神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] NOVA10

2013-07-24 22:11:10 | SF

『NOVA10』 大森望 責任編集 (河出文庫)

 

描き下ろしSFアンソロジーの『NOVA』が遂に第1期終結。もともと、描き下ろし短編SF発表の場が少ないということから始まったと記憶しているのだけれど、今や一般文芸誌に普通にSFが載る時代になってきたということで、使命を全うしたという位置付け。

それ以上に、大森さんが「もう疲れた」と言っていたのが印象的。本当にお疲れ様でした。

使命を全うしたとは言っても、『NOVA1』から見るとわずか3年半しかたっていないわけで、短い間にSFを取り巻く状況はずいぶん変わったなという印象。

90年代の冬から00年代の春を経て、10年代の夏へ一気になだれ込んだ。この勢いに乗ったのが伊藤計劃と円城塔。伊藤計劃は残念ながらNOVA開始前に早逝されてしまったが、円城塔は『NOVA1』と『NOVA10』の両方に参加している。

その伊藤計劃の遺稿「屍者の帝国」冒頭部が掲載されたのが『NOVA1』であり、これを引き継いで完成させたのが円城塔。そして、完成した『屍者の帝国』は今年のSF大会で星雲賞を受賞し、そのスピーチで円城塔は「伊藤計劃を不死化するな、誰か倒せと」と語ったとか。

これまた印象的な発言で、いろいろ議論を呼んでいるようだが、その場に居合わせられなかったことが純粋に悔しい。きっと、日本SFの歴史に残る名言になるのではないかと思う。(って、すっかり『NOVA』の感想じゃないじゃん)


「妄想少女」 菅浩江
SFファンにはおなじみの新井素子問題というのがあって、それは「少女はいつまで少女か」という重大な問題である。しかしながら、この短編には中年女性SFでありながら、“少女”というタイトルこそがまさしくふさわしい。人類には妄想が必要な人種と、妄想を必要としない人種がいる。昨今の非実在青少年問題などを見る限り、この二つの人種はまったく相容れないように思える。しかし、だれでも妄想を必要とする時が来るののではないかと思う。

「メルボルンの想い出」 柴崎友香
不慣れな外国に一人取り残されるという悪夢的な物語。メルボルンは隔離され、何かが始まっているのだが、街中はゼッケンを付けた作業員だらけで、誰も何も教えてくれない。SF的解釈はいろいろできるのだけれど、それをやってはおしまいな気がする。

「味噌樽の中のカブト虫」 北野勇作
これも悪夢的な話で、唐突でシュールな場面転換が続く。味噌樽=脳味噌の詰まった頭がい骨のような、わかりやすいダジャレをはじめ、各モチーフに重層的な意味があるのではないかと感じる。実はこの悪夢を夢見ている主人公がいる。彼はサラリーマンではなく航宙士で、カブトムシ型宇宙人につかまり……なんていう“真実”を幻視してしまう。

「ライフ・オブザリビングデッド」 片瀬二郎
とっくに死んでいるのに、それに気付かず、いつものように会社へ向かうゾンビたち。車に轢かれても、ホームから落ちても、電車にズタズタにされようともおかまいなし。それを警備するお気楽な多国籍軍。いったい日本はどうなってしまったのか。滑稽というよりは物悲しいイメージを感じてしまうのは、それが現実の日本と対して変わらないと思ってしまったからだろう。

「地獄八景」 山野浩一
「この人、まだ生きてたんだ!」などと言ってはいけない。33年振りの新作だとか。現代の地獄というか、タンパク質のネットワークにより生まれた仮想世界というか。唐突に地獄での犯罪とは、みたいな議論が入ってくるのが、山野浩一らしくておもしろい。

「大正航時機綺譚」 山本弘
これはあれだよあれ、フェリクス・J・パルマの『時の地図』。別にパクリというわけでもないのだけれど。意外なところに飛ぶ最後のオチがよい。

「かみ☆ふぁみ! ~彼女の家族が「お前なんぞにうちの子はやらん」と頑なな件~」 伴名練
今回の俺的ナンバーワン。というか、今年の俺的ナンバーワン。タイトルからしてライトノベルの体裁で、中学生の淡い(けれども熱烈な)恋愛を描いた作品ながら、超絶奇想なハードSF。全知全能な力を持ってしまった人間は神になってしまうのか。神に恋した少年はどうなってしまうのか。走れ少年、恋のために! 神ファミリーそれぞれのキャラクターが立っているのもラノベ体裁と相まっておもしろすぎる。未来は変えられるという力強いメッセージも素晴らしい。何より、全知全能とはどういうことかを、宗教もファンタジーも飛び越えてちゃんとしたSF設定に引き込み、それで物語を構築した力技に脱帽するしかない。

「百合君と百合ちゃん」 森奈津子
少子化対策のおぞましい結末。なのか、感動的な結末なのか、わけがわからん。ただ、この性交代理アンドロイドが、実はアンドロイドじゃなかったという方がありがちな気がする。アンドロイドを量産するより、感覚記録とフィードバックの方が実現性が高そうな上に、少子化対策だけでなく、貧困対策も一気に解決しそうだ。(ブラック)

「トーキョーを食べて育った」 倉田タカシ
核戦争により荒廃した北半球。すべてを作り替えるために荒れた街を破壊する巨大マシン。その足元をすり抜けていく、パワードスーツの子供たち。クールで魅力的な視覚イメージの裏で、破壊と死に麻痺した子供たちの姿が薄ら寒い。さらに、生き延びるために選択肢の分かれた人々の争いは、いつまでも絶え間なく。

「ぼくとわらう」 木本雅彦
木本氏の長男はダウン症である。それを知って読むのと、知らずに読むのとでは、解釈に大きな違いが出るのではないかと思ってしまう。「僕の自伝はダウン症患者の物語ではなく、僕の物語である」という言葉の意味は重い。しかし、ライフログを書き換えることによって過去を書き換えるという意味、ライフログから再構成された文章という意味、この二つの意味がうまくつながらずに消化不良。たぶん、外側から見た彼の姿が描かれないことも重要なポイント。タイムリーに「iPS細胞でダウン症治療の可能性が」というニュースを読んだが、残念ながら、まだ先は長そうだ。

「(Atlas)^3」 円城塔
あなたの主観と私の主観は違う。そういう話はクオリアの話をするまでもなく常識だと思っていたが、2chやtogetterなんかを読むに、まったくそうではないらしい。主観と主観をつなぎ合わせたところには不整合が発生する。その不整合を解消するのことに、客観的な真実である「地図を作る」という言葉が与えられる。これがタイトルのAtlras。しかし、それが立体を意味する3乗になっているところが意味深。細かく読んでいくと意味が不明だが、おおざっぱに眺めると大変わかりやすいというのも地図っぽい。

「ミシェル」 瀬名秀明
小松左京『虚無回廊』の瀬名秀明的解釈による補完。『虚無回廊』はずっと積読になっているので(完結したら読もうと思ってたのに)未読。この短編だけだと、断片的なエピソードだけでよくわかりません。この際、『虚無回廊』から一気読みしてみようか。と思いつつ……。

 



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