小鳥屋。猫屋。

書いているうちにファンタジー小説になっている気がします。なので、ファンタジー小説、です。

ありがとうございます。

2017-05-12 21:11:10 | 日記
めっきりこちらに来なくなって何か月もたってしまい……



久々に立ち寄ってみたら、どうやらこんなブログでも

覗いてくださっている方たちがいらっしゃる……


あ~…本当に本当に、ありがとうございます。

そして、本当に申し訳ないです、放置しちゃって(^-^;



と、いうことで、

また、続きを書いていきますので

よろしかったら読んでやってください。



ブログ、見に来てくださっていた方々、

本当に感謝ですm(__)m







契約の虹 始まり その二

2016-12-23 13:35:07 | 日記
 男は森に入り、思う存分、獣を仕留めました。
引き金を引くたびに、体全体に伝わる衝撃を楽しみました。
男は実は、この身震いするほどの大金持ちが所有する恐れ多いこの森に、
不法侵入するという不届き者たちに心当たりがありました。

 男は以前、鶏の納入に出かけた時に、森にいた猫を追いかけて
敷地内で迷子になりました。
その頃の男は、放蕩が過ぎて、思ったように家族から金をもらえなくなっていたので、
とにかくムシャクシャしていました。
自分より小さくて弱いものに、このいらいらをぶつけたのでした。
左右違う色の目を持つ、気味の悪い猫がこちらを警戒するように見ていたので
一気にその攻撃心が爆発し、物を投げたり、追いかけたりして、からかってやったのでした。
いつもとは違う道なき道を進んで行ったので、今まで来たことのない、
うっすらと霧に覆われた湖に出てしまいました。
「この森に湖なんてあるのか」
 そう感心していると、湖にかかっていた霧が晴れてゆき、向こう岸に
何軒か同じ造りの屋敷が立ち並んでいるのが見えました。
男は目がいいことだけが取り柄で、じっと目を凝らしてみてみました。
すると、女の子の姿が見えました。
何人くらいでしょうか。
四、五人ずつ集まって好き勝手に遊んでいるように見えます。
顔の形までは分かりかねるほどの距離でしたが、どの子もたたずまいは美しく、
優雅に動き、よくしつけをされているようでした。
おそろいの服に身を包み、まるでおとぎ話の中の妖精たちを見ているようでした。
もっとじっくり見ていたかったのですが、一瞬でまた霧がかかり、
それはみるみる濃くなってしまいました。
男は残念に思いましたが、その光景を再び見ることをあきらめ、
自分の身が大事と、湖に落ちてしまわないよう慎重に歩を進めて行くと、
不思議なことにいつも納入に訪れる下働きたちの大きな家に着いていました。

 その晩、その夢のような光景を、男は幼い頃からの、
なにかと悪い事をする時はいつも一緒の仲間に、酒の席で話して聞かせたのです。
以前から得体が知れない巨大な金持ちのことを、心底気味悪く思っていた男たちは
「寝言は寝て言え」と笑い飛ばしていましたが、どの男も目は笑っていませんでした。
そしてその夜から、一人、また一人と、森に入ったまま、帰ってこなくなりました。

 男はこの仲間内に、幼い頃からあまり良い感情を持てない人物がいました。
仲間の間で一番腕っぷしが強く、悪い事を画策する時の中心人物です。
この鶏屋の男のことを使い走りにし、小銭をせびり、にやにや笑っているようなやつでした。
おもしろいことがあるとすぐに飛びついてめちゃくちゃにするくせに、
危険が伴うことにはただの傍観者を気取って何も行動を起こしません。
男は心の中で、この卑怯な弱虫が森に入って行かないことに不満を持っていました。
「あいつが森にのまれたらよかったのに」
 仲間が帰ってこないというのに、一向にその森に入ろうとしないこの弱虫な男のことを、
村の者は「小心者」と陰で悪口を言い出しました。
それを漏れ聞くようになって、意地かプライドか、とうとうその小心者は、
近々森に入る、と宣言しました。
男は小躍りしました。もう帰って来るな、と思いました。

