世界一周の記録

2006年8月から2008年9月まで2年1ヶ月の世界一周放浪の旅をしていました。その旅の記録です。

成都(三国志とパンダと麻婆豆腐)

2008年08月30日 20時17分15秒 | アジア




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麗江に昼の12時ごろに到着し、そこのバスターミナルで14時30分発の攀枝花(パンジファ)行きのバスチケットを買いました。ガイドブックの地図でもう一度攀枝花の場所を確認してみると、4日くらい前に麗江からバスで行った瀘沽湖(モソ族)の近くでした。麗江から瀘沽湖まではバスで片道7時間くらいだったので、攀枝花までもだいたいそれくらいの時間がかかって夜の9時半くらいに到着するだろうなと見当をつけました。それくらいの時間帯なら、大きい町ならば宿探しに苦労することもないだろうとも思いました。バスターミナルで運良く成都行きのバスでもあれば、それにそのまま乗れるかもしれないですし。

攀枝花行きのバスはそこそこ大きいバスでした。道は瀘沽湖へ行ったときよりも険しい山道で、カーブがとても多くて道幅も狭く、対向車との行き違いは毎回スレスレなのでかなり怖くて、車内全体に唾をごくりと飲み込むほどの緊張感が漂います。バスが大きいので乗り心地はそれほど悪くはなかったのですが、僕の座席の通路を挟んで隣の座席に座っている若い中国人の男性がずっとゲロを吐き続けていました。出発してからずっとです。それも15分おきくらいにです。しかも通路に置いてあるゴミ箱に向かって思いっきり吐くので、僕のズボンにかからないかとても心配です。車内が揺れるたびにゴミ箱が倒れて彼の吐瀉物が僕の足元に流れ出さないかも心配です。気になって綺麗な山の景色を楽しめません。でも、真っ青な顔一面に脂汗を垂らしながらなので、とても気の毒です。幸いゴミ箱が倒れることは一度もありませんでしたが、その脂汗の彼はその後数時間に渡ってずっとコンスタントに吐き続けていました。バスに乗ってから全く飲み食いをしていないはずなのによくもそれだけ胃の中に吐くものがあるなというのが驚きでした。

逆側の隣の座席は中国人の女の子でした。僕が足元のゲロ満載のゴミ箱のことを苦々しく感じていると、突然、彼女が聞いているウォークマンのイヤホンの片方を僕に貸してくれて「どうぞ、聞いて。」と言うようなニュアンスのことを中国語で言いました。流れているのは中国語の綺麗なメロディのバラードでした。音楽を聴きながら僕は、ゲロゴミ箱のことはすっかり忘れて、「中国ポップスっていいなあ。それにこの女の子優しいなあ。」なんて思って、すっかり楽しいバスの旅になりました。その後の夕食休憩の時には、彼女のお姉さんとそのボーイフレンドと一緒に片言の英語で会話しながら夕食を食べました。隣の女の子は、僕のことを中国人だと思ったので声をかけたのだそうです。食事の最後には、お姉さんのボーイフレンドが「当然だろ!」という感じで奢ってくれました。

そんな親切な三人組


攀枝花に着いたのは夜中の2時でした。しかも僕が降ろされたのはバスターミナルでもなんでもなく、真っ暗な幹線道路の脇で、そこには高そうなホテルが一軒あるだけでした。そのホテルの人に聞くと(筆談)、成都行きはバスではなくて電車があるそうで、駅まではバスで一時間もかかるしこの時間だともちろんバスは無いそうです。仕方なくこの高いホテル(1300円)にチェックインして(でもすごく快適でした)、翌日駅へ行って成都行きの電車チケットを買うために窓口へ行きました。硬臥(寝台)のチケットを買おうと思っていたのですが、硬座(リクライニングなしの座席)しかチケットはありませんでした。攀枝花から成都まではてっきり(いつものように)24時間とかの長時間かかる夜行移動になると思っていたので、「これは相当きついことになりそうだ」と思いながら電車に乗りました。でも、成都に着く時間を確認したら当日の夜11時30分に着くことがわかり、ほっとしました。乗車時間12時間ですが、夜行じゃないのならなんとかなりそうです。僕がなぜ硬座での夜行移動を恐れているのかというと、経験のある旅人からの情報で、硬座は夜の間ずっと電気が明々と点いていて、中国人達は団体でトランプなどをして大騒ぎをしており、乗客は定員オーバーで座席は狭くリクライニングが無いので、とてもじゃないけど寝れる代物ではないと聞いていたからです。でも、昼間だけの移動ならいたって快適なのです。この日も周りの中国人達が僕が日本人だとわかると、言葉が全然通じないのに中国語でどんどん話しかけてきたり、お菓子をもういらないと言っても次々と差し出してきたり、散々お世話になってしまい、あっという間に12時間が経ちました。疲れましたが。

