kei's anex room

日々の歌日記(硲 比呂介)http://blog.goo.ne.jp/hiro5713 の別館です。

四月三十日(土)①「ナイル五月号」掲載作品  ②今日の歌

2006-04-30 07:31:54 | Weblog
四月三十日(土) 「ナイル五月号」掲載歌
                           2006-04-29 18:41:05
 
 ①  「ナイル五月号」掲載作品
                 甲村秀雄氏撰 

        病辺瑣事

*身のうちに湧き来る放恣捨てがたく仰ぐ春空走るうす雲
 
*春の夜の夢に顕つひと蝋梅のかぼそき香りあふらしめつつ
      (顕つ=たつ)

*いたつきに苛まれゆく身にしあらばあと何たびの逢ひぞ残れる 
      (苛まれ=さいなまれ)

*忘れ得ぬかの白き脚影おとし雪に映ゆるを眩しみて居る
 
*一定の死を諾ひつなほひとのなつかしき香を尋めて止めまざり
(一定=いちぢやう) (諾ひ=うべなひ)(尋め=とめ)

*亡母の棲む異界か知らず遠山にいまを名残りの冬雲の見ゆ
 (亡母=はは)

*さらば友よなつかしき日よふるさとの紫雲映畠に降れる日差しよ
                 (紫雲映=れんげ)
 
*つねに敗者たりしおごりを此処に来てひとり哀しむ死の近き夕




  ②今日の歌
                           2006-04-30 06:57:50
       やがて・・死

*一語すら発するのなき時をおくり休日の夜のだるきひとり居
 
*目覚むればまたひとつ年老いたると朝の日差しはしぶく囁く
 
*庭に顕つ春のゆらぎやかげろふのたゆたひ匂ふ近き死が香が
 
*とことはの闇ぞ死とはとはしなくも悟達のひとの謂の確かさ





四月二十八日(金) やがて亡妻三回忌

2006-04-30 07:27:03 | Weblog

四月二十八日(金) やがて亡妻三回忌
                           2006-04-28 06:55:11
  
     やがて亡妻三回忌

*「慈勒院珠悦圭祥居士」金塗りの位牌に朱く浮くわが鬼号
 
*傍らに在る亡妻のそは「慈法院明節善信大姉」比翼の位牌 (亡妻=つま)
 
*並び顕つ戒名ふたつそれぞれの思ふ情念はひとつならねど (情念=こころ)
 
*生くる身に受けし鬼号にてのひらを合はす思ひのさあれ複雑


四月二十七日(木) 遠きまぼろし

2006-04-30 07:25:04 | Weblog

四月二十七日(木) 遠きまぼろし
                           2006-04-27 08:03:26


       遠きまぼろし

*つたなくも生きていま在り七十余歳を重ねしことの口惜しさ (歳=とし)
 
*捨てられて何を苦しむその訳を告げず去りゆくひとの悲しゑ
 
*散り果つるままに散り果つ 老木といへど桜の気概や羨もし

*耳奥にのこるアルトの甘やかにされど過の日々遠きまぼろし


「短歌研究」五月号 米口 實氏作品管見

2006-04-30 07:23:07 | Weblog

「短歌研究」五月号 米口 實氏作品管見
                           2006-04-26 09:11:29
 
「現代の88人」より 米口實氏の作品管見 

今月の本誌は読み応えがある。特に「歌のリアリティを獲得するには」と題する八十八人の作品と、三十数名のエッセイの特集は、現代短歌界の中堅、重鎮88人の、今日ただいまの考えが、夫々要にして簡の書により、比較しながら読むと実に興味深い。

 その中で、非才の私の心に残った、米口實氏の作品を再考してみたい。

 先ず作品を曳こう。

    砂に枯れ葦
 
・登りきつたところで尽きる砂山のむかうに鳴つてゐる冬の海
・流亡(るぼう)する神さながらに足なえてさすらふわれや腰をおろさむ
・内臓を晒して歩くゆふまぐれ死んだひとからメールが届く
・胸の鼓動をただ聴いてゐた抱(いだ)かれてきみがしづかに涙するとき
・風が抱く未必の故意よわが死後の汚名などもう誰が気にする
・月代(つきしろ)は昇りきたれり老いびとのうるむまなこを洗はむとして
・砂浜の砂に枯れ葦 君に逢ふためにだけ生きてゐた遠い日よ


 残念ながら彼のエッセイはない。ただ、一読よく分かる歌群で、取り立てて解説は不要と思う。
 この歌々から感じられる、人生末期の感慨に深い共鳴を私は持った。米口氏は年鑑に依ると大正十年のお生まれで、私よりは数年の先輩である。
 しかし老期の感慨にそんなに差異はなかろう。単なる枯淡の謂いではなく、そこはかと無い浪漫をさりげなく歌に篭めてあるところ、全く心から共鳴するのは私だけだろうか。
 以て範とすべき例と読み、向後の一つの目標としたい歌々である。



