バニャーニャ物語

 日々虫目で歩く鈴木海花がときどき遊びに行く、風変わりな生きものの国バニャーニャのものがたり。

お知らせ

2012-10-30 10:15:15 | ものがたり
 原宿 絵本の読める喫茶店での『バニャーニャ展』、
たくさんの方に来ていただき、ほんとうにありがごうございます。
シーモアグラスさんのご厚意により、
もう少し会期を延長できることになりました。

 そして、途中までになっている『バニャーニャ物語 その20』「ぼく、誰だっけ?」ですが、
今年の気候不順のためか、ちょっと体調をくずしており、
つづきを書いてはいるのですが、完成までにもうちょっと時間がかかりそうです。
楽しみにしてくださっているみなさま、申し訳ありません。
次の更新日、11月15日までには、出来上がると思いますので、
ぜひまたおいでいただけたら、うれしいです。



バニャーニャ物語 その20 「ぼく、誰だっけ?」

2012-10-12 19:54:11 | ものがたり


                  

作・鈴木海花
挿絵・中山泰
 


国境の町のむこう、
<ナメナメクジの森>を越えると
そこには、
ちょっと風変わりな生きものたちの暮らす国がある


*はじめてお読みの方は、「その8」にあるバニャーニャ・ミニガイドを
 ご覧ください。
 







      バニャーニャ物語 その20 「ぼく、誰だっけ?」



 川の水がサワサワと軽快な音をたてて流れる春の渓流で、
フェイは朝からずっと釣りをしていました。
 水音にまじって、ウグイスののんびりした鳴き声もきこえます。
対岸では木立の梢がやわらかい春風に揺れています。
若葉がささやき合うようなひそやかな音のなかで、
フェイはひとり、釣りを楽しんでいました。

 ヒマさえあれば釣りをしているフェイは、
毎年今頃の時期、アマゴを釣るのを楽しみにしています。
 昼ごろになると魚篭のなかは、青灰色に水玉のような模様のある
ぴちぴちしたアマゴでいっぱいになりました。
 「イェーイ、大漁だい!」。
 フェイは魚篭をのぞきこんでひとり歓声をあげると、
ここいらで一息いれて、サンドイッチを食べることにしました。
気がつくとおなかがペコペコです。

 一気にダブルエッグサンド(ゆで卵のマヨネーズ和えと、とろとろスクランブルエッグをはさんだフェイの大好物)を三切れたいらげ、ポットのあたたかいコーヒーを飲んで、
やっと人心地ついたフェイは、そのとき、
対岸の一本の木の根元あたりに、きらきらと雪のように細かい光の粒が舞っているのに気がつきました。
 光の粒が見る間にうすくなり、やがてすっかり消えてしまうのをぼうぜんと眺めていたフェイは、
いままで光っていた木の根元あたりに、
何かが寄りかかっているのに気がつきました。

 「あれぇ、今のは一体、なんなんだろう?」。
光をみたのは目の錯覚だろうか、目が疲れてるのかな、
とさらに目をこらしてみましたが、こちらからはよく見えません。
フェイはコーヒーポットのふたを閉めてリュックサックにしまうと、
渓流沿いの道を少し登って、大きな石が川のなかに並んでいる場所から、
向こう岸に渡りました。




 木の根元にいたのは、見慣れない男の子でした。
青い色の襟付きシャツをきて、
茶色の半ズボンをはき、小さなオレンジ色のリュックサックを背負っています。
バニャーニャでは今まで見かけたことのない男の子でした。



 春の午後、あたたかいお日さまの光のなかで、
男の子は気持ちよさそうに眠っているようです。
でも、いくら春とはいえ、もうすぐ陽がかげれば、
きっと風邪をひいてしまうでしょう。

「ちょっと、ちょっと、そこのひと・・・・」
フェイは、声をかけてみましたが、
男の子は、ぴくりともしないで眠りつづけています。

 「ねえ、きみさ、もうそろそろ起きた方がいいんじゃない?」
フェイは、男の子の耳のそばでさっきより大きな声を出しました。
 すると、男の子はやっと目を覚まし、
片目を開けてぼんやりとフェイをみました。
それから、右手の人差し指と中指で、まだ閉じている左目のまぶたを上と下に開きました。
「ときどき、目がくっついちゃって、なかなか目が覚めないんだ」
男の子は、今度は両目で、あいかわらずぼんやりとフェイを見あげていいました。

