山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ。
カール・ブッセの『山のあなた』の詩は、1905年(明治38年)に出版された上田敏の『海潮音』に収められています。ヨーロッパの新しい詩を紹介したこの訳詩集は、北原白秋や三木露風らに影響を与え、世に広まりました。やがて『山のあなた』は国語の教科書に載り、三遊亭歌奴(圓歌)の落語「授業中」にも登場。本国ドイツで忘れられても、日本では今も親しまれています。
さいわいの住むてふ村や小六月 りっこ
平成24年11月25日(日)、第15回RANDOM句会は、西六甲の山々に囲まれた“山のあなた”のしあわせの村での開催です。
凩や句会しあわせ不しあわせ ひろひろ①(数字は句会での得点)
ひろひろさんの心配(?)をよそに、空はまっ青に晴れて風もなく、待望の小春日和です。
秋風よ走者のエール被災地へ さくら
この日は第2回神戸マラソンの開催日。東日本大震災の被災者に、阪神・淡路大震災から復旧・復興した兵庫・神戸の街並みを肌で感じてもらい、同じ被災地としての絆と友情を深めることを目的に掲げ、全国から集まった2万人の走者と50万人の沿道での応援者が、三宮の市役所前から明石海峡大橋までのマラソンコースとなった市街地を埋め尽くします。
マラソンかしあわせの村か冬の汗 ひろひろ①
マラソン日ハイテンションの冬句会 見水②
わが句会の集合は、しあわせの村本館・宿泊館ロビーに午前11時。
ひさしぶり紅葉もとめて句会かな 稲村
かさこそとしあわせの村秋深し 稲村①
稲村さん、今日は満々の意気込みです。
朝早く喫茶店(みせ)の賑わう冬日和 一風
一風さんは、早々と到着して、コーヒーで一服。一句できました。
身にしむやしあわせの村句会なり 英
おみなえししあわせの村姿見ぬ 英
英さんは、冬晴れの神戸電鉄西鈴蘭台駅のバス停で見水さんといっしょになり、同乗。バスが村に入ったとたん車窓にひろがる別世界に感動。
乗り継いで裏六甲の冬日向 播町①
鵯日和金川先生好々爺 播町①
暖房のバスから降りてラドンの湯 弥太郎
播町さんは、「今日は雪かと思って来たのに予想がはずれた」を連発。バスの車窓から老教授風の人影が見え、よく見ると弥太郎さんだったとのこと。
弥太郎先生到着。「もう句はできたから、時間まで温泉に入るわ」。
冬晴れの村から望む淡路島 弥太郎
枯芝のカレッジの彼方播磨灘 弥太郎①
冬ぬくしジャジャ馬娘弾む声 弥太郎①
弥太郎さんは、三宮で神戸マラソンのスタートを見届けてから、バスで村に向い、南の端のシルバーカレッジから北の端の馬事公苑まで、村内を踏破して、ほぼ句作を終えたとのこと。とくに馬事公苑でサラブレットの体験試乗をしていた若いギャルたちの姿にご満悦。
この馬事公苑は、かつて灘区の青谷にあった乗馬クラブが移転したものです。まだ舗装が進んでいなかった昭和30年代には、灘区内を馬がかっ歩する姿が見られました。
午前11時、参加者全員に村のマップと5句の出句票を配付。本館前で通りすがりの元気なママさんにお願いして全員集合写真のシャッターを押してもらい、吟行スタート。
まずは全員で、熊本の水前寺公園をモデルに作られたという、池を巡る日本庭園を歩きます。
今回の参加者は、女性はさくらさん、つきひさん、りっこさんの3名。男性は、播町さん、稲村さん、弥太郎さん、ろまん亭さん、一風さん、英さん、見水さんの7名。総勢10名です。どんぐりさん、ひろひろさん、菊太郎さん、だっくすさん、かをるさん、蛸地蔵さんは、所用等で欠席。ひろひろさんからは5句が届き出句で参加。女性陣が少なく、またまた男性軍勝利のチャンスなのですが…。
ここで、今回の吟行の地、しあわせの村をご紹介。
◆しあわせの村 ヒストリー◆
しあわせの村は、神戸市北区の山あい(地元ではマムシ谷と呼ばれていた)を、神戸市が1981年(昭和56年)から造成して丘をつくり、福祉のまちの拠点として、神戸市政100周年の1989年(平成元年)に開村しました。
