老い烏

様々な事どもを、しつこく探求したい

日本の結核  1  高齢者結核

2015-11-07 16:41:22 | 日本の結核

                   日本の結核―-2015年――

 結核研究所の石川信克所長は『わが国の結核対策の現状と課題』(「世界,日本の結核の疫学と課題」http://www.jata.or.jp/)とする文章中で「日本の結核罹患率は西欧先進諸国より3–5 倍高く,30–40年後を進んでおり,世界的にみてまだ結核中蔓延国である」と述べている。氏が長を務める結核研究所の統計「結核登録者情報調査年報」(以後「年報」と略記する)によれば、平成25年中の結核による死亡者は2084人(概数)、死亡率1.7人/10万人、死因順位として疾病中の26位となり、新登録結核患者数は2万0495人、罹患率16.1人と報告している。新登録患者数は米国(3.1)の5.2倍、ドイツ(4.9)の3.3倍、オーストラリア(5.7)の2.8倍となる。ここから日本は罹患率では欧米に比して5倍も高く、従って「結核中進国」状態にあり、国民の結核に対する認識の欠如は、再び結核を「再興感染症」として、蔓延させてしまう、との石川氏の主張が行われる。

 以下「年報」(結核研究所「結核の統計」資料編、http://www.jata.or.jp/rit/ekigaku/toukei/adddata/)を参考にして、氏らの主張を検討すし、日本の結核問題を考える。

       A 新登録結核患者の年齢構成と死亡率

 新登録結核患者中の60歳以上は71.2%、70歳以上が57.4%を占める。年齢階層で罹患率と死亡率を示せば以下の如くになる(「結核の統計」資料表11)。

               年齢階級別結核罹患率と死亡率(/10万人)

                       罹患率(/10万人)     死亡率(/10万人)        死亡総数(人)

        全年齢              16.1              1.7               2,08 4  

       0~4歳                 0.5               -

       5~9歳                0.3             -  

      10~14                 0.4             -

      15~19歳               2.7、            -

      20~29歳               9.1  、           -

      30~39歳               7.9  、          0.1

      40~49歳               8.3                   0.2

      50~59 歳               10.8、                 0.3

      60~69歳              15.4                   1.0

                    #1  年齢階層別死亡数の報告はされていない。

                    #2  他の年次では0.0表示もあるので-表示は「死亡0」を意味すると考えられる。

 罹患率16.1人を上回るのは70歳以上で、75歳代以上では50.7人/10万人と急激に罹患率は増加する。65歳以上を高齢者とすれば、新登録患者20,495人中の13,227人を65歳以上が占め、比率では64%となる。80歳以上は3,082人、85歳以上患者数は4,316人となり、80歳以上の高齢者は合わせて比率36.1%、全登録者の三分の一以上に達する。死亡者数でも同じだ。全国の死亡者数は2,08 4人(「結核の統計」資料表2」)で、死亡率1.7人/10万人となる。年齢層別死亡率は0~50歳まで1.0人/10万人以下で、80歳を超えると16.人と急激に増加する。死亡者数は70歳代で364人、80歳代1,077人で、70歳以上死亡者は全死亡者の90%となる。

 対して小児新登録結核患者は全国で66人/年、小児新登録喀痰塗抹陽性は0人で、幸いな事に小児の結核問題は事実上、日本では解決していると考えて良い。60歳以下の若・中年層の死亡数は28.8%、全死亡の約3分の一の600人程度と計算される。この階層の国民は5,226万人(総務省「人口動態調査H25年」)なので、これからの結核死亡率は1.1人/10万人となる。若・中年者では結核死亡率は極めて低い。かって日本の結核は若年者中心であったのと大きく異なっている。

 現在結核は死因順位では26位となる。具体的にこの順位がどのようなものかを、厚労省発表の人口動態統計月報年計にある他疾患死と比較する。平成25年の日本人の総死亡数は126 万8432 人で、死亡率は10.1(/千人) と報告されている。結核と単位を同じくした10万人当たりでは1010人/10万人となる。死因別に死因順位と死亡者数・死亡率を示す。   

              表Ⅱ 疾病別死者数   

                 疾病            死亡者数(人)      死亡率10.1(/千人)

