騒乱はなぜ起きたか
~中央アジア・独裁政権とイスラム~
グルジア、ウクライナ、旧ソ連で起きている大規模な民衆デモの動きはついに中央アジアに飛び火した。今年3月キルギス、そして先月はウズベキスタンで長期に及ぶ独裁政権に対する反政府運動が勃発した。ウズベキスタンのカリモフ政権は、この動きを武力で鎮圧、数百人の死者が出たとされる。しかし事件の真相究明が遅れている上、米ロなど大国はカリモフ政権を支持する姿勢を見せている。実は反政府運動の背後にイスラム過激派が関与していた可能性が出てきたためだ。独裁政権に対する市民の不満が高まる中央アジアだが、一方でイスラム勢力の台頭が、新たな火種を作り出す危険性をはらんでおり、それを歓迎しない各国の思惑が一致している。ウズベキスタンからの最新ルポを交えて伝える。
昨日NHKクローズアップ現代でこのような番組が放映されました。
生小松久男先生をはじめて拝見。紙上再録を試みる。
カリモフ大統領が語る。「今回の暴動を起こしたのはアクラミヤという組織だ。」
まず、ウズベキスタン政府発表の報告書から
アクラミヤとは?
「アクラム・ユルダシェフが9年前に設立した組織。他の組織と違い、経済力をつけるために企業を設立し、資金力を使って政権内部に浸透し、イスラム国家の建設を目指している。」
キルギスの難民キャンプでは「治安部隊が無差別発砲した」「ウズベキスタンでは政治的意見を言うと逮捕されてしまう。」「われわれは集会を通じて政府に訴えようとしていただけ」と難民たちが語る。これはウズベキスタン政府の説明とまったく異なっている。
11ヶ月投獄された経験をもつアクラミヤメンバーのシャムスディン・アタマトフ氏
「当局はいかなる証拠も提示できない。今回の暴動にはわれわれはまったく関わっていない。われわれは決して過激派などではない。国際調査団を出すべきだ。」
NHKのアンディジャンへの取材が許可された。(当局の人間が同行すると言う条件の下)
市民にマイクを受けても何も答えない。「大統領のおかげで何もかもうまくいっている。」
州政府庁舎はいまだそのままの状態、地面はきれいに清掃されている。
当局はアクラミヤが無差別発砲をしたと主張、証拠として200丁の自動小銃や手榴弾を押収したとする。暴動目撃者は首謀者たちが携帯電話で指示をしながら組織的に動いていたと証言する。
ウズベキスタン外務省のネマトフ第一次官「一部の報道はまったく間違いである。」
イギリス ストロー外相、アメリカ ライス国務長官は国際調査団の派遣を要望するもカリモフ大統領は拒否。
確かに対テロ戦争を戦う米英はダブルスタンダードであると言える。
大統領は野党、反体制派にきびしい取締りを行って徹底的に弾圧してきた。
顔を写さない条件でインタビューされた学生は「兄は熱心なイスラム教徒であるというだけで連行され、死体で帰ってきた。」と語る。
99年、タシケントで同時爆発テロ。
99年にはキルギスバトケン地方で日本人人質事件。
法学者のムハンマド・ラフィック・カマロフ氏
「旧ソ連時代は失業がなかった。現在は失業問題で社会が混乱している。」
ウズベキスタンは統制経済の行き詰まりで経済は停滞状態。
ジャーナリストのサノバール・シュルマトーワ氏
「ウズベキスタン国民は月平均10$の収入しかなく、地方部ではもっとひどい。豊かなのは大統領側近と政権周辺の一部の人たち。」
元閣僚バフル・マリエフ氏
「国民は団結を強めている。カリモフにNOを突きつけるだろう。」
東京大学教授 小松久男氏
「1991年当時、人々には自由な時代がくるという期待感があった。年々、無力感と閉塞間が広がっている。」
「この地域のイスラムは本来伝統的で穏健なイスラムであり、長幼の序を重んじ、近所づきあいを律してきて、旧ソ連時代の抑圧にも耐えてきた。」
アフガンのイスラム復興運動の影響を受けて独自の運動も広がってきた。
92年にカリモフ大統領はきびしく弾圧した。イスラム原理主義者は一層攻撃的になり、テロを行った。そしてその結果抑圧がきびしくなった。」
「キルギスの7月の選挙にも影響し、中央アジアの将来に影響を及ぼすであろう。」
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