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21世紀の美術史はどうなるのだろうか

2014-01-15 22:34:12 | お知らせ

「アメリカのアンダーグラウンドアート」 

アンダーグラウンドアートとは体制の論理に順応しないために社会構造的に浮かび上がり難いアートだと言える。それがいかに豊穣であっても欧米型の公的美術館やメディア、批評が光を当てようとしない芸術の世界が存在し続けている。 
 ジャクソン ポロックが代表するアメリカ戦後の抽象表現主義を世界中に広めるためにCIAの大規模な政治的、経済的な支援があったという情報がある。CIAの美術界における工作の意図は永くパリを芸術の中心地としてきたヨーロッパからアメリカのニューヨークへ美術のイニシアチブを移すことであり、また冷戦時代、ソ連は文化的にも強敵であり、社会主義リアリズムを完全に時代遅れにする必要があったとされている。 

アメリカの世界的な文化的影響力の発端に体制側の工作が潜んでいたのであれば、戦後アメリカの前衛美術は作られた見せかけの自由革命の側面があったといえるだろう。 
  
アメリカ現代美術における目覚ましい成功例は例外なく庶民の到底手が届かないような怪物的取引額が付随し、一般には殆ど理解不能な専門的批評、解釈によって成り立ってきた。ファンタスティックな想像力、伝統的な職人的技術は軽蔑され、それは素人にも理解できるイラストとみなされ、美術教育においてもそれが徹底された。そして必然的にHighとLowという過酷な二極化が発生した。 
  
Lowbrow Artは低クラスのアートという皮肉で自嘲的意味合いで呼ばれているジャンルであり、抽象的概念によって支配されてきたアメリカ現代美術界への反動として70年代後半にロサンジェルス周辺で始まった庶民的なアンダーグラウンド アート ムーブメントである。 
  
ポップシュールレアリスムとも呼ばれる象徴的絵画を伝統的手法で描くことも厭わないローブローアーティスト達のほとんどは公式な美術界の外側からキャリアを始めており、それはコミックやタトゥーの領域も含まれる。その代表はLori EarlyやMark Ryden、Chet Zarといった幻想的具象表現者達であり、他にも無数の才能ある芸術家たちがジャクスタポーズマガジンといったアンダーグラウンドメディアやインターネットによって紹介され独自に市場を切り開きファンやコレクターを増大させている。 
  
ジャクスタポーズ マガジンの創刊者であるRobert Williamsによれば、国際的アートブローカー達は戦後、具象表現を完全に美術界全体から排除することに集中してきたという。それは後のミニマリズムやコンセプチュアリズムの前提となり、唯一キッチュなポップアートのみが具象表現として容認された。しかし彼はポップアートの本質は「リアリズムをバカにする。」ことにあると述べている。 
  

圧倒的な国際的経済支援のもとに君臨してきた現代美術界の影にもう一つの美術界が存在してきた。想像力と伝統技術を守るため、それは芸術家達の、存亡をかける戦いを要するものであったのである。 
 




    「ヴィジョナリーアートとは何か」 

Visionary ArtとはFantastic Artと同義であり、幻想芸術と和訳することも可能であるが、より正確には幻視芸術とすべきであろう。しかし日本語の文脈上「幻想的」という表現を使わざるを得ない。実際には幻視芸術=ヴィジョナリーアートが欧米において意味する範囲は広く、サイケデリックアートやシャーマニズムアート、あるいは一種の民族芸術やアウトサイダーアートも含まれる。 

 しかしアウトサイダーアートと異なりヴィジョナリーアートは必ずしも正規の教育を授けない独学の個人のみを意味するものではない。ここにしばしば語弊と混乱を見いだすことができる。ごく通常にヴィジョナリーアートが指しているジャンルとはウィーン幻想派やHR Giger 、Alex Grey による日本でも広く知られた高度で鮮烈な幻想的表現世界のことである。 
  
 奇妙なことにアウトサイダーアートは学術的に研究の対象となりその市場が注目されているにも関わらず、幻想美術としてのヴィジョナリーアートはアカデミズムから微妙な形で排除されてきた。ヴィジョナリー アートもローブローアートと同様に戦後、モダニズムの繁栄の中、アンダーグラウンドであらざるをえなかった。それは必然的に彼らのコミュニティーを形成させ、批評、出版、キュレーターの役割を芸術家自らがやらざるを得なかったのである。 
  