      第1位      死因悪性新生物     36 万4721           290.1

      第2位      心疾患           19 万6547          156.41   

      第3位      肺炎             12 万2880          97.81

     第26位      結核                 2084                  1.1

 結核死者は同年で2,084人(死亡率1.7人/10万人)と報告されているから、如何に結核での死亡者が少ないかが理解出来る。ちなみに全死亡率が最も低い値を示す年齢階層は、10歳から14歳の年齢層で8.1人/10万人になる(総務省「人口動態調査H25年」)。これら長い未来を持つ若年齢層の全死亡率よりも、結核死亡率(1.7人/10万人)は遥かに低くなっており、最も低い死亡率を示す年齢階層の約7分の一以下(!)の死亡率の疾病が、現在の日本の結核だ、となる。

 上記の年齢階級別結核罹患率や死亡率(死亡率1.7人/10万人)から、日本の結核を特徴付けるのは第一に「高齢者結核」だとなる。石川氏らが結核「中進国」とする根拠は、全人口に対する新登録結核患者数2万0495人、罹患率16.1(/10万人)を欧米の罹患率と比較したものだった。しかし氏は、日本の結核は高齢者の疾患で、欧米とは全く異なった性格を有する事には触れない。罹患率の高低のみが問題なのではない。日本の結核は高齢者結核だ、と認識する事が重要だ。日本の結核が高齢者の疾病であるなら、その原因が明らかにされ、その対策が考えられねばならないからだ。

     B   大多数の高齢者結核は内因性再燃で生じる。

 結核は結核菌の感染から始まる。一般的には感染者10人の内に結核を発病するのは1~2人だとされる。非発病者は完全に体内から結核菌を排除するか、乾酪性病変内に菌を封じ込めた状態で発病を抑制している。非発病者もしくは治療などで治癒した病歴者が高齢化し、新たな菌に感染するのを外来性再感染、発症すれば外来性再感染結核と言う。対して、若年時に感染し体内で休眠状態にあった菌が、何らかの理由により再活性化して発症するのを内因性再燃という。高齢者結核が「内因性再燃」か「来性再感染」かの区別は、次のように行われる。

 高齢者は若年者よりも活動範囲が限られる。従って発病し新登録された高齢患者の周囲に、排菌する発症患者がいなければ、容易に「内因性再燃」と判断されるし、患者家族や知人などに排菌する発病者がいれば「外来性再感染」の可能性が出てくる。喀痰などの検体から遺伝子学的に同株であるか否か、の判定がなされ、異なっていれば「内因性再燃」となる。同株なら家族や知人からの「外来性再感染」か、内因性再燃結核を生じた高齢者からの家族や知人への感染も疑われ、判断は困難になるが、こうしたケースは多くはない。

 日本の大多数の高齢者結核は「新規」に結核感染(外来性再感染)して発病するのではない。若年時に結核に感染したが、上記の機序で「休眠状態」にあり発病しなかったものが、高齢化に伴って衰える体力の低下、糖尿病や腎疾患など他疾患の存在、癌やリウマチなどの自己免疫疾患への免疫低下を来す治療(ステロイド治療)などにより、免疫力低下が低下した為に発症する。即ち内因性再燃(結核)が大多数だ。従って、結核研究所主宰の「高齢者結核の問題点」なるシンポジウムにおいて豊田誠氏は「高齢者結核の問題は,本邦の歴史上の負債である。70歳代以上の高齢者の多くは,若年期に結核菌の曝露を受け,潜在性結核感染状態のまま,あるいは不十分な治療のまま現在に至っている。そして,今,高齢化や合併症による免疫力の低下によって内因性再燃を生じていると考えられる。・・・・・多くの高齢者が潜在性結核感染状態であるが,実際に発病予防対策の効果の検証は困難である」と記している。www.jata.or.jp/rit/ekigaku/index.php/download_file/-/view/1793

 高齢者に罹患率が高い原因は、過去の日本社会が結核高蔓延状態にあり、為に若年時に多くの人が結核感染していた為による。感染者の高齢化に伴う免疫力低下が、乾酪性結節などの中で休眠状態にあった結核感染巣の再活性化を惹起させ、為に結核の発症に至る。いわば高老化という「必然」が引き起こしている現象だ。

     かって日本は世界でも類を見ない高蔓延国だった。

 豊田誠氏の言う「歴史上の負債」を見てみよう。「資料」表5には、1975年(昭和50年)の欧米の新登録患者(罹患率)が示されている。(/10万人)