村内には、温泉や保養・宿泊施設、日本庭園、各種スポーツ・野外活動施設、馬事公苑、シルバーカレッジ、リハビリテーション病院、授産施設などが点在します。バリアフリーに配慮され、開村時、フェスピック神戸大会(極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会)の会場となりました。
1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災の時には、救援物資の集積所や温泉の無料開放、仮設住宅の設置などで市民の避難生活を支えました。震災復旧・復興が進む中、大勢の市民がここでリフレッシュのひとときを過ごし、修学旅行生や高齢者・障がい者グループなどが全国から訪れています。
今年は開村23年。開村の頃は12%だったわが国の高齢化率(65歳以上の人口割合)は、いまや23%を超え、50年後には40%になる見込みです。
建物はすべてスペイン風の赤屋根に統一され、緑地は手入れが行き届いて美しく、広さは甲子園球場50個分の205ha。
神戸市は戦前、東洋一の貿易港を持つ街として繁栄しました。
戦後も、戦災復興、高度成長、福祉と環境の時代を、「山、海へ行く」の斬新な都市経営で乗り切ってきました。震災で大きなダメージを受けましたが、着実に震災復興が進み、神戸沖に空港も開港し、街は新しくよみがえりました。
昭和24~44年に市長を務めた原口忠次郎氏の銅像は、ポートアイランド中公園で海のかなたを眺め、昭和44~平成元年に市長を務めた宮崎辰雄氏の銅像は、ここ、しあわせの村で来村者を出迎えています。
庭園の池水映す冬紅葉 弥太郎
丸い背が来し方語る菊舞台 ろまん亭②
弥太郎さん、冬紅葉を詠んで5句完成。ろまん亭さんは水舞台で錦鯉に見入っている稲村さんを句にしたそうです。
カップルで亀も小春の甲羅干し さくら②
紅葉が甲羅の上にも降りかかり 見水
池の中に突き出た石の上に、2匹の亀が仲よく並んでいます。一匹が首を伸ばせば、もう一匹も一緒に首を伸ばす姿に、思わず笑ってしまいます。
小春日の四阿(あずまや)の先落葉舞う 一風
小春日に「昼のいこい」か縁側で ろまん亭
素朴な四阿(あずまや)が気に入った一風さん、山里の秋の風情を満喫。ろまん亭さんの心は、のどかな縁側で過ごした子供時代にもどっています。
友つどうしあわせの村天高し 稲村①
天高く一条の雲流れ行く 一風
逆光のまぶしさ小春日和かな 見水
日本庭園を一歩抜け出ると、そこはスペイン・アンダルシア。紺碧の空いっぱいに孤を描く飛行機雲。村の中心の「ふれあいの門」は、白い石畳が「幸」の字に配置されています。
枯木立風が押してる車椅子 播町②
深々と空の青さや冬木の芽 りっこ①
「ふれあいの門」から南へ、せせらぎに沿って歩きます。左手にリハビリテーション病院、右手にたんぽぽの家。どちらもスペイン風の美しい建物です。緑地が広がっていて夏には樹々が木陰をつくり、近所の親子連れがピクニックに来て、せせらぎで子どもを遊ばせるのを見かけます。
赤い屋根幸せさうに山眠る つきひ②
朱の屋根の連なりシェスタ似合う村 播町
このあたり、西宮の関学(関西学院大学)キャンパスのよう、と言う人もいます。いかにも学生が気持ちよさそうに居眠りしていそうな雰囲気。
ママチャリがすり抜けてゆく冬の道 見水
自転車をこぐセーターや飛行雲 つきひ
自転車にマフラー結ぶ児(こ)の笑顔 一風②
貸し自転車の句が3つ。トレーニングジム(有料)と体育館(卓球・バドミントン各有料)の建物の間に貸自転車の受付があって、来村者に90分200円(中学生以下100円)でレンタサイクルをしています。広い村内を見て回るのに便利です。ちょっと場所が離れている子どもに人気の「トリム園地」(無料)への移動もらくらくです。
自転車を一生懸命こいでいるうちに暑くなって、子どもがマフラーを自転車にくくりつけた、微笑ましい一風さんの句に2点入りました。
犬連れてしあわせの村落葉踏む 一風
かろやかに犬の足音枯葉散る ひろひろ①
ふさふさの犬追いかける落葉かな りっこ①