 あの日、旦那様は好きなだけ撃ってもいい、と言っていた。
そう、目についた生き物、全部、と。
何かあったら、すべて責任はとってやる、と。

 男は人間を探していました。あいつと森で出会う事に期待しました。
こうして犬たちが何か獲物を見つけては走り出し、吠えるたびに、男はその期待を膨らませました。

 季節は進んだりまた戻ったりを繰り返し、その変わり目の不安定さを景色に映し出します。
青々と芽吹き始めた若い葉に、昨日の夜に降った雪が、にごった水の色をして乗っかっていました。
 遠くに聞こえる犬たちの声が動かなくなりました。とうとう獲物を追い詰めたようです。
空に向かってこだまし、溶けてゆくその声の元に、男は一心不乱に近づいて行きます。
どうやらこの広大な森と、住居であるお屋敷を隔てる、レンガ造りの塀に追い詰めたようです。
遠目に見えてきた犬たちの尻尾は、ちぎれんばかりに左右に振り切り、
その激しく空を噛む口元から出る声は、獲物を威嚇し続けています。
だんだん響くばかりだったその声が、近くに、はっきりと聞こえてくるようになりました。
雪を踏みしめ、細い幹の間を抜け、やっと犬たちが吠え立てている獲物を目の当たりにして、
男は腰を抜かしそうになりました。

 真っ白なコートを着たそれは長い黒髪を持ち、濃い茶色の瞳を涙で湿らせていました。
肌の色はどこまでも白く、透明に透けて見えるようでした。
真っ赤なさくらんぼうのような唇の間から白い息を吐き、
今にも噛みつかんばかりの犬たちから距離を置くように、
ゆっくり後ずさりしながら引きずるその足のひざからは、
唇と同じ色の、真っ赤な新しい血がにじんでいました。

 男はしばらく呆然とそれに見とれていました。
今まで見た何物にも勝っていました。
降り積もった雪に照らされ、きらきら美しく輝いていました。
レンガ造りの塀に背中を預けているそれは、息も絶え絶え、小刻みに震えています。
恐怖、羞恥、絶望。
その華奢な身体から隠しきれずに漏れ出すそれらの感情を、
男は全身で感じ取り、気持ちが一気に昂りました。
「お前の笑顔は気持ち悪い」
 昔、あのいけ好かない、リーダー然とした小心者の男に褒められた自慢の笑顔で獲物を見据えます。
にらにらした笑顔を引っ込め、一瞬の真顔の後に銃をゆっくり構えました。
銃口を獲物の足に合わせたその時、男は後頭部に何やら固いものを押し付けられました。
「お前は散弾銃で撃たれた人間がどうなるのか知っているのか」
 ささやき声ですが、はっきりと響く、今までに聞いたことのない男の声が背後からしました。
明らかな力の差。覚悟を持った殺意。
銃を構えていた男の両腕はゆっくりと垂れ下がり、冷や汗が噴き出てきました。
今度はこちらが恐怖に支配され、小刻みに震える番のようです。

 銃口を外されたその美しい獲物は、ゆっくりゆっくり安堵の表情を浮かべてゆき、
つぶらな瞳からぽろぽろと真珠のような涙を落としています。

 また、はらはらと雪が降ってきたようです。
真綿のような雪が、その豊かな黒髪に白い花を咲かせます。
それはまるで雪の精のようでした。
うっすら微笑んだこの世の生き物とは思えないその美しい姿を、
男は絶望の淵で、あの世への土産物として、ゆがむ視界に焼き付けていました。
先ほどまで、やかましいほど吠え立てていた犬たちの声が耳に届きません。
男はどうやら極限状態で音を失ったようです。
積もった雪の上に乗る新しい雪があたりの空気を震わせるほどの静寂。
男があきらめの息を吐き出した瞬間、耳に入っていた詰め物がポロリと取れたかのように音が復活しました。
良く通るチェロの響きを持った男の声が、緊張感を最大限に背後から叫びました。
「見るな! 目をつぶれ!」





 