 「ふーん、ネボスケなんだねえ。
ぼく、フェイっていうんだけど、きみは、誰?ここじゃ見かけない顔だけど」
「ぼく、ぼく・・・・・・誰だっけ?」
男の子はやっぱりぼんやりした目で、まわりを見回しながら、もごもごといいました。
「誰って・・・・・・・自分で自分がわからないの?名前は?」
フェイがあきれたようにいいました。
男の子はしばらく考えてから、あきらめたように首をふりました。

 「自分の名前を忘れちゃうなんて、きみ、どうかしてるよ」。
「なんだか、何にも思いだせない」男の子がいいました。
「ここ、どこ?」
「ここはバニャーニャじゃないか、それも知らないっていうの?」
「うん、なんにも覚えていないんだもの。あー、おなかすいちゃった」。

 「しょうがないなあ、川のあっち側にぼくのサンドイッチがまだ少し残ってるから
わけてあげてもいいけどさ」。フェイがいいました。
「ぼく・・・・・ぼく、ココアがいいな」
「そ、そんなあ。きみね、こんな森のなかで、いきなりココアっていわれても。
あっ、それよか、こんなことしているとせっかくの新鮮なアマゴがだいなしになっちゃうぞ。
とりあえず、ジロのところへ行こう。あそこならココアがあるかもしれないからな」。
フェイがそういうと、男の子ははじめて目が完全にさめたみたいに、
「ココア、飲みたい」といいながら、
急いで帰りじたくをはじめたフェイの後からついてきました。

 
 ジロのスープ屋に着くと、なかから楽しそうなオシャベリの声が聞こえてきました。
店がひまになる午後の時間、カイサやシンカ、それにバショーまでが集まって、
お茶を飲んでいるようです。

 「あら、フェイ、なにか釣れた?」カイサがいいました。
「うん、きょうは大漁だい!」フェイが思い魚篭を持ち上げていいました。
「ジロ、ひとりじゃ食べきれないから、これで青ネギのいっぱいはいった魚のスープつくってよ。
あ、そうだジロ、ココアないかなぁ?」
「ココア?ああ、いつもはあるんだけど、ゴメン、ちょうど切らしてるんだ」
「この子がさ、どうしてもココアが飲みたいって・・・・おい、はいっておいでよ」
戸口のかげにかくれていた男の子が恥ずかしそうに戸口から顔をだしました。
「いやね、さっき川のそばで会ったんだけど、
この子、自分の名前も思い出せないっていうんだ」

 「へえ、それは困ったね。まあとにかくお入りよ」
ジロが戸口でもじもじしている男の子を手招きしていいました。
「どこから来たのか、どうしてバニャーニャに来たのかも忘れちゃったっていうんだから、あきれちゃうよね」
フェイは、木の下で男の子を見つけたときの様子をみんなに話しました。

 「ふーむ、なるほど」話をききおわるとバショーが腕組みをしていいました。
「それはたぶん、一時的な記憶喪失ってやつかもしれんて」
「キオクソウシツ?」カイサがききました。
「何か思いがけない体験をすると、それをきっかけに何もかも忘れちまうっていう、
やっかいなものでな」。バショーが、心配そうに男の子を見ながら言いました。
「本で読んだことがあるよ」シンカもいいました。
「でも、何かのきっかけで記憶がもどることもあるって、書いてあったな」。

 「ココアがのみたい・・・・・・」
男の子が消え入るような声でいいました。
「あたしも今、切らしちゃってるんだなあ」カイサがいいました。
「でもさ、きっとモーデカイの<よろずや>にはあると思うから、ちょっと行ってくるよ」
カイサはそういうと、駆け出して行きました。

 去年の冬のはじめに開店したモーデカイの「よろずや」は
今ではすっかりみんなに重宝がられています。
「やあ、カイサ」。
小さな店のなかで、ちょっと身を縮めるようにして店番しているモーデカイがいいました。
「ねえ、モーデカイ、ココアあるよね?」
走ってきたカイサが息を切らせながらいいました。
「あれ、ごめん!切らしちゃってるんだ」
「ええーっ、ここに来ればあると思ったんだけどな。
どうしてもココアが飲みたいって子がいてさ・・・・・・困ったな」
「あ、でもホテル・ジャマイカインの食堂に行けば飲めると思うよ。
きのうコルネが最後のひと缶を買っていったばかりだからね」。
モーデカイがいいました。
「わあ、よかった!じゃあね、モーデカイ」。
事情がわからずに目を白黒させているモーデカイに手を振って、
カイサはまた駆け出しました。