というような感じで、前日の朝6時に始まったシャングリラから成都への長い移動は36時間後の深夜12時過ぎに目的地である成都の超有名宿シムズ・コージーに到着することにより、ようやく完了したのでした。ゆっくりと寝て休みたかったけど、蚊が多くて何度も目を覚まされました。



成都に着いた次の日を完全休養日として体力を回復させてから、成都観光を行いました。僕の中で成都観光といえば、三国志とパンダと麻婆豆腐(四川料理)です。

まずは三国志から。成都は、三国志において、劉備玄徳や諸葛亮孔明が建国した蜀の都です。その蜀の英雄達が祭られている武候嗣というところに行きました。ちなみに、僕が三国志を好きになったきっかけは小学校時代にNHK人形劇を見ていたからなのですが、その物語は蜀びいきの構成となっているので、後に僕がファミコンでゲームの三国志をするようになってからも蜀を使うことが多かったです。なので武候嗣で祭られている蜀の武将達は馴染み深い人物が多くて、懐かしい思いがします。また三国志のゲームをしたくなりました。

各武将達はそれぞれ塑像となって陳列しているのですが、その塑像は下の写真のような感じなのです。

武候嗣の塑像代表例


見ての通りヒゲが長すぎます。それになぜか耳の下から長い毛が生えて・・・。なんか、ちょっと微妙な感じです。NHK人形劇やゲームのグラフィックのようにかっこよくないです。

でも、この武候嗣の主である劉備玄徳はさすがの御威光!慈愛に満ちた眼差しです。さすが人徳が売りの君主です。

ヒゲが不自然に長かろうと、耳の下から不自然な毛が生えていようとも、やっぱり玄徳は素晴らしい!・・・。

当時最強の豪傑の一人だったはずの関羽は、なんだか優しい感じに。

ちなみに、関羽はなぜか中国国内では商売の神様として崇められていて、商店や食堂には悉く彼の像か絵が飾られています。三国志の物語中には、彼が商売上手だったというようなエピソードは無いにもかかわらず。

関羽と違って弟分の張飛は豪傑というイメージ通りでちょっと安心しました。

目をひんむいています。

武候嗣のもう一人の主・諸葛亮孔明は、別格として劉備よりもさらに奥に鎮座していました。


僕の三国志の原点・人形劇の孔明人形も陳列されていました。かっこいい。


小説や漫画でも三国志の物語を読みましたが、何度読んでも後半は物悲しい気持ちになります。前半部分で活躍した英雄達がみんな志半ばで死んでいき、特に蜀に関しては劉禅という愚帝のせいであっけなく滅んでしまうという悲しい結末になるからです(その上、魏も最終的に司馬一族に乗っ取られる)。そんな蜀の2代皇帝であり最後の皇帝となった劉備の息子・劉禅の塑像は、この武候嗣には飾られていませんでした。不自然ですが、当然のようにも思えます。


武候嗣の側の星巴克珈琲(スターバックス)





