許しと忘却 by Paul Krugman 2009.1.15

許しと忘却　by Paul Krugman 2009.1.15

先週の日曜日、バラク・オバマはブッシュ政権での犯罪の捜査の可能性について問われて、こう答えている「わたしはすべての人がが法を遵守したとは思っていないが、われわれは過去よりは未来をみていくべきだ」と。

悪いけど私は反対だ。ブッシュ政権の時代になにがおきたかを捜査しないなら、ほとんどみなオバマは捜査しないんだと思っているが、それは以下のことを意味していることになる。つまり権力をにぎったものが悪用しても何の責任も取らなくていいなら、それは権力が法を超越しているということだ。

ここで何を言っているかを、はっきりさせておこう。拷問や違法な盗聴のことだけじゃない。そうしたことを犯したものはかなりあやしいが、愛国者で国のセキュリティを守るためにそういう行動をとったと言っている。事実は、ブッシュ政権の不正は環境問題から選挙権にまで至っている。不正には、政府の権力を乱用して、政治的に近い人たちに利益をもたらし、政治的な敵に罰をあたえたものが多く含まれている。

たとえば司法省は、任命において不法に政治的でない地位を「右派のアメリカ人」にあてがった。「右派のアメリカ人」とは彼ら自身の表現で、私のものではない。役人がこの地位を、マイノリティの投票権の保護を弱体化させたり、民主党の政治家を迫害する両方の目的で使った確固たる証拠がある。

司法省における雇用のやり方は、イラク占領でも繰り返された雇用のやり方だ。国家保障安全上その成功が不可欠だとされた占領が、志願者の政治的な立場で、つまりブッシュ大統領へ個人的に忠誠を誓ったか、あるレポートによれば、仕事をこなす能力というよりは妊娠中絶への考え方で判断されたのだ。

イラクについて言えば、この国の再建に失敗したことについても忘れてはいけない。ブッシュ政権は入札なしで何千億ドルを政治的に近い企業へと発注した。それらの企業は何も成し遂げることはできなかった。なんだってそんな企業にわざわざ仕事をさせなければならなかったのだ？　そしてアカウンタビリティを、たとえばハリバートンに求めようとした政府の役人は、すぐに自分のキャリアのはしごをはずされた。

それ以上のこともある。私の計算によれば、少なくともこの8年で少なくとも6つの省で大きなスキャンダルが起きている。ほとんどの場合、捜査がきちんとされたためしがない。そして一番大きなスキャンダルが起きた。ブッシュ政権が意図的に国の方向を誤らせてイラクを侵略したことに疑念を抱くものはいないだろう。

それなら、なぜわれわれはブッシュ政権で行われた不正について公的な捜査の手を入れられなかったのだろう？

よく耳にする答えのひとつは、真実を追究すれば党派の争いをうみ、党派心を壊すことになるというものだ。ただもし党派心がそんなにひどいなら、ブッシュ政権が政府のすべてを政治に巻き込んだことを罰するべきではないだろうか？

あるいは、過去の不正にこだわるべきではなく、ただ繰り返さなければいいのだという話もある。しかしブッシュ政権のどんな重要な人物も、あるいはその政権の仲間からも、法を破ったことへの深い自責の念は聞かれたことがない。ブッシュ政権やその政治の後継者が、チャンスがあったらまた同じことをしないといえるだろうか？

事実、われわれはこんな場面を見てきた。レーガンの時代に、イラン・コントラ疑惑が国家安全保障の名の下に憲法に違反した。ただ父親のブッシュ政権はその主犯をゆるした。そしてホワイトハウスの主が替わったとき、政治とメディアはビルクリントンにオバマにしたのと同じアドバイスを与えている。寝た子を起こすなと。確かに子供のほうのブッシュ政権は、イランコントラ疑惑があったところから出発している。ブッシュが実際にそうした疑惑がかかった人の幾人かを雇ったからといって、それほど驚くには当たらないだろう。

たしかにブッシュ政権の不正を暴く真剣な捜査は、ワシントンを居心地の悪い場所にするだろう。それは権力を悪用した側にとっても、それを許して弁解をする人にとってもだ。そうした連中にかぎって友達が多い。ただそうした連中の安泰を守るコストは高くつくだろう。この8年の不正をごまかせば、それが再び起こることを保障するようなものだ。

その一方でオバマについていえば、許しと忘却はきわめて政治的な注目をあつめるものとしては短期間だろう。ただ来週には「アメリカ憲法を維持し、保護し、守る」ことを宣言することになる。その誓いは都合のいいときだけ、守ればいいようなものではない。

憲法を保護し、守るためには、大統領はただ憲法に従えばいいだけではなく、それ以上のことをしなければならない。憲法を犯すものに対して、責任をとらせなければならない。だからオバマは前政権が犯罪とともに去っていくことを許した明確な決断を見直すべきだ。結果はどうなるにせよ、それはオバマがすべき決断ではない。