     表Ⅲ   1975年の欧米と日本の新登録患者罹患率。(/10万人)

        日本   アメリカ   カナダ    英国  

       96.6     16    16       23

 東京オリンピック(1964年)から10年以上も過ぎた1977年でも、日本の登録患者は欧米の4倍から5倍もあった。対して欧米は既に結核「中」蔓延状態にあり、為に若年時の感染者も少なくなっていた。若年時感染者が少ないから、現在の高齢者の結核発症が少なくなる理屈だ。平成12年(1999年)の「結核緊急調査報告」は、(旧)結核予防法施行時の昭和26年には、日本の結核患者59万人、死亡者9万3千人で、罹患率は10万人当たり698.4人に達していた、と記す。1996年に世界で最も高い罹患率が報告されているのは、アフリカのジブチ共和国の521.4人で、二位がザンビアの488.2人であった(青木正和:本邦における結核症の現状と課題.結核.1999年;683-691)。当時の人口を1億3千万人とすれば、全人口の0.5%以上が結核罹患者となる。かっての日本の結核罹患率の高さは驚くべきものであった。栄養・労働環境および住居環境の極めて悪かった戦前・中・後にかけての日本は、世界でも有数の結核高蔓延国だった。だから結核は日本の「国民病」、あるいは「亡国病」として恐れられていた。現在の70歳以上の高齢者(筆者もその一人)が、幼少・青年時に結核に感染したとしても不思議はなく、高齢化による免疫力低下で休眠状態の結核が発症しても、これまた不思議ではない。

 同じ頃の1953年の米国罹患率は52.6(/10万)人となる(CDC報告)。当時の日本の10分のⅠ以下の罹患率で、既に米国は現在結核研究所の言う所の結核「中進国」状態にあった。これに伴って若年米国人の感染率も低くなる。必然として彼らが高齢化した今、内因性再燃による結核発症は生じない。欧米で高齢者が結核を発症すれば、新たに「外来性」感染したと考えられ、「内因性再燃」の可能性は極めて低い。欧米の高齢者患者が少ないのは、彼らが若年時に感染が少なかった為で、「高齢者結核」の統計などCDCの報告の何処にもない。当然のことだ。 

 高齢者結核が現在の日本で多いのは、かっての日本は結核高蔓延状態にあり、若年時に多くの人が感染した為だ。若年時に幸いにも非活動(休眠)状態で経過した結核が、高齢になった現在、内因性再燃として発症している為で、高齢者が新たに外因性感染して発症している訳ではない。若年時に感染した結核に、高齢者が「今」発症するのは、かって結核高蔓延国であった日本が、世界でも類のない高齢化社会に突入した為の、当然の「報酬」と云える。

   C    老人の再燃結核防止は可能か?

 次に問題となるのは、高齢者の内因性再燃結核の防止は可能か?だ。可能であれば、高い感染率であっても発症防止が可能となり、従って日本の欧米に比して高い罹患(発症)率も低下させることが出来る。発症防止が出来なければ、かって高蔓延国であった日本が、必然的に迎えざるを得ない事態が「結核中進国」なのだ、となる。日本結核病学会は「潜在性結核感染症(LTBI)治療指針」を本年3月に出した。

 「発病リスクが高い潜在性結核感染症(LTBI)への治療有効性は確立しており」とし、「感染しているリスクが高いのは,高齢者」とするが,LTBI治療対象者には高齢者一般は含まれない。治療の中心は発病リスクが高い集団で、次の状態にある人々だ。「最近の感染(感染から1 ~ 2 年以内),HIV 感染,じん肺,過去の結核に矛盾しない胸部X 線所見,低体重,糖尿病,慢性腎不全による血液透析,胃切除,十二指腸回腸吻合術,心不全,頭頸部癌,副腎皮質ステロイド剤などの免疫抑制効果のある薬剤やTNF-α阻害剤等の生物製剤使用」があげられている。これら患者に対しては抗結核剤の投与は当然考えられねばならない。しかし上記は重篤な疾患が多く、副作用の可能性から投与に躊躇される病態もある。為に上記疾患の治療担当者がLTBI治療に積極的に取り組むことは考え難い。せいぜい結核発病への「警戒心」を持つぐらいだろうが、早期診断の可能性を高めるから有意義な指摘だ。従って「予防」としてLTBI治療を上記疾病患者に行おうとするなら、副作用などの「保障」などで「公的機関(厚労省)」の積極的関与が必要であろう。