契約の虹 始まり その一

2016-12-18 17:47:01 | 日記
 その年は、とてもとてもおかしな気候の年でした。
今も暦は春だというのに、桜の花の上に、氷のような荒い雪が乗っています。
つい先日、暖かい風が森を包み、
とうとう春がやって来たのだと一斉に花たちがほころんだのもつかの間、
もう一度冬が戻って来たのです。

 木々がうっそうと茂る深い森を、一人の男が歩いていました。
猟師のような格好ですが、どこかしら垢抜けていて、
いつも獣と対峙している無骨な緊張感を彼からは感じられません。
どうやら趣味で狩りをしているようです。
前を行く犬たちが、急に激しく吠え立てながら走り出しました。
「よし、何か出たな」
 男は地面の雪に足を取られながら、転ばないように、でも転げるように前へと進みます。
日の光が落ちてこない薄暗い森の中で、遠ざかってゆく犬の吠え立てる声と
自分の荒い息遣いだけが耳に入ります。
思うように動かない体のせいで、だんだん疲れてきました。
男はぼんやりしてきた意識の中で、つい先日、この森のような薄暗い部屋で持ち掛けられた、
少し困った話の事を思い出していました。

 男は父親亡き後、とても大きな養鶏場を引き継ぎました。
そして、昔から懇意にしてくれていた、
この辺りで一番のお金持ちであるお屋敷へ鶏を納入していました。
いつもの取り決めの日に、いつも通り納入にやって来た男は、
いつもの下働きの大きな家から「旦那様が会いたがっている」と、
案内の者に馬車に乗せられました。
 レンガの塀の中のずっとずっと奥、
旦那様が住んでおられる今までに見たことのない立派なお屋敷に連れて行かれました。

案内されて入ったその部屋はとても薄暗く、
今日がすばらしくいいお天気だということを忘れさせます。
部屋には重厚な家具が置かれ、天井から下がるカーテンは落ち着いた色をして、
どっぷりと重たそうに束ねられています。
壁に並ぶ縦長の窓は擦りガラスのように曇り、
外に生い茂っている木々の緑が日の光の侵入を拒んでいるようでした。
「十日ほど森に入ってくれないか?」
 旦那様は窓から入ってくるわずかな光を背にして男にこう言いました。
「なんだか今年は鹿が増えちゃってね。
夏が暑かったからだろうか……
私はそんな気候のことなんか知っちゃいないが。
増えすぎるとだめなんだよ、森が荒れちゃって。
それに最近噂で聞かないかい? この森で人がいなくなるって。
どうして断りもなく人の敷地に入って来るんだとも思うが、
私が思うに、気が立った鹿にでもやられてしまってるんじゃなかろうか。
そうならさすがに気の毒だ。少し数を減らしたいが、私はもう足が悪くて
森に入れないものだから、お前に鹿退治をお願いできないだろうか」
 男の父親が亡くなった時、このお屋敷の旦那様はお葬式に来てくれました。
足がお悪いらしくその時は杖をついていましたが、
今はもう、寄る年端に勝てず車椅子に座っています。
「駄賃の額はお前からの言い値でいいよ。
ところで最近、鶏はどうしちゃったんだい? 食べられるものを持っておいでよ。
高い金払ってんだからさ。鶏の仕事、苦しいんなら立て直してあげようか」
 男は鶏の質が下がっていることを見抜かれ、少し肝を冷やしましたが、
それより目先にぶら下げられた、自分で決められる額の駄賃に気持ちが高揚しました。

 この男は父親が働き者なのをいいことに、
その儲けを自分の報酬として懐に入れ、毎日遊び歩いていました。
男が家業を継いでからもその性分は変わりません。
家の者たちが何を言っても聞く耳も持たずに放蕩の限りを尽くします。
あれだけ父親が一生懸命に築き上げてきた家業も立ち行かなくなり、
追い打ちをかけるように、鶏にしか発生しない厄介な病気が
この養鶏場で流行ってしまいました。
もうとうとう終わりだ、と思ったところに
お屋敷の旦那様から声が掛かったのです。