四月二十五日(月)①"短歌現代五月号より ②愛恋の香り

2006-04-30 07:19:07 | Weblog

”短歌現代”五月号より抜粋
2006-04-25 07:55:38 / Weblog
”短歌現代”五月号の中、尾崎左永子氏の「現代うたごよみ 24」無季の歌 は一ページの小論ではあるがなかなか示唆に富んでいる。

・・・現代語をどう用いるかには、さまざまな課題がまといつく。・・・と玉城徹氏の一首

・幾夜さの夢の断片にかぎられてわれ在り古き櫃のごとくに

を引用。・・・この断片をどう読むか、について、やまとことばの”かけら”や、作者の読んだ”ちぎれ”との比較。作者は最初は”だんぺん”と無造作に読んでいいと思っていたと「覚え書」にある・・・。尾崎氏は、一読して”だんぺん”の方が切れ味がよくて好ましい、と結ぶ。
 最後に「現代語をどう用いるかには、さまざまな課題がまといつく。それにしても自らを「古き櫃」と見定める力量に、動かしがたい重味がある・・。と結んでいる。
 また、

・漂流する吾にまつはる小さき周囲愛しつづくることに疲れぬ  前田 透 (漂流の季節)

・・・心理は疲労を詠っている。微妙な心理だが、、人間はどこにどう生きても、何かの抵抗が心に巣食うことをあざやかに示している。・・・

 同じ昭和一桁人間として、私の心にも強く響く尾崎氏の謂いであった。

 詳細は「原文」をどうぞ。

 ② 
  愛恋の香り
                           2006-04-25 07:12:07

     愛恋の香り


*四十年わが深奥につねにありかのかぐはしき香り顕つ 秘所
 
*憎まむとおもへどかなし四十年の執着はそをゆるさぬと知る
 
*いまにして明らしむなよ欠点も知らぬ幸せのまま焦がるるを

*いかやうに消すべくも無し胸奥に灼き付きしこの愛恋の炎を


四月二十四日(日) 拙き生き態

2006-04-30 07:13:00 | Weblog
 
四月二十四日(日) 拙き生き態
                           2006-04-24 08:29:08

        拙き生き態

*俺の汝れ汝れの俺とは言はさじと果は俺を捨てゆくそも汝れ
 
*玻璃窓に眼の無き顔を措きて去る晩春の夜をかぜの微温さよ (微温さ=ぬるさ)

*うら庭に春の匂ひはうすれゆき山査子のうすよごれたる 白
 
*つたなきはわが生き態よ夜を徹しまたも去り行く影に執すも (態=ざま)



四月二十三日(日) 悲しき老態

2006-04-30 07:09:18 | Weblog
四月二十三日(日) 悲し老態
                            2006-04-2307:51:52
         悲し老態

*肉叢はとうに老い果つ卯月夜の風のかをりも聴けぬ身となり
 (肉叢=ししむら)
*老ゆることのその悲しさを今さらに人には言へず読む潤一郎
 
*何時の間にかく老い果つるわれなりや湯屋の鏡にさらす醜体
 
*かなしきは心に副はず老いてゆくこのししむらの性の 必然
                      (性=さが)


四月二十二日(土) レントゲン室にて

2006-04-30 07:05:15 | Weblog
四月二十二日(土) レントゲン室にて
                          2006-04-22 07:40:49
 
     レントゲン室にて


*うしろより銃殺さるるおもむきに佇ちて終わりぬ レ線撮影
 
*おほき柿の腐ち果つるごとくらやみに妖しき心の蔵のうす影
 
*胸おくに秘めたるものも判然とうつし出すがのにぶき透視像
 
*寝ねやらぬまくらの傍へ夕べ逢ひし放射線科の碧きまぼろし (夕べ=よべ)


四月二十一日(金) 深春

2006-04-29 10:57:16 | Weblog
四月二十一日(金) 深春
                          2006-04-21 07:27:44
 

         深春

*卯月すでに半ばを過ぎて列島の寒去りゆかぬことの不可思議 (寒=かん)
 
*桜散るそのうえに降る霜のさま綺羅羅あたかもくれなゐ水晶
 
*春なかば過ぎし山辺にふきのたうなほも緊まりて開かぬ心は (開かぬ=あかぬ)
 
*映すべき被写体も無し春ふかく季節は巡れど変はらざる四囲 (季節=とき)