 なかでも問題となるのは糖尿病患者への予防投与だ。H25年の糖尿病合併結核患者数は全体の14.5%、2964人と報告され、この数はこの5年間でもほぼ一定し3000人内外だ。少ない数ではない。ただし糖尿病患者は2007年で890万人とされているので(「日本糖尿病学会理事長挨拶」より)、発生率は約33人/10万人と計算される。この数値は大阪市の全住民発生率39.4人よりも低値になる。大阪市民全てに予防薬投与は無意味なように、糖尿病患者を一括りにして「治療」はできない。糖尿病の発病リスクは高血糖の程度と持続期間と相関し,HbA1cが7以上では高くなるとされるので,予防投与以前に糖尿病コントロールが重要となる。「潜在性結核感染症治療指針」には、糖尿病患者には「必要に応じてLTBI 治療を検討する価値はある」との文言があるが、「必要」とは何を指すのかは不明のままだ。

 高齢者の内因性再燃結核を防止策として、潜在性結核感染症(LTBI)治療は不十分な対策といえる。加齢を押し止める事は出来ない以上、高齢者へのINHなどの予防投与は、副作用や耐性菌出現の可能性が高くなり、高齢者の内因性再燃へは決め手とならない。発症予防が不十分であれば、あり得る対策は発症高齢者の早期診断と完全な治療しかない。腎臓病、自己免疫疾患や悪性新生物などの罹患高齢者への医療機関の早期対応が最も重要となる。厚労省は平成23年に「結核に関する特定感染症予防指針(以下「指針」とする)の一部改正について 」なる文書を出している。ここでは「結核患者の多くは高齢者」の為、咳、喀痰、微熱等の有症状時には、患者の早期受療の勧奨と、医療機関側が結核感染を念頭に置く必要を指摘している。

 医療機関での早期診断は何よりも強調されるが、高齢者と接触する機会の多いのは介護施設においても同じだ。これらの施設では「集団感染事故」の発生が常に付きまとう。「資料」表20からは、これら施設の「集団感染」事例は多くは無いがリスクは存在する。こうした施設では医師不在も多く、診断の遅れは感染拡大の温床となりかねない。医療機関のみならず介護施設での防止手段が具体的に考えられ、周知徹底されねばならない。

 2015年の「低蔓延化を見据えた今後の結核対策に関する研究報告書」(結核研究所長石川氏ら提言)では、高齢者結核での早期発見に有効な施策のため様々な試みでの検証が必要」と記されているが、高齢者の内因性再燃結核への対応として、具体的には何も書かれていない。つまり、先に記した「患者の早期受療の勧奨と、医療機関側が結核感染を念頭に置く必要」以外の、「有効な施策」や「試み」は何一つ提起されていない。「結核中進国」日本の最も求められる結核対策は、高齢者の内因性再燃結核への対応でなければならないが、その具体的な対策が、「発症者の早期発見」で、医療機関の「結核医療」への理解を求めるだけで、発症予防の対策はないと考えられる。

 内因性再燃防止は不可能であれば、これ以上の罹患率の急速な減少は望みえない。望み得ないなら、高齢化に伴う「結核中進国」は当然の帰結だろう。

   高齢者結核の特徴

 高齢結核の特徴の一つが、患者は新たな外因性再感染ではなく、過去の感染の再活性化、即ち内因性再燃で生じることが明らかになった。以下、高齢者結核の特徴について記す。

    1. 症状

 高齢者結核の初期症状は非特異的であり,進行すると呼吸器症状や全身症状が出てくる。呼吸困難や血痰・喀血は少なく,咳・微熱・倦怠感・体重減少等が多い。患者・近親者がこうした症状を軽視すれば、受診の遅れ(patient’s delay)に陥り易い。高年齢者ほど全身状態不良で医療機関を受診することが多い。他疾患受診中や入院中では、胸部X線などを取る機会が多く、早期診断が可能となるが、併存疾患の為に医師の診断の遅れ(doctor’s delay)も起こしやすい。