 男は二つ返事でその話に乗ろうとしました。
でも、その後に続いた旦那様の言葉に少し引っかかるものがあり、沈黙が続いてしまいました。
「この森に入ることは誰にも言わずに来ないといけないよ」 
 さすがに黙って十日もいなくなると、こんな自分でも誰かが心配するだろう。
でも、家業も再建したい。こんないい話はないじゃないか、と思う一方で
これまで培ってきた男の独特の勘が、この話はだめだ、と一歩踏み出すことをためらわせます。

 旦那様は、男がこの誘いに迷っていることを感じ取り、
やさしく、ゆっくり、ゆっくりと語り始めました。
部屋に置いてある大きな振り子時計が時を刻みます。
その一定のリズムに乗せるように
旦那様はやわらかい声でこう言います。
「警戒しているんだろ、誰にも言っちゃいけないなんて言ったから。なぜだと思う?」
 ますますゆっくりと、歌っているように旦那様はしゃべります。
「森では好きなだけ、撃ってくれていいんだよ。鹿だけではなく、いろんな獣も。
目についた生き物、全部」
 男は眠くなってきました。瞬きが遅くなっているのがわかります。
思考を停止させる振り子の音、心地よい声、薄暗い部屋。
頭の中で何かがどんどん膨れ上がってゆき、いっぱいいっぱいになり、
もうこれ以上何も入らない、というところで、小切手を切る小気味よい音がし、
こちらの世界に心が戻ってきました。
「何かあったら、すべて私が責任を取ってやる」
 その旦那様の一言で男は完全に目を覚ましました。
どうやらこの話を受け入れてしまったようです。

 男は家に帰ると、あれだけいた鶏が一羽残らずいなくなった鶏舎の一つに入りました。
家族の者に見られては困る契約書やら、
借金の督促状などを隠していた古い柱の割れ目に、小切手を隠しました。
今までに見たことのないゼロの数が打たれた小切手でした。

男は家族の者に
「ここから少し離れた場所の、同じ病気で鶏を大量に失った家に話を聞きに行く」
と言い残して、家を後にしました。
家族の者も、やっとこの男が家業再建のためにやる気を出してくれた、と喜んでおりました。









動かぬ季節に囚われて を終えて

2016-12-06 14:33:18 | 日記
こんにちは。

たまにしかアップしない私のブログに
少なからず足を運んでくださる方たちがいること
本当に感謝いたします。
ありがとうございます。

「動かぬ季節に囚われて」
完結しました。

愛すべき部長やゆかりんやモモちゃんとは
書いてゆくという行動の中ではもう会えないのですが
もう一度読み返す行為で
彼女たちと再び会える幸せを感じています。

幼稚園の頃に読んだ絵本で
最後まで読むと、またお話の一ページ目に戻る、という
お話に釘付けになった記憶があります。

そんなふうな、お話は終わったのにもう一度最初から……
このお話はどこからが最初でどこが結末なのか……
最後のページを読み終えると
え、ちょっとまてよ、と最初からもう一度確認したくなるような
物語にしたかったのですが、どうだったでしょうか。

横書き、むずかしいですね(^-^;
もっと読みやすいように書かなければ……
反省です。
(※少し読みやすいようにしてみました。)