犬と散歩の句3つ。これだけ広いと、犬も駆けまわりがいがあってうれしいことでしょう。そんな犬が、舞い落ちる落葉には追いかけられています。
枯れきってしあわせの村蓮の実や 英
南へ進み、鎮守の森を過ぎると、ぱっと開けて小さな蓮池がありました。見事な枯蓮で、「枯蓮の句があったなあ」「実が食べられるんやけど。あ、ないわ」「下に蓮根が埋まってんねん」と、一行、足を止め急に賑やかに。
蓮枯れて夕栄えうつる湖水かな 正岡子規
枯蓮のうごく時きてみなうごく 西東三鬼
枯蓮を見ていると空腹を感じてきました。もう、午前11時半。近くの「保養センターひよどり」内のレストラン「花梨(かりん)」で昼食。団体予約が入っていて店内は忙しそうでしたが、各自注文して、句を練っていると、思ったより早く食事が運ばれてきました。
昼食後は、独自の句材を求めて何人か抜け、主力の吟行グループは、さらに南へ歩き、ローンボウルス場を横目に果樹園・薬草園へ。薬草園には、香りがあって、まっ白で可愛いお茶の花が咲いていました。
そぞろ歩く茶の花日和村広し さくら②
摘み取ってにがみ味あう茶の花を 英
茶の花や毬とたはぶれ児らふたり りっこ②
茶は中国で紀元前10世紀から薬用にされ、日本では12世紀に宇治で栽培されて広まり、茶の湯が生まれました。一方、ヨーロッパへも帆船で運ばれて紅茶になりました。茶は人間と関わりの深い不思議な木です。
大芝生伸びのびのびと日向(ひなた)ぼこ ろまん亭
コマになる孫が拾いしどんぐりが 英①
芝生広場では、シートを広げてピクニックをしている若者グループやボールを蹴って遊ぶ親子連れ、ゴム・カタパルトで自慢の紙飛行機を飛ばして滞空時間を競っているシニアのグループ、木立ちの中でどんぐり拾いをする親子、ひとり画帳を手にスケッチをしている紳士、おだやかな小春日和の休日を、思い思いに楽しんでいます。
噫,われひとゝ尋めゆきて,涙さしぐみかへりきぬ。
出句のしめきり時刻は午後1時30分。研修館の会議室に全員集まって、句会のはじまりです。
提出された各自5句の短冊をバラし、手分けして清書し、選句表を完成させ、全員分のコピーをします。
コピーと飲み物の買い出しの時間を使って、播町さんが、今回の“特別企画”の「神戸RANDOM句会 十句集-2012-」を全員に配付。句会メンバー15人の10年間の成果を、各10句ずつ選んだミニ句集です。「神戸RANDOM句会」のブログでも見ることができます。
コーヒー・紅茶と、つきひさんが教え子の学生さんからいただいたシュトーレン(クリスマス菓子)とお饅頭をいただきながら、午後1時50分、全員にコピーを配付し、つきひさんと一風さんの進行で句会が始まりました。
25分間かけて、各自、他のメンバーの気に入った句を選びます。6句選んで、一番気に入った特選句(◎)1句は2点、その他5句(○)は各1点、と各人の持ち点は計7点。参加者10名の総点数70点の争奪戦です。
10名がそれぞれ特選句(◎)に選んだ句には、豪華百均賞品をプレゼント。その句を2人が特選句に選べば賞品は2つ。今回は9句が特選句に選ばれました。
特選句と点数の高かった句は次のとおりです。
身の丈のしあわせのあり村小春 さくら⑧◎◎
燃へ尽きてでんぐり返りつ紅葉散る さくら③◎
今回はさくらさんの「身の丈のしあわせ」の句がみなの共感を呼び最高得点。ふらっとやってきて、思い思いに一日を楽しんで過ごすのが、しあわせの村の流儀です。「でんぐり返り」で燃え尽きたのは、11月10日、93歳で亡くなった『放浪記』の女優・森光子さん。「あ、そうか、それやったら」―、もっと点が入っていたでしょう。しかし、さくらさん、堂々のトップ。
石蕗の花素(す)にして粗(そ)なる貴人門 つきひ③◎
笹鳴を共にとらへし車椅子 つきひ③
ひもすがら紅葉且散る水舞台 つきひ③
つきひさんの3点句が3句。いずれも日本庭園の情景を、選りすぐりの季語と題材で詠んだ佳句。ピントがぴったり合ってほれぼれします。「笹鳴き」はえさを求めて人里近くに下りてきた親子のウグイスの「チチチ」という鳴き声だそうで冬の季語。厳しい冬を越え、「ホー、ホケキョ」と鳴く春先までの季節の移り変わりが目に浮かびます。