    2. 画像診断

 胸部X 線が結核診断の切っ掛けとなるケースは多いが,高齢者では空洞形成率は低く,結核好発部位でない中・下肺野病変がみられる等の肺炎像を呈することも多い。高齢者では嚥下性肺炎の合併も少なくない。肺結核既往者では,再燃時もX線では治癒所見と診断され易く,健康時のX 線像との比較が不可欠となる。高齢者結核では胸部X線はあくまで補助診断に過ぎない。

   3.  免疫学的結核感染診断法

 ツベルクリン皮内反応(ツ反)は,過去の日本ではBCG 接種が無意味に頻用された爲に、false positive(偽陽性)が多く信用できない。高齢者には有既往歴者や感染者が多くツ反陽性率は高いが,免疫能低下によるfalse negative (偽陰性)も多くなる。最近認められたQUANTI-FERON 第二世代(QFT-2G)(以下QFT と略)はより正確だが,高齢者は既感染者が多いのでQFT 陽性率は高くなるが,逆に発病時も免疫低下の為にQFT 陰性を示す可能性がある。ツ反と同様だ。

   4.  喀痰抗酸菌検査

 喀痰塗抹検査はMACなどの結核菌以外の抗酸菌も検出し、喀痰塗沫陽性は必ずしも結核菌排菌を意味しない。従ってPCR(polymerase chain reaction)等の核酸同定法で結核菌と確認する必要がある。PCRが陽性時、塗抹陽性・培養陽性は結核生菌と確認され、培養では薬剤感受性試験も可能となる。多剤耐性菌であるか否かは治療時に重要となる(イソニアジド(INH)とRFP への耐性菌を多剤耐性菌という)。高齢者では菌検出と耐性検査の為、痰吸引や胃液採取を行う必要もある。塗抹・PCRが共に陽性でも、培養陰性なら死菌喀出と解釈され、結核再発は否定される。高齢者では喀痰塗抹陽性あるいは培養陽性で診断される割合が高く,診断の遅れや重症化,あるいは感染性が高い結核になる可能性がある。

   5.  一般臨床検査

 赤沈は通常は亢進するが正常もある。梢血液検査では白血球数増多や好中球増多は少なく,むしろリンパ球数減少をきたしやすい。  

 

      三   日本の結核のその他の特徴

 欧米の、いわゆる結核「先進国」では、日本のような「高齢者結核」の問題は生じない。これらの国々で問題となるのは、結核対策後進国からの「移民」結核と、HIV感染に伴う若年者結核になる。

    A)  外国出生者結核

 米国では新登録患者(9,582人)の65%が「移民」で、罹患率では15.6人/10万人となる。彼らは結核高蔓延国である母国で感染し、低蔓延状態の米国で発症している(内因性再燃)。かって高蔓延状態で感染し、低蔓延状態の現在になって発症する日本の高齢者と同じことが言える。ただしこれらの「移民」は若年層が多く、若年移民は労働や修学などの社会活動も活発であり、排菌などをしている場合には、多くの人の感染源となる可能性が高くなる。だから米国では「移民」の潜在的感染者(LTBI)に神経質になり、潜在的感染者(LTBI)発見の爲に検診が行われ、積極的な潜在的感染(LTBI)治療が行われる。ただし健診とはツ反や血清学的検査をいい、日本のように胸部X線検診を意味してはいない。

日本の結核統計の患者には外国出生者も含まれる。外国出生者数(「移民」ではなく)として、新登録患者の20-29歳では494人(41.3%)、30-39歳で225人(17.1%)(参考資料 5-7)と報告されている。全年齢では1,213人となり、全新登録数の約6%を外国出生者が占めている。20-30歳層の新登録患者は、外国出生者を含んで1,196人と報告されている(「年報2013」)。この内の494人は外国出生者となるから、この年齢階層の約50%(!)近くを外国出生者が占めている。また30-40歳層では225人で、同じくこの年齢層の17%になる。若年新登録患者の極めて大きな割合を、外国出生者が占めている。統計から日本の「若年層結核問題」は、何よりも外国出生者結核だ、と理解しなければならない。従って、単純に若年層の罹患率を問題にしてはならない。

  在日外国出生者数は約92万人(総理府統計)と推計されている。これから計算される登録患者率は120/10万人となり、他のどの集団よりも高い結核罹患率を示している。しかも圧倒的に若年者に多い。労働条件や居住条件などで、相対的に不良な生活環境にある為に、これらマイノリティの発症者が多くなると考えられる。

