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引越しいたします。

新疆生産建設兵団農業第7師団とは

2007-10-07 23:40:06 | ニュース

 先日エントリーした新疆生産建設兵団での暴動騒ぎ、ウェブ上にこの当事者の農7師団すなわち新疆生産建設兵団農業第7師団の説明をした論文がありました。新疆ウイグル自治区での綿花産業について述べたもので東レの中国合弁会社の幹部である御法川紘一さんが書かれたものです。
かなり詳しくかかれていますが、いかんせんウイグルの歴史観が中国の主張そのままであり、また回教徒なる現在は適切ではない単語も使われているところが問題点として指摘できます。それに新疆生産建設兵団そのものが「今では軍とは関係がない」と言い切っているところはかなり疑問です。関心のある方は是非ご覧になってみてください。

中国の“繊維力”
―内側から見た繊維事情―
第8 回 繊維雑感(その3 )新疆と綿花 御法川紘一より
http://www.tbr.co.jp/pdf/trend/tre_a034.pdf

東レ経営研究所 繊維トレンド 2007.3 ・4月号p28
新疆の新しい都市は兵団(師団が発展して作られた。農1師団はアクスに、第3師団はカシュガルに本部があったが、彼らの開拓地の広がる田舎に本部を移転、人口10万人規模のトムスク市、アラル市を新しく建設した。
北新疆の奎屯市は農7 師団が、石河子(シーホーツー)市は農8師団が30年前に建設した。農7師団は国家の方針に基づいて綿花生産に力を入れてきた。農7師団の本部の置かれている奎屯市は人口約14万人の整然とした近代的な都市である。市は師団の管理機能と地方行政、経済の中心地である。省クラスの経済技術開発区も作られている。農7師団は121連団が132連団までの11の連団と師団本部で構成され、5,000k ㎡の開墾地に家族を含めて20万人を擁する。大部分は農民である。一つの連団は1 ~2万人の農民とその家族が暮らしている。連団司令部のある地は学校、病院、招待所(ホテル)、店、市場の集まる町を形成する。砂漠を旅する時、各師団の連団の町が、命脈をつなぐオアシスである。農7師団の11連団のうち、2連団は野菜、果物を栽培し、9連団は綿花を栽培する。綿花畑は合計100 万ムー(6.7万ha )あり、年間11 ~12万トンを生産する。このうち4万トンは師団の自家紡績用に使い、残りは兵団綿麻公司を通じて沿岸地域を中心に販売する。綿花のジンニング(注、種子削除)工場は各連団にあるが、条件の恵まれた連団は自前で紡績工場を経営する。奎屯市の北50kmにある130連団は自分の作る綿花を使って早くから紡績を手掛けた。すぐれた管理技術を一早く取り入れ、国家優秀品質に何度も選ばれた。3.5万錘の第1工場、浙江省の民間資本との合弁の第2工場がある。この工場は日本でもあまり設置されていない最新鋭のシュラフホルスト社オープンエンド機、村田機械MVS機を有し、辺境の綿花畑の中で唸りをあげている。長年、追い求めて来た究極の姿をそこに見る思いである。130連団は一昨年は米国製設備によるジンニング工場、昨年は5万錘のコンパクトヤーンを生産する第3工場を稼動した。師団本部は連団の資源を活用して独自で会社を経営する。農7師団は経営の行き詰まった地元国営紡(8.5万錘)を買い取り、リストラとスクラップ&ビルドを進めて近代的な直営紡績会社にした。この会社への原料綿花は128連団より供給し、生産糸の一部は同じ工場内にある浙江省資本の織布会社に直販している。この織布会社は遊休建屋を格安で借りうけ、織機は中国製超格安レピア(広幅ドビー付で 1台35万円、日・欧製の約1 /30)320台を設置して高い利益を上げている。このように農7師団は綿花~織布までの一貫テキスタイルグループに変貌しつつある。師団全体の紡績錘数は、2006年末で25万錘に達し、染色、ニット、縫製業まで視野に入れている。現在全兵団中3位の経済力は更に上位を目指している。

http://big5.soundofhope.org/programs/162/73712-1.asp

希望の声サイトによると暴動に参加したのは123、125、127、128連団
APなどの外電の記事でも場所はイリ郊外となっているが実際は、奎屯(クゥイトン)市郊外のようである。どちらかと言えばウルムチのほうが近い。というか当の農7師団がこの奎屯市を建設したのであるという。
新疆生産建設兵団では一昨年にも同じような地域で兵団員の不満が沸騰しての暴動騒ぎがあった。
しかし、つまりこれは「中国」の内政問題。かつての東トルキスタン共和国地域が完全な漢化されてしまったことも表す。
もちろんウイグル系のサイトではほとんど触れられていない。