パンダは、”パンダ基地”というパンダ専門観光施設へ見に行きました。ものすごいたくさんの数のパンダがいました。


施設内の注意書き

「私は国宝です。騒ぐことを恐れるのです。」他に、「私を愛してくれて、怒らせないでください。」などの微妙な表現で観光客をたしなめています。

食後、まどろむパンダ。自分のお腹をぺろぺろなめてます。

このパンダを見た欧米人の第一声は「なんて姿勢が悪いのかしら!」でした。

生後一ヶ月くらいの赤ちゃんパンダもいっぱいいました。写真撮影禁止だったのが残念です。とてもかわいかったです。

そして、自分で食事ができる子供パンダもいっぱいいました。

彼らはぐーたらな大人パンダと違って活発でじゃれあったりして動きがあり、いつまで見てても開きませんでした。

そんな子供パンダをだっこする中国人観光客。

パンダの目がちょっと怖いですが。ちなみに一回16000円という破格のお値段でした。僕もだっこしたかったけど、ちょっと無理です。


成都には串焼き屋が多かったです。

牛や鳥や魚介や野菜など様々な食材があるのですが、いかんせん味が辛すぎて何を食べても辛さしか感じませんでした。辛いのが苦手な僕には四川料理は厳しいです。

そんな四川料理のハイライト・恐る恐る入店した陳麻婆豆腐店

ガイドブックによるとこの店が麻婆豆腐を最初に作った店であるかもしれないとのことです。陳婆さんが作った辛い豆腐ということで、麻婆豆腐という料理名になったと噂されています。(”麻”という中国語は山椒のしびれる感じなのだそうです。)

そんな元祖・麻婆豆腐

これほど大量の山椒が入った食べ物を口にしたのは人生で初めてでした。半分も食べるのが精一杯でした。本当に辛かったです。



ところで、成都には、小さなチベット人街がありました。チベット人向けの、仏像やマニ車やタンカ(仏画)やタルチョ(五色旗)や毛皮やブーツやテンガロンハットなどのチベットグッズがたくさん売っていてテンションが上がりました。いつの日かここでチベットグッズを買い揃えて、チベタンコスプレをしてカイラス山巡礼をしてみたいものです。

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7 コメント

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パンダ (スミサト)
2008-08-30 22:30:21
パンダ基地、無事でしたか。
僕は2000年に行きました。
地震で北京だかに移動させられていたパンダをニュースで見たように記憶していたので、やっていないのかと思ったんですが、良かった良かった。
麻婆豆腐、ガッカリですよね、山椒多すぎ!
Unknown (ミラクル)
2008-08-31 10:26:09
陳麻婆豆腐…
山椒のおかげで口がいつまでもシビれていた記憶。
棒々鶏も名物だよ。

出発は船で9月9日になりました。
Unknown (sin)
2008-08-31 15:10:53
このパンダを見た欧米人の第一声は「なんて姿勢が悪いのかしら!」でしたって、おもしろすぎます。
そのコメントを聞いただけでも、西都行った甲斐がありましたねぇ。
うらやましい。
Unknown (ひろ)
2008-08-31 18:28:32
アジアのレポートを楽しく読んでます。
関羽の顔が故水野晴郎に似ているなぁと思ったのは私だけですかね。
旅の行程は、もう日本から目と鼻の先まで来てますね。残りの旅も、めいっぱい楽しんじゃってください!
Panda (itomoka)
2008-09-01 19:26:07
マーボー豆腐ほんとに辛そう
Pandaと一緒に写っている写真の男性は見るからにリッチそうですね
しんさん (Hiro(きちく))
2008-09-02 09:52:34
てか、被災してないっすよね?
自分のニックネームに少々不満を持ちつつ、安全をお祈りしてます。

男の責任はどうでもいいようですよ?(笑
釜山より (しんいち)
2008-09-06 00:49:27
スミサトさん

そういえばブログに書くのを忘れていましたが成都では地震の影響は全然感じませんでした。ブログに書くのを忘れるくらいに。
麻婆豆腐の山椒はほんとすごいですよね。罰ゲームか嫌がらせのようでした。


ミラクルくん

あ、ばんばんじいも名物やったんや。やっぱり激辛なんかなあ
9月9日かあ。ほんとに入れ違いやね。残念!


sinさん

まあたしかに姿勢悪いですよね!でもパンダなんで仕方ないのに・・・


ひろさん

ああ、水野晴郎!たしかに!めちゃくちゃ似てました。


itomokaさん

麻婆豆腐は拷問的にからかったですよ。
パンダをだっこしている男性ですよね。リッチそうでした。きっとチャイニーズドリームをかなえたんでしょうね。


hiro(きちく)くん

だって、きちく以外に形容できんもの。
もちろんリスペクトの意味を含めてね!

出た!男の責任!どうでもええの!?うーん、、、そうなんや。でも、俺はそれは口だけやと思うで。きっと本心は・・・

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