中心は、客席にあってはならない。用意された椅子に彼が辿りつくまでを、ひどく長く感じる。掛けるまでを見届けて、ほっと吐息する。

大人たちは、俊徳の目が見えないことだけを憂う。けれど。彼の絶望は、そんなところにはなく。藤原氏の、浅はかな二組の両親を貶めるための、地を這うような低い声に驚く。この世の終わりをみた人間の、奥底に横たわる絶望を絞り出せばこんなになるのかと思わせる声色。「目の開いている者は形しか見ない」と、謂われのない蔑みに甘んじる両親を奴隷と呼ぶ息子。場は常に、彼の作り出す空気に支配されている。煙草を要求し、「吸っている間は、煙のための時間」という言葉に、両親とともに安心する。それは。しばらくは彼から解放されて良いという許可だから。

調停員の桜間と二人で話すうち。夕刻が訪れ、室内は西日に照らされて真っ赤に染まる。触発されて、俊徳が語り始める。たった5才でみた地獄絵図を。真っ赤な戦火につつまれて、視力を失った日に最期に見たものを。幼い彼が、世界の終わりを信じて絶望したとて、仕方がなかろうと思える光景が。言葉と、視力をもたぬ瞳によって展開される。正気と狂気の間をさまよう精神。正常に戻った世界を見ることの叶わない、彼の中に持続する恐怖。

けれど。桜間を演じる夏木マリ氏は。その場に凛と立ち、俊徳を真っ向から否定する力を持っている。そして、その力が俊徳に、現実世界を受け入れる隙間を作る。
愛情確認のために場を支配してきた俊徳。それに魅入られるだけの大人たち。だが、否定と愛は別次元にあることを知り、無防備に感情を晒して座り込む俊徳。彼のために場を去る桜間への台詞で舞台ははねる。「僕ってね。どうしてだか、誰からも愛されるんだよ」

続けます。たった45分の舞台が連載? というツッコミ、甘んじて(笑)受けます。

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