また、新しいお話を書いてゆきたいと思っているので
よろしかったらお付き合いください。




動かぬ季節に囚われて 時のはざまで 了 7/7

2016-12-02 16:32:54 | 日記
 放課後。ゆかりんは教室から皆が出て行くまで、窓辺から校庭を眺めて二人を待つ。
高橋さんが肩をポンポン、と叩く。
「ゆかりん、『占いクラブ』だったよね」
ゆかりんは、違うんだけどな、とぼんやり思う。
「修学旅行の時にさ、まいちゃんとあやのんがどうやら視ちゃったみたいでさ。まじで怖がってんの。
それを見ていたワタリさんにますます気になること言われちゃってさ」
高橋さんは「占いクラブ」の存在を確認もせずにしゃべりたてる。
「何?気になることって」
ゆかりんが尋ねると、高橋さんはちょっと周りを確認しながら小声でこう言った。
「『霊感が強い人と一緒にいるとその霊感をもらってしまう』って。今まで視えたりしなかった人も、
そういう人と一緒にいると、視える人になってしまうかもしれないって」少し声が震えている。
「あー、そういうこと、あるかもしれないね」
ゆかりんが答えると、高橋さんは大きな瞳をもっと大きくして
「本当なんだ!」と控えめに叫ぶ。
「でも、あたし達の中にそんな霊感の強い人なんていないよ」高橋さんがすこしいぶかしげに言う。
「ワタリさんが近くにいたんでしょ?」ゆかりんがそう言うと
「ワタリさんはあたし達のグループじゃないよ!」
高橋さんが不満気に声を荒げるのでびっくりした。
なんでグループではない人間だからだめなんだ?
そもそもそのグループって何だ?
その後、延々と高橋さんにとっての怖い現象を聞かされて
「一回、クラブで占ってみてよ。今回のことについて。じゃあ、部長によろしく頼んでおいてね」
高橋さんは長い髪をさらさらさせながら、ゆかりんから離れる。
ゆかりんは校庭に視線を戻しながら、小さくため息をつく。

 やっと人が少なくなってきた教室にモモちゃんが入ってきた。
「モモちゃん、今回はきれいな色だったのに、また真っ黒になっちゃったね」
ゆかりんがそう声をかけると
「ほんとは修学旅行ん時にあの色で行きたかったんだけど、
マジで連れてってもらえなかったらシャレになんないもんね。
バッハが助けてくれるかなって思って、わざわざ旅行から帰ってから髪染めたのに、
バッハ、体調崩して休んでんだもん。
もう先生たちの総攻撃だったよ」
モモちゃんはひとしきりぼやき、気を取り直してこう続けた。
「ゆかりん、さっきセミが鳴いてるのが聞こえたよ」
「セミ! もうそんな季節なんだー、やだよーキモイよー」
ゆかりんが身悶えするのを、モモちゃんはけたけた笑って喜ぶ。

 すっかり人のいなくなった教室に部長が入ってくる。
「今日、暑いねー。職員室、もうクーラーついてたから、ここもつくんじゃない?」
部長が教室の管理を任されているかのような堂々とした態度で、
当たり前のようにクーラーのスイッチを入れる。
ブーンという機械音と冷たく乾いた風に気持ちがほっとする。

「あ。さっきバッハを見かけたよ。モモちゃん、残念だったね、真っ黒にした後で」
部長はカバンから占星術の本や、レポート用紙をがさごそ取り出す。
「えー?バッハー、もうちょっと早く回復してよー」
モモちゃんが頭を抱える。
「部長、なんか変な日焼けしてるね」
ゆかりんは部長を覗き込む。
「あー、これでしょ? サングラスして、うっかり眠りこけてました、って感じの」
部長は自分の目元を指さす。
「どっか海でも行ったの?」モモちゃんが尋ねる。
「行ってない。海どころか、プールも。
学校のプールでさえ入んないのに、なんでこんな日焼けしてんの?」
「私たちが訊いてるのに!」
三人の笑い声がはじける。

「ちょっと調べたい人がいてさー。ホロスコープ作りたいんだけど」
部長がレポート用紙をめくる。
「なんか最近気になるんだよね。勘が鋭いっていうのかな、なんか先回りされてるっていうか、なんていうか」
部長がぶつぶつと口ごもる。
「ワタリさん?」ゆかりんが尋ねる。
「ワタリさんはきっと何か持ってるよ。
ワタリさんだけじゃなくて、私たちの年代は、重たい惑星の重なり具合が皆似通ってるから、
私達みたいに占い師まがいの人物がわんさかいるよ」
部長はこう言うと、昨夜の夢の話をしだした。

「実は今朝、変な目の覚め方しちゃって。取り敢えず、変な夢を見てたんだよ。
どんな夢かはさっぱり思い出せないんだけど、
とにかく変で、苦しくて、不快な夢だったって感覚だけはあるんだよ。
で、なんか、あ、もう目が覚めそうってわかる時あるじゃん。その時に声が聞こえて。
『占いもほどほどにしろ』って。
『山に登ってから皆の意識が変な方向にたかぶっているから呼び寄せてしまう』って。
で、『気をつけろ!』って、背中をばんって叩かれて、体が起き上がって目が覚めた」

