貴方は日常どの様な気持ちで生きているのが良いと感じていますか?
古典ヨーガをやり、中村天風を学んだものとして自説を書いてみます。
暗い気持ち、恨みや憎しみ、不安や恐怖を抱えて生きている毎日が素晴らしいとは思われないでしょう?
天風さんは絶対積極(せきぎょく)心が大事だと強く言っています。これを簡単に言うと「不安や恐怖心、怒り、恨む気持ち」などが全くない精神状態です。
また彼は「いかに(素晴らしい事を)言うか」に奮闘した人は多く居るが、「ではどうやったらそうなれるか」を言った人は現在(=その当時)天風以外には居ないと遠慮なく言おう、と言っています。
また「もし今までに『いかにすればできるのか』を言った人が居ると証明できたなら、いかなる要求にも応じるね」とも言っています。
今の私なら「天風さん、2400年前に釈迦が言っていますよ」教えてあげられるのですが、惜しい事に天風さんは故人。何らの要求をしようが有りません。
さて、ではどのような精神状態、心で毎日を送るのが最もいいのでしょうか。絶対積極心と言っただけではわかりますまい。
天気の良い朝、綺麗な公園などに行きますと、つい「う~ん」と伸びをしませんか?その最中貴方は何にも考えていないはずです。これが初期の無我の境地です。
伸びを終わって、ふっと我に戻っている状態は非常に気持ちの良いものです。その気持ちで毎日を生きていけたらこれ以上の幸せは有りません。
その時「五感をはっきりとさせている」という事重要です。五感が明瞭でなければ現実世界を悠々と生きてはいけません。すぐに転んでしまいます。
健全な精神状態とは①不安や怒り、憎しみなどのマイナス感情が無い事。②五感がはっきりとしている事。③現実問題をなんとも思っていない事(何も感じない、考えない状態の事ではありません。)これは眼にでます。
このような精神状態で生きていればいい事がたくさん起きてきますし、人間が持っている潜在能力が開花してきます。
ここで言う潜在能力とは予知能力、テレパシー、透視能力などの事です。これらの能力は個々人によって得手不得手が有るようです。
現在の私が無事に生きてこられたのもこれらの能力のお陰です。ただ現在は怠惰な生活をしていますので能力は錆びついていますが。
ではどのようにしたらそのような精神状態になれるのかですが、難しい事では有りません。と言うのも貴方に虎に成れとか竜に成れなどと要求しているのではないからです。
もともと誰でもが持っている潜在能力を表に出そうと言うだけの事だからです。私達は生まれながらに持っている気持ちや能力の上に人生において邪魔でしかない荷物を大量に積み重ねており、だから人生の宝物を見失っているのです。
拙書では詳述していますが、無我業をちょくちょくやればいいのです。決して難しいものでは有りません。
天風さんにヨーガを教えたカリアッパ大聖人も「分かってしまえば簡単な事だ」と言っています。
ただ現在のヨガ教室のようないろいろなポーズをやるものではなく、自身の心を見つめるものですから眼に見せて教える事が難しいのです。
従って、私が伝えた事をやってみて「こうだった、ああだった」と言ってもらう事によって「それはいい」、とか「間違っている」などと伝えられるのです。
天風さんの時代とは比較にならない程現在は技術が進歩していますし、私はヨーガスートラと仏教の4禅と天風さんのヨーガ体験を統合していますので、もっと簡単に伝える事が出来るでしょう。
いつかはそのような活動をしてみたいと思っています。
具体的な方法については拙書(ebookland 登竜門→釈迦とヨーガと中村天風と)をご覧ください。但し第2章は飛ばしてください。仏教研究者でなければ理解困難かもしれません。
またはこのブログでも以前書いた記憶が有りますので参照いただければ幸いです。(まだ出てくるか否か不安ですが)
古典ヨーガをやり、中村天風を学んだものとして自説を書いてみます。
暗い気持ち、恨みや憎しみ、不安や恐怖を抱えて生きている毎日が素晴らしいとは思われないでしょう?
天風さんは絶対積極(せきぎょく)心が大事だと強く言っています。これを簡単に言うと「不安や恐怖心、怒り、恨む気持ち」などが全くない精神状態です。
また彼は「いかに(素晴らしい事を)言うか」に奮闘した人は多く居るが、「ではどうやったらそうなれるか」を言った人は現在(=その当時)天風以外には居ないと遠慮なく言おう、と言っています。
また「もし今までに『いかにすればできるのか』を言った人が居ると証明できたなら、いかなる要求にも応じるね」とも言っています。
今の私なら「天風さん、2400年前に釈迦が言っていますよ」教えてあげられるのですが、惜しい事に天風さんは故人。何らの要求をしようが有りません。
さて、ではどのような精神状態、心で毎日を送るのが最もいいのでしょうか。絶対積極心と言っただけではわかりますまい。
天気の良い朝、綺麗な公園などに行きますと、つい「う~ん」と伸びをしませんか?その最中貴方は何にも考えていないはずです。これが初期の無我の境地です。
伸びを終わって、ふっと我に戻っている状態は非常に気持ちの良いものです。その気持ちで毎日を生きていけたらこれ以上の幸せは有りません。
その時「五感をはっきりとさせている」という事重要です。五感が明瞭でなければ現実世界を悠々と生きてはいけません。すぐに転んでしまいます。
健全な精神状態とは①不安や怒り、憎しみなどのマイナス感情が無い事。②五感がはっきりとしている事。③現実問題をなんとも思っていない事(何も感じない、考えない状態の事ではありません。)これは眼にでます。
このような精神状態で生きていればいい事がたくさん起きてきますし、人間が持っている潜在能力が開花してきます。
ここで言う潜在能力とは予知能力、テレパシー、透視能力などの事です。これらの能力は個々人によって得手不得手が有るようです。
現在の私が無事に生きてこられたのもこれらの能力のお陰です。ただ現在は怠惰な生活をしていますので能力は錆びついていますが。
ではどのようにしたらそのような精神状態になれるのかですが、難しい事では有りません。と言うのも貴方に虎に成れとか竜に成れなどと要求しているのではないからです。
もともと誰でもが持っている潜在能力を表に出そうと言うだけの事だからです。私達は生まれながらに持っている気持ちや能力の上に人生において邪魔でしかない荷物を大量に積み重ねており、だから人生の宝物を見失っているのです。
拙書では詳述していますが、無我業をちょくちょくやればいいのです。決して難しいものでは有りません。
天風さんにヨーガを教えたカリアッパ大聖人も「分かってしまえば簡単な事だ」と言っています。
ただ現在のヨガ教室のようないろいろなポーズをやるものではなく、自身の心を見つめるものですから眼に見せて教える事が難しいのです。
従って、私が伝えた事をやってみて「こうだった、ああだった」と言ってもらう事によって「それはいい」、とか「間違っている」などと伝えられるのです。
天風さんの時代とは比較にならない程現在は技術が進歩していますし、私はヨーガスートラと仏教の4禅と天風さんのヨーガ体験を統合していますので、もっと簡単に伝える事が出来るでしょう。
いつかはそのような活動をしてみたいと思っています。
具体的な方法については拙書(ebookland 登竜門→釈迦とヨーガと中村天風と)をご覧ください。但し第2章は飛ばしてください。仏教研究者でなければ理解困難かもしれません。
またはこのブログでも以前書いた記憶が有りますので参照いただければ幸いです。(まだ出てくるか否か不安ですが)