42人のアンソロジイ「洗濯船は夢を見る」掲載歌

2006-04-29 10:54:57 | Weblog

42人のアンソロジー「洗濯船は夢を見る」掲載歌
                          2006-04-20 08:13:35

     秋陽の映ゆ

*絶望の壁しか見えぬ過しかたの無意味に哭きぬ やがて晩秋
 
*十月の風にかなしき唄を聴くや老いたる駑馬の耳ふいに立つ

*秋の夜のそらの深処に捨てばやなうつし身のわが愛という星

*夜は重く背に肩にあり鬱うつと言葉ひとつも無く無為に耐う
 
*黄昏の雨かなしみは去らずしてこの生の日になに意味やある
 
*残念のひとつとも見ゆ落日のなか熟るるまま腐ちるいちじく
 
*ただ一を得んために賭す何も無し 秋 天空は果てもなく蒼

*たましいの抜け殻のごと動かざる夜霧にくらしわがひとり影
 
*秋の水のどに昂ぶる霧の朝をはしれ悍馬のごとく「かなしみ」
 
*羽ばたかぬまま数尺を鳥は墜つかく簡明に望みえず・・死は
 
*ゆたかなる頬しろくして落日のなかにわが偏愛の「影」あり

*乱舞するこころもすでに遠くして褐色の死を恋うごとく居る
 
*たそがれは秋ゆえくらし王冠のごとき腋窩によどむ 夕陽(せきよう)

*薄荷酒の酸ゆくありたりかの白き足裏揺れつつ居たり秋の夜(足裏=あうら)

*つきしろのやや寒がてに秋のそら静寂よわがこころゆするな
 
*秋を背に風のはやさへ墜天使の汝かかぐわしく髪ほつれさせ
 
*くぐまりて陽のしたを行く幾たびの秋に別離の足音聴きつつ(足音=あおと)

*あおざめし肌 血脈のきずなとはいえどかわやれどきの眩暈

*さざ波の音さえ知らぬ偏執狂たりし過の日の薔薇恋うるなる
 
*影あわく寄らしめて樹は蒼空へ我執とは斯くゆるがざるもの
 
*シリウスの映ゆる海面にかぜ断えり茫と寂たる今日 九月尽(海面=うなも)
 
*夕陽に背炙られつつ戻り得ぬ道ひたはしる かなし 秋とは(夕陽=せきよう)

*逐情に似たるふるえを足うらにわらうべし 秋 雷鳴に酔う(足=あ)

*苦おしきこころ思おゆ森の果てにかのイカロスは翼墜しめし(翼=よく)

*盲いてもししむらは在りこころ在り背に煩悩の汗よかがやけ 

*たくましき心は持たずビイドロの瓶に夕陽の朱けは映ゆとも(朱け=あけ)

*わくら葉の掌に重し秋 迷いつつわが行く道の謀りごとめく
 
*されどわが日々は在らざり逝く秋の野に嵐こそふさう世紀や 


氷原四月号・ナイル四月号掲載歌

2006-04-29 10:51:21 | Weblog
氷原四月号・ナイル四月号掲載歌
                          2006-04-19 16:25:21
   氷原四月号掲載

          新年雑詠

*さえざえと冷ゆる風その鋭きに身削るるままに孤(ひと)り佇つ 丘

*くれなゐの鮮たりいまし散り果つる冬の薔薇(しゃうび)のその潔さ
 
*薔薇に寄り花を手繰れば胸ぬちに浮かぶ過去世の朧なる影
 
*過去といふ重き空虚をてのひらに諍(あらが)ふものを持たぬかなしさ
 
*迎合をゆるしつつ塚本を読む夜にしんしんと遠鳴るは 闇
 
*いさぎよき反逆の歌いかにせしや御用歌人の今日は魅せざり
 
*遅れたる季節(とき)にぞあらめ風花のなか一群れの飛ぶ雁の見ゆ
 
*かりそめの浮世捨てつついさぎよき飛翔違(たが)へず北へ向く雁

                      丹治久恵氏撰


ナイル四月号掲載

          新春偶感
 
*いく夜さをわが恋ひぬればひさかたの朝の光のかくもまぶしき
 
*かの杳き顔貌(かんばせ)を恋ひ散る雪のはるかなる香に酔ひ痴れてをり
 
*抱(いだ)くべき夢失ひて沈む湯に彷彿と見ゆ黒き豊髪(ほうはつ)
 
*夕雲はこころの外に翳曳きてなつかしき眸(め)に映ゆるごと照る
 
*汝の夢に陥ちて行かむと願へども夜はすでにして白みつつあり
 
*汝と媾(あ)はずなりて幾とせことごとに湧くは無情の炎(ひ)のごとき 念(おもひ)