 ジロのスープ屋にもどると、カイサたちは男の子をつれて
ジャマイカ・インに向かいました。
 「ココア?お安いごようさ」
話をきいたコルネはさっそく、大ぶりのカップに、
あつあつのココアを淹れてくれました。



 ほんわりと湯気をたてているココアが目の前に置かれると
男の子は、息を詰めるようにしてカップをのぞきこみ、
甘いカカオの香りに目を細めています。
「あわてて飲むと舌をやけどするぞ」コルネがいいました。


 そのとき、食堂の椅子に座っている男の子の後ろにまわって、
まるで体の一部であるかのようにずっと背負っているオレンジ色のリュックサックをおろしてあげようとしたカイサは、男の子のシャツの背中に、
4つの文字の縫いとりがあるのに気がつきました。



レモン色の糸で、
<Hugh>という文字がくっきりとうかびあがっています。


 「あれ、これ、ヒュウって読むのかな?」
すると、ココアをひと口飲んだ男の子が、急に目をパチっと見開いていいました。
「そうだ!ヒュウっていうんだった、ぼくの名前」。
「ほう、名前を思い出したか。よかった、よかった」バショーがいいました。
「名前を忘れちゃったら、なんて呼んだらいいかもわからないしな」フェイがいいました。

 「ヒュウくんは、どうやってバニャーニャに来たの?
ナメナメクジの森はだいじょうぶだったの?」カイサが興味津々でききました。
 もうココアをほとんど飲み干したヒュウくんは、首をかしてげていいました。
「うーん、わかんないよ、気がついたら、ここにいたんだもん」。
「ふうむ、不思議なことじゃわい」
バショーがまた腕組みをしていいました。

 「バニャーニャへ来るには、国境の町からナメナメクジの森を抜けるか、
それとも海からわたってくるしかないんだが」。
ココアのおかわりを持ってきたコルネがいいました。


「川の上流の木の根元で見つけたっていったよね」
シンカがフェイにききました。
「うん、すっかり眠りこんじゃっててさ、なかなか起きなかったんだぜ」
「そうそう、そういえば、ヒュウが眠ってた木の根元のあたりには、
なんだかもやもやした、光の粒みたいなものが見えてたっけな」
フェイがいいました。

「ふーむ、もしかすると・・・・・ヒュウくんはどこかほかの場所からワープしてきたのかもしれんぞ」
バショーがいいました。
「ワープだって!?」フェイがいいました。
「状況からみて、それしか考えられんわい」バショーがいいました。
「もしかして、ヒュウくんのリュックサックのなかに
いろいろ思い出す手がかりがあるかもしれないよ」
カイサにそういわれてヒュウくんは、オレンジ色のリュックサックのフタをあけて、
中にはいっているものをテーブルの上に並べました。

 リュックサックのなかに入っていたのは、
なにも描かれていないスケッチブック1冊、
24色のクレヨン―緑色と茶色のが短くなっている―がひと箱、
赤い持ち手のついたハサミ、ビニール袋と紙のコップ、
それに、ぼろぼろになるほど使い込まれた植物図鑑でした。
「きっと絵を描くのが好きなんじゃない?」フェイがスケッチブックとクレヨンをみていいます。
「植物も好きなんだろうな」ジロがいいました。
「でも、ハサミと紙コップはなんのためかな」シンカが首をかしげました。

 
 みんながいろいろ推理していると、
とつぜんヒュウくんが、イスから立ち上がり、
「ココア、ごちそうさまでした」というなり、
ジャマイカ・インの入口に向かってすたすた歩きはじめました。
みんながあわててあとを追っていくと、
ヒュウくんは入口の左側にあるエニシダの大きな植込みの前でたちどまり、
しげしげと木を見つめています。
エニシダは今、黄色い花を開き始めていて、あたりの空気にはほのかにいい香りがします。

 「Cytisus scopariusキティスス・スコパリウス」。
エニシダを見ていたヒュウくんが突然こういったので、みんなはあっけにとられました。
 「そ、それ、なんかの呪文?」フェイがいいました。

 「ヒュウくんがいったのは、たぶん、エニシダの学名じゃないかな?」
シンカがいいました。
「Cytisus scopariusキティスス・スコパリウス。魔女のホウキをつくる木」。
ヒュウくんがまたいいました。
「ガクメイってなにさ」フェイがいいました。
「植物や動物の名前だよ。学名だと世界中のひとに通じるんだ」シンカがいいました。

