神なる冬

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[SF] 誰の息子でもない

2017-07-24 21:26:03 | SF

『誰の息子でもない』 神林長平 (講談社文庫)

 

初出が「小説現代」というところが珍しいかもしれないが、円城塔が芥川賞を取って、宮内悠介が直木賞……はまた取れなかったけど、猫も杓子も伊藤計劃やケン・リュウを読んでいる時代ならば、神林長平が中間誌に書くくらいでは、なんの驚きも無い。(とか言いつつ、文庫化されるまでノーマークだったけど)

各家庭に一台、携帯型対空ミサイル(略称:オーデン改)が配備されている。とか。ぼくの仕事は、故人となった市民の、ネット内の人工人格=アバターを消去することだ。とか。ことごとく設定はおかしい。考え抜かれた設定というより、取り留めのない白昼夢というか、悪夢的な明晰夢を文章化したような感じ。

まあ、なにしろ“ネット内”の人格と言いつつ、その存在が目の前に現れるのだ。ARグラス越しでもなく、すぐそこに見えるらしい。しかし、他人からはその存在は見えない。こんなもの、まったくもって、幻覚と区別がつかない。

このアバターの実行ハードウェアは主人公の脳であって、その動作は主人公の動作として現れるとか、どう考えたって幻覚だし、精神疾患だろう。そもそも、ミサイルだって幻覚なのかもしれない。いや、この小説のクライマックス、というか、各章の目的は、いかにミサイルをぶっ放すかなのだから、ミサイルだけは本物なのだろうか。

ただ、注目すべきは、この奇妙な設定よりも、主人公(もしくは著者)と世界の関係性、そして、父親との関係性だろう。

かつての『死して咲く花、実のある夢』も、この作品と同様、信州を舞台にして、ズブズブと現実が崩壊していく様子が描かれていた。しかしそこで崩壊するのは世界の方であって、主人公の信念に揺るぎはなかった。

一方で、この『誰の息子でもない』では、疑われて崩壊していくのは主人公のアイデンティティであって、現実は(いかに奇妙であろうとも)そこに硬く存在している。その一端が、ミサイルだったりするわけだ。

これが、20年前の神林長平であれば、おかしいのは世界の方だ。そもそもこれは本当にミサイルなのか。という方向へ話が転がりそうな気がする。

これはいったいどうしたことか。

そして、また、そのアイデンティティを揺り動かす元凶というか触媒は、父親の存在なのである。この構図はS-Fマガジンに連載されていた『絞首台の黙示録』と同様であり、ふたつの小説は表裏一体のものなのだろう。

どうもこの小説は、これまでのように自我とか意識の問題を描いた作品ではなく、父親との関係性や、父親への想いを語った神林的私小説なのではないかという気がするのだよな。そういった意味では、これが中間誌に連載されたという経緯も大きな意味を持ってくるように思えて仕方がない。

 



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