*夢に逝くわれとをみなの情死行は冬ざれの日のまたたきに似つ
 
*浅き夢手に遊(すさ)びつつ失ひしもの懐かしむ冬の星群れ
 
*立てわが詩よ語れ想ひを遠ざかる面影はみな暗き冬薔薇

                       甲村秀雄氏撰


四月十七日 昇華せる夢

2006-04-29 10:48:11 | Weblog

四月十七日(月) 昇華せる夢
                           2006-04-17 22:56:32
 

       昇華せる夢

*をみなとはとはに謎なり卯月夜の星の杳さと光陰のくらさと (光陰=かげ)

*ゆらぎつつわが歌は逝く影薄く木の間がくれに消ゆ月を追ひ
 
*確かなる存在として君は在りぬ そのしろき頬うすきその眉
 
*身ふたつが心ひとつに溶けあひて昇華せしこと在りし日の夢


四月十七日(Ⅱ)中部短歌会での拙唄に対する歌評

2006-04-29 10:44:48 | Weblog

四月十七日(Ⅱ)中部短歌会での拙歌に対する歌評
                          2006-04-17 08:15:19


2 桜花(はな)の散るのちの思ひにひとときは淫けりたり春近き樹のした

「淫けりたり」というのは桜の花の一面であると思います。梅の花にはない。桜花(はな)は「さくら散る」ではだめですか。字を見ずに声を出して詠んだときにもわかりやすいと思います。(mohyo)

「淫」は音読みなら「イン」、訓読みなら「みだ・ら」、意味で訓読みすれば「ひた・る、ひた・す」でも良さそうですよね。送りがなから「ふけりたり」と読ませたいのだろうと思いましたが、ふつうに「ふける」と読む漢字を使うなら「耽る」ですね。「淫」の字で「ふけりたり」と読ませるならば、ルビが必要ではないかと思います。文字通りの「桜花(はな)の散るのち」に思いを馳せ、その想像に「ひととき」「淫けりたり」なのであれば、「ひとときは」の「は」の意図するところが分かりませんでした。さて、どうして「みだら」という文字をわざわざ使ったのだろうと考えました。もしや、「後朝」とか、そちらの方面の歌ですか?だとすれば、「は」は一時的な感情が冷めた感じを表現するために必要だったのかもしれないとも思えますし、「春近き樹のした」でもかまわないのだろうと思います。ですが、単純に字面の意味だけ追っていくと、「桜花の散るのち」と「春近き」の時制の矛盾が気になってしまうのです。(ほにゃらか)

花の咲く前から、散った後を思っている歌でしょう。桜花と書いて、はなとルビをふって読ませるのに無理を感じました。また、淫の読み方がわかりにくいので、こちらにルビがあってもいいと思います。淫という文字は、どちらかというと人間くさいので、花には合わないような気もしました。(近藤かすみ)

「淫けりたり」が読めず意味がよくわかりませんでした。「ふけりたり」であるとするとなんとなくわかります。この歌の今は「春近き」であって、花はまだ咲いていないのでしょう。花の咲いていない桜の樹のしたで、花が咲いて散った後の思いにひとときはふけった、ということでしょうか。何故散った後を思うのかということが、「淫」という字に関係してくるのかもしれません。例えば「樹」は女性であるとか。「春近き樹」を見てその樹が咲かせた花を散らせているのを想像するとかそんなことを、「淫」の字から思い浮かべてしまいました。(やすまる)

「淫けりたり」をどう読んだらよいのか分かりません。ですが、わざわざこの「淫」を使っているので、この桜は女性の喩なのだと思いました。(ロン)


四月十八日(火) なつかしの唄声

2006-04-29 10:38:27 | Weblog


四月十八日(火) なつかしの唄声
2006-04-18 22:24:52
  

       なつかしの唄声

*夢ひと夜 かつて好めりなつかしの声耳に在り 南こうせつ
 
*ふきのとうそは芳しきデユオにしてわが心打つかのハーモニイ
 
*わかれうた闇深く聴くひとはその声佳しと言ひき中島みゆき
 
*その声の聴けぬこの頃一頻り”翔んでイスタンブール”懐かし


四月十六日(日) 鳴くなヨシキリ

2006-04-29 10:32:10 | Weblog

四月十六日(日) 鳴くなヨシキリ
                           2006-04-16 08:25:06
  
        鳴くなヨシキリ

*鈍く曳く光影のおぞまし頬に当つ剃刀ややにふるへ居りたり (光影=かげ)
 
*身のふるふ喜びありき去年を思ふ薔薇一輪の香に酔ひし夜も (去年=こぞ)
 
*卯月夜のおともなく更く昂ぞらに明日ははたして在りや 曙
 
*君去りし後の思ひに旬日をいたぶられ居り 鳴くなヨシキリ