 「ぶったまげたな」コルネがいいました。
「自分の名前しか思い出せないっていうのに、
おまじないみたいな学名っちゅうのをいきなり言いだすんだから」。

 すると、ヒュウくんはコルネの方を振り返ってこういいました。
「ぼく、ぼくここに泊まりたいな。
でも泊まるお金をもってないんです。どうしたらここに泊まれますか?」
「いいともさ」コルネが肩をすくめていいました。
「ちょうど果樹園に面した6号室が空いているし、
お客はみんな海に向いた部屋を希望するから、あの部屋でよかったら
いたいだけいてかまわないよ」。

 「でもここはホテルだもんな、タダってわけにはいかないよな」フェイがいいました。
「バニャーニャじゃあルーンっているお金を使うんだけど、
でも、ルーンがなくても、
なにか欲しいものがあったら、他のものと交換してもらってもいいの。
摘んできた花束とか、釣ってきた魚とか、拾ってきた貝殻とか木の実とか」
カイサがいいました。

 「泊めてもらうかわりに、なにかコルネの手伝いをするっていうのはどうかな?」
シンカが提案しました。
「そうさな・・・・・・料理用のストーブの燃料がもうないから、
明日、小枝を集めてきてくれると助かるな」
コルネがいいました。

 「そうじゃ、そうじゃ、そうやってバニャーニャでゆっくりするうちに、
きっといろんなことを思い出すじゃろ」バショーがいいました。
「きまりー!よかったねヒュウくん、バニャーニャへようこそ!」
カイサがヒュウくんの肩をたたいていいました。
それをきいたヒュウくんの顔に、バニャーニャにきてはじめて、
安心したような笑顔が浮かびました。


(つづきます)

 <お詫び>
 10月15日まで出張のため、『バニャーニャ物語』その20は、2回に分けて掲載します。
10月25日には2回目をアップできると思いますので、
ぜひつづきを読みに来てください。



 <お知らせ>


 10月7日から始まった『バニャーニャ物語展』も開催中です。
シーモアグラスさんのご厚意により、
会期が10月21日まで→31日まで、に変更になりました。




 


『バニャーニャ物語』も、この10月で連載20回目を迎えることになりました。
いつもはモニターで読んで、見ていただいているこの物語を、
いちど紙の上に展開してみたいと常々思っていたので、
これを機に、原宿にある絵本の読める小さな喫茶店『シーモアグラス』さんで、
『紙で見る、読むバニャーニャ物語展』という
展覧会を開くことになりました。

 会期は、2012年10月7日(日)~10月21日(日)

 

 シーモアグラスは、原宿にある小さいけれど、絵本がいっぱいの落ち着ける雰囲気の
すてきな喫茶店。常設には、荒井良二さんの原画もあります。
     


〒150-0001
東京都渋谷区神宮前6-27-8 京セラ原宿ビルB1F
Tel&Fax:03-5469-9469
最寄駅:東京メトロ 明治神宮前



 店主の坂本さんがおひとりでやっていらっしゃるので、
不定休のため、来ていただく前に、営業日を確認してください。

営業日確認はツイッターで。
SEE MORE GLASS‏@seemoreglass96


 モニターで見て、読むのとは、
一味もふた味も違うバニャーニャの世界へどうぞ!













紙で見る、読むバニャーニャ物語展、明日7日14:00から!

2012-10-06 12:08:00 | ものがたり
 いつもはネットで読んでいただいている『バニャーニャ物語』ですが、
明日7日から、原宿の「絵本の読める喫茶店 シーモアグラス』で、
挿絵や手作り冊子、物語にインスピレーションを与えてくれたモノ、
また、ストップモーションアニメを手掛ける中山珊瑚によるジロの人形、
愛読してくれているユウヒ君からのステキな絵手紙などの展示がはじまります。


できたてホヤホヤのジロ人形と冊子。


 お近くにおいでの際は、立ち寄っていただけましたら、幸いです。
(展示場所が喫茶店なので、ワンオーダーお願いできるとうれしいです。
 シーモアグラスのスイーツやランチ、美味しいですよ!)

 この10月15日更新分が20回目になりますが、
今までの話のなかから3話を選び、
紙の上に展開してみました。

 手作り冊子は、つくるのに予想を超えるたいへんさでしたが、
楽しくもありました。

文字も縦組みで、
紙ならではの読み心地。




ぜひお手にとって、ゆっくり読んでいただけましたら幸いです。




 明日7日は14:00から、
最終日10月21日も午後から在廊しています。
そのほかの日は、また追ってお知らせします。