メイキング・オブ・マイマイ新子

映画「マイマイ新子と千年の魔法」の監督・片渕須直が語る作品の裏側。

塀にさえ花を咲かせたい心

2009年11月21日 10時09分04秒 | mai-mai-making
 いわゆる「築地(ついじ)塀」というのは、二種類ありまして、官衙や寺院のように母屋が瓦葺きのときは、築地塀も瓦葺きです。
 写真は、周防国分寺の築地です。
             
 映画に出て来るのはこんな感じ。
             

 一方で、瓦葺は公的な施設に限られており、私邸の場合は屋根が檜皮葺き、板葺きになります。母屋がそうした造りの場合、築地には板屋根がついて、それを土で押さえたかっこうになります。この押さえの土を「上土(あげつち)」といいます。一般的な築地のてっぺんは土でできていたわけです。
             
             

 さて、この築地の上土に花の種をまいて花壇にしまったのが、花山天皇です。陰陽師・安倍晴明を重用した帝です。
 花山帝の在位期間は西暦984年から986年というわずか二年でしかなく、譲位を強制され、法皇として隠棲させられてしまいます。花山法皇は、自邸の築地の上に撫子(なでしこ)の種をまかせ、そこには花が咲き乱れたといいます。
 花山帝に代わって即位したのが一条帝で、清少納言はその中宮・定子に女房となって仕えることになります。
 そういうことですので、花山天皇がこんな雅やかなヤケクソぶりを発揮してしまったのは、実際には、清少納言が周防から平安京に戻って以降のことになります。


 ですが、塀の上に撫子の花が咲き誇る寝殿造の屋敷。
 これもまた、刺激的なイメージで、思わず見たくなってしまう光景です。


 わずか19歳で出家させられそんな行いに走ってしまった花山帝。
 『マイマイ新子と千年の魔法』の登場人物は、何を思って撫子の種をまくのでしょうか。

 それは、「単純にきれいなものを見たい」というだけではなかったかもしれません。
 

              
             
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 貴伊子が見つからない | トップ | 公開の初日に »
最新の画像もっと見る

mai-mai-making」カテゴリの最新記事