 ファンタスティック、ヴィジョナリー アートの分野の代表的な欧米の組織としては世界中に数百人の会員をもつAOI (The Society of Art of Imagination)がある。戦前の悪夢を担って生まれたウィーン幻想派の成果を国際的に共有するために、60年代前半に結成されたInscapeというイギリスを起点としたグループがAOI の前身である。 
 彼らの主張は何世紀にも渡って培った西洋美術の伝統を重視するものであり、モダニズムによって滅亡しかけている霊的な想像力の継承と復活を目指すものであった。 

 ヴィジョナリーアートに関わるアーティスト達が共同体を形成し、そのコンテクストを強化してきた背景としてインターネットの存在は無視できない。政治的、経済的に運営されてきた通常のメディアをネットによって飛び越えることが可能になり、人々が本来何を切実に渇望していたのかが急速に鮮明になってきたのである。 
  
 ネットを中心として短期間で国際的に知られるようになった主要な活動の一つにオーストラリアのジョン ベイナートJon Beinartによるオンラインギャラリーの編集と出版活動がある。彼が対象としてきたものは世界のアンダーグラウンドアート全般であり、極めて広範囲な視野でもってウェブ上のキュレーションと論考を実現し、それはネットを超えて芸術家どうしを結びつけ実際のグループ展活動を活発化させた。またネットは芸術のメッカとしての都市拠点の重要性を弱めた。かつての美術運動のように必ずしも組織的な流派を必要としなくなったのである。そして視覚的衝撃力に乏しい現代美術よりも入念に描かれた率直な幻想的表現のほうが無数のネットユーザーの心を捉える結果となった。 
  
 しかし補足すべきことは、いかにウェブ上では豊かに見えても、現実にはモダニズムの荒野の中にあって幻想的表現者達はマイノリティとして世界中に点在していることも忘れるべきではない。 

  


  

      「日本美術界の可能性」 

  
 ローブローアートやヴィジョナリーアートといった幻想的表現のムーブメントは全体としては国際メインストリームとしての現代美術へのアンチテーゼであると同時にキリスト教文明に対するリアクションでもある。そのため、しばしばアーティスト達はシャーマニズムやアジア密教にインスピレーションを求め、あるいはダークで魔術的な表現を追求している。 
 しかし日本のようにモダニズムやキリスト教が体制の核を完全支配していない場所では事情が異なってくる。 
  
 仏文学者の巌谷 國士 氏によれば日本の幻想表現は60年代の大学闘争のような反体制運動と連動しながら、階級的牙城としてのアカデミックな具象的リアリズムに対する反発として始まったのだという。このことは抽象芸術に対する反動として起こった欧米の幻想芸術ムーブメントとは事情が反対である。 
  
 1971年に朝日新聞社主催によって開催された「現代の幻想絵画展」の出品者は、平山郁夫、近藤弘明、工藤甲人、といった日本画家、そして前田常作、山本文彦、藤林叡三といった洋画家達であり、彼らは後々も日本の美術界においても教育界においても強い影響力をもち続け、決してアングラでもアウトサイダーでもなかった。 

 日本人は欧米におけるような具象美術の危機を経験したことがなく、教育においても市場においても具象表現が中心的であったのであり、具象美術を支持、実践する無数の一般庶民によって多くの美術団体が運営されてきた。日本の美術教科書には必ず幻想表現についての項目が掲載され、古典的なテンペラ技法を教える美術大学も少なくない。そして具象美術団体は国を動かし380億円の公共事業として国立新美術館を建設することも可能にしたのである。日本の美術界は欧米のアンダーグラウンドアートの状況から見ればまさに夢にも叶わないようなことを実現していたといえる。 
  
 日本の具象美術界から国際的な芸術家が出ないという批判は欧米型現代美術界の虚構性を考えれば必ずしも当たっていない。半世紀遅れをとってきたと言われる日本美術界は図らずも西洋型モダニズムから半世紀身を守ってきたとも言えるのである。さらに伝統的な具象美術界と前衛的な現代美術界とを分け隔てる壁が欧米ほど深刻ではないことが日本における特徴であるといえよう。 
  
 かつて西洋近代美術を感化した浮世絵は日本ではありふれているため、その価値が認識されなかったように、日本人が未だ自覚していない日本美術界の大きな国際的役割が潜在している。世界中のアンダーグラウンド文化を何の抵抗も無く受け入れ、その魅力を世界のどこよりも認め感動する国民的気風が損なわれていないと思われるからである。 
   
 芸術に関する真の国際的世論は公的なメディアや論評を超えたところにあると言わねばならない。あるいは世界的な経済的崩壊によって現代美術界の後ろ盾であった巨大な資本力も衰退せざるを得ないだろう。グローバリズムによって覆い隠され、知られることのなかった美術界の全体像がようやく明らかになる時期にきているのではないだろうか。 


                                                                  文責 坂本 智史 

 

 


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