以上より、在日外国出生者は結核高リスク集団と判断され、重点的な結核対策が必要だ、となるだろう。しかし現実には、厚労省にしても結核研究所にしても、具体的な対策はほぼ無いと言って良く、彼らの母国語での注意をポスターなどで呼び掛けたり、保健所で窓口を設けているだけだ。政策的に積極的に人員を配置して彼らに接触し、啓発して、結核発病防止や早期受診へ結びつける、など特別な結核対策は行われていない。従って、日本の結核の「制圧(elimination)」への道のりは遠くならざるを得ないだろう。

   B)   HIV感染と結核 

 15年前の「結核緊急宣言」時に危惧された「HIV感染と結核」は、現在では殆ど問題にならない。幸いな事に日本では、危惧されていた「HIV感染爆発」は起きなかった。HIV感染者の増加は続いているが、抗HIV治療の進歩によって、AIDS/HIVで死亡する人は極めて稀だ。このことは「結核とHIV」でも言える。ただしHIV感染者の早期把握とAIDS発症の予防治療が不十分で、AIDS発症後に診断される為、免疫低下からの合併症としての結核の危険性は高い。欧米と異なって、日本では医療機関側の積極的なHIV感染検査ができず、また結核患者への検査も、患者サイドの了解が必要で実態把握が十分ではない。この為に「HIV感染と結核」の正確な実態は不明だ。新登録患者20,495人中、HIV検査実施者の内50人(0.2%)が陽性者であったと報告されている。

   C)  多剤耐性結核菌。その他。

 現在世界で最も警戒されているのは、多剤耐性結核菌(Multi-Drug Resistant TB)の蔓延だ。幸いにして現在までの所、日本では殆んど問題にはならない(参考資料1 1。多剤耐性結核患者割合0.6%)。これは治療法としてDOTS(Directly Observed Therapy,short course)が功を挙げているのと、日本の結核は高齢者の内因性再燃が中心だからだろう。若年時に発病した高齢者は、抗結核剤としてPASやストマイによる治療は受けているが、現代の抗結核剤(INHおよびRifampicin)の洗礼を受けていない。つまり外来性再感染・発症の場合に問題となる「過去の治療」の影響を受けていない。けだし多剤耐性結核菌とは、現在、最も有効で頻用されるINHおよびRifanpicinへの耐性を有する結核菌のことを言う。ただし高齢者結核では、高齢そのものと併存疾病のために治療薬が限定され、治療に困難があるのも事実だ。

  D)   糖尿病、慢性腎疾患、癌その他、

 「結核緊急宣言」が出された時、糖尿病患者の結核罹患が問題となった。結核患者の糖尿病合併率は14 .5%(資料1 2)とされている。合併率から糖尿病患者をハイリスク者とするべきかは問題が残るだろう。何故なら糖尿病は高齢になって発症する人も多いからだ。癌や慢性腎疾患が問題となるのも、高齢者結核の特徴であるだろう。

   E)  集団感染

 「集団感染事故」が生じるとマスコミはヒステリー状態になる。医療機関の発生では、院長などの責任者が「神妙な顔」をして頭を下げる。この時には反論は厳禁だ。「嵐の過ぎるのを待てばよい」。厚労省や結核研究所の専門家が「御託宣」を下せば、そのうち誰もが忘れてしまう。それだけの事だが、注意は必要だ。結核研究所の「結核の統計」資料編表20によれば、平成25年の「結核集団感染事故例」は全国で29件、発生集団数(複数を含む)は48ヶ所とされている。事業所15、学校等6、医療機関7、高齢者の利用する施設0、などとなっている。過去十年間の平均は年43件であった。

 ただし「集団感染事例」とは、二家族以上に患者が発生し、20人以上の感染者が生じた場合を言う。この際には、患者一人当たり6人の感染者があると計算される。二家族で4人の患者が届けられれば、自動的に「集団感染」があったと見做される。3人が患者であれば、ツ反もしくはQFTで2人に可能性があれば同じように「集団感染事例」となる。二人の患者がいれば、高齢日本人の多くは過去に感染かBCG接種を受けているので、ツ反やQFTは陽性を示す可能性が高い。すると「新たな感染」でなくとも、感染者と判断され、集団感染事例となる可能性が高い。感染と発病は異なると冷静に考えれば、ヒステリーを起こす必要はない。但し、センセーショナリズムを体質とするマス