しあわせをかなえる村の秋をゆく 稲村③◎
小春日や落葉の下を鯉がゆく 稲村③◎
稲村さんが感じとったしみじみとした幸せに共感。「小春日」「落葉」は季重なりですが、浮かび上がる立体的でカラフルな光景に思わず◎。
鵯(ひよ)鳴いて山のあなたは空ばかり 播町③
ヒヨドリは秋の季語。またこの辺の鵯越やひよどり台の地名になっています。「山のあなた」にあったのは「空」でしたか。
落葉踏みつつ空へ吸はれゆく りっこ③◎
今日のような抜けるような碧空の下にいると「自分が空へ吸われてゆく」感覚に。字足らずがおしゃれです。
錦秋の上にぽっかり淡路島 見水③◎
しあわせの村は海のある南西が開け、北から眺めると、北須磨、垂水、淡路島の大パノラマが広がります。
枯蓮や古希の身にしむしあわせか ろまん亭③
もうすぐ70歳に手が届くわが人生。美しい一生を終えて立ち尽くす枯蓮の姿に、しあわせを見つけました。それにつけても懐かしいのは、人生が無限に長かった少年の日のこと。
逢いたいなあ冬の来る前わらべ歌 ろまん亭②◎
枯葉散るランダム句会はみな笑顔 ひろひろ②◎
ひろひろさん、欠席なのに今日のみんなの笑顔が見えていたようです。
以上で本日の句のすべての獲得点数が決まりました。総点数70点の行方は、女性軍3名で33点、男性軍は稲村さんらが健闘したのですが、欠席のひろひろさんが5点獲得し、出席者の7名の合計では32点。やはり女性軍の勝利でした。
表彰式です。各賞と受賞者は、次のとおりです。(敬称略)
1位 優 勝 さくら (15点)フランス産ボジョレーヌーボー
2位 準優勝 つきひ (11点)フランス産ボジョレーヌーボー
3位 殊勲賞 稲村 ( 8点)フランス産ボジョレーヌーボー
4位 敢闘賞 りっこ ( 7点)クリスマスリース
4位 技能賞 播町 ( 7点) &サンタさん靴下
4位 しあわせの村賞 ろまん亭( 7点) 同上
7位 山のあなた賞 見水 ( 5点) 同上
7位[欠席、投句のみ]ひろひろ( 5点)
9位 逆引技能賞 弥太郎( 2点) クリスマス用置物
9位 逆引敢闘賞 一風 ( 2点) &サンタさん靴下
11位 逆引殊勲賞 英 ( 1点) クリスマス用飾り
&クリスマスカード
特選句(◎)は2013年版ダイアリー
今回の1~3位の賞品のボジョレーヌーボーは11月15日に解禁されたばかり。他の賞品もいまの季節にぴったりのプレゼントです。
――句会の翌日、いつも幹事を務め今回は欠席のだっくすさんに、つきひさんが白紙の選句表を送って「だっくす選」をいただきました。○は「枯木立…」「さいわいの…」「石蕗の花…」「落葉踏み…」「錦秋の…」の5句、◎は「ひもすがら…」でした。
午後5時前に句会終了。夕食会場の本館・宿泊館2階のグリーンビレッジに移動します。
山のあなたになほ遠く「幸」住むと人のいふ。
グリーンビレッジの和室に勢ぞろいし、優勝したさくらさんの乾杯で懇親会スタート。
さくらさんは、「本当に楽しい小春の良い一日でした。優勝できて正に“身の丈のしあわせ”に浸りました」と感想。
籠に盛り付けされた和食の膳を前に、今日の句会の反省と、次回の吟行の候補地探しと新企画への挑戦。今日は酒豪連がご欠席なので、ビール・お酒はぼちぼちです。
次の吟行、無理して遠出せず、気軽に行けていい句ができる場所はないだろうか。ハーバーランドでは、という案も出ました。新企画は、なかなか実現しませんが、絵手紙か俳画か、絵を描くことかな。
やれすんだランダム句会は冬に入る ひろひろ
晩秋で日が落ちるのは早く、今日は三連休最終日とあって、午後7時なのに懇親会場を出ると、村はもう真っ暗で、人っけも少なくなっていました。三々五々、各方面行きのバスに乗り、家路に着きました
お世話いただいた、つきひさん、さくらさんに心から感謝。そして、次回の春の句会に期待。もうすぐ新年です。皆さんご健康でよいお年を。
2012.12 写真/romantei,文/mimizu