「何それ、コワい」モモちゃんが顔をゆがめる。
「で、それ、誰の声だったと思う?」部長が二人に向かって尋ねる。
「知ってる人の声だったの?」ゆかりんが訊き返すと、部長はこくんとうなずいて
「バッハの声だった」と力を込めて言った。
ゆかりんとモモちゃんは声をそろえて
「バッハ?」と訊きなおす。
「うん。バッハ。
あの人、こうやって私達が集まって、こういう事しゃべってると必ず邪魔しに来るじゃん。
図書室で静かにしゃべってても、体育館の裏で隠れてしゃべってても。
何でそういう話してる時だけ来るんだろうって思わなかった?」
部長が二人に視線を送る。
「そういえば、ほかの友達の話とか、好きな子の話とかしてる時は邪魔されたことないね。
同じ場所で集まってたとしても」
ゆかりんは記憶を巡らせる。

「あまり突っ込んでそういうものに触れさせたくないんだよ。
私達がまだ、いろいろ未熟だから、変なものに目をつけられたら
取り込まれる、とでも思ってんじゃないかな」
部長が予測する。
「で、なんとか誕生日と、大体の出生時間を調べてきました。
職員室に行って、スパイ活動してきました」
部長はニヤニヤする。
「数学と英語の先生に『そんなことしてないでもっと勉強しろ』って言われたけどね」
ふふっと満足そうに部長は微笑む。
「あー、私マジで将来スパイになろうかな」
そんなことまで言い出した。
部長はその収集してきた情報をもとに、せっせとホロスコープを作り出した。

「バッハって、何か変な能力持ってるのかな」
ゆかりんはなんとなくつぶやく。
モモちゃんが部長のレポート用紙の間に挟まっていたプリントを引きずり出して、あっ、と声を漏らした。
「夏休みに入ってすぐ、皆既日食じゃん。忘れてたよ。
皆行くの? この『皆既日食を皆で見よう会』」
「行くよー。パスポートなしで見られるのは四十六年ぶりだよ。次は二十六年後だよ」
部長は使い込んだ辞書のように変な膨らみ方をしている占星術の本を見ながら、
ホロスコープを作る手を止めずにモモちゃんの質問に答える。

「ねえ、日食の時のホロスコープってどうなってるんだろ」
ゆかりんの声がはずむ。
「ゆかりん、一緒に作ろう!」
モモちゃんが部長のレポート用紙を勝手に一枚びりびりっとはずし、シャーペンをカチカチやる。

 一瞬、静かになる教室。クーラーの静かにうなる音が響く。
窓を閉めていても聞こえてくるテニスボールが打たれる軽快な音。
野球部のバットの金属音。校庭から聞こえる掛け声。吹奏楽部のロングトーンの音。

以前、同じような経験をした気がするが、毎日聞きなれた音なので、すぐに気にならなくなる。

「次の皆既日食ってさ、海外に行ったらそんな何十年も待たなくても見られるんじゃないの?」
モモちゃんが質問する。
「そうじゃん。そうだよ。いいねーそれ。三人で次はどっか海外で日食見ようよ」
ゆかりんはうきうきする。
「その時には私、売れっ子女スパイになってるかもよ。海外のいろんなとこ、ガイドしてあげる」
部長が満面の笑みで答える。
「部長。スパイは英語しゃべれないとなれないんじゃないの?」
モモちゃんが突っ込む。
「あっ、そっか。じゃあ、日本語限定の売れっ子女スパイになるよ。私」
「それって、ぜったい、売れてない!」

教室に笑い声がはじける。
その声に揺さぶられたかのように、窓から見える濃緑の葉をつけた枝が踊る。
蝉もそろそろ鳴き出す夏の初め。中学三年の七月。
来年の今頃は、一緒にはいないかもしれない三人。


                                       了