アテネ・オリンピックの金メダリスト室伏広治選手のお父さん、室伏重信さんが福井に来られた。
私たちは、ハンマー投げのアジアの鉄人と呼ばれ、心魂する一投に常に注目していた時を思い出す。
ミュンヘンで開催されたオリンピック(1972)から4回も連続出場している。現在アメリカ・カリフォルニアのアーノルド・シュワルツェネッガー知事もドーピング的筋肉増強剤についての質問を受ける場面がテレビで放映され、医師の指示に従ってやっていたと答えると共に、あの当時の映画出演やボティビルダーとしての筋力の発達維持には欠かせない一錠だったかもしれないが、アジアの鉄人・室伏重信選手はこのドーピング(薬物使用)にも敗れたのかも知れない。
その当時の旧ソ連や東欧選手の体力というか、持久力は見事なものがあり、私もスゲエという言葉が出るほどのメダルラッシュであった。本当に強い、国家が後ろ盾していたとは言え、世界が目を見張っていたに違いない。
そこでの何回にも亘る惨敗、苦敗を自分に生かし、息子がまだまだ小さかったのだろうけれども発芽を待って、芽を伸ばし、育てることを視界に入れながら、自分を主体していったと講演されている。
現在のようなDVD・データー・解説する機能やハイビジョンによる精密な動きの記録などどんな人間の細部にもチェックが入ることの出来る時代とは違っていたが、ドーピングで敗れた選手の懐にも飛び込んで一挙手一投足をビデオで分析し続け、又、足・腰・肩・頭と区切ってのカメラワークからの研究や体力ではなく、自分自らを高める意欲や精神性・スピリチュアルパワーの出力の仕方などを「敗れた」ところから学んでいった。これらのスポーツは、自分を信じることから勝への機運をつかみ、勝に結び付けていくこの一歩一歩の手立てを息子・広治選手に伝達。体重は軽いけれども投てきセンスは父親譲りという気迫力を身につけさせて、親子の二重奏は高らかにフィナーレしたということです。
広治選手の一投は世界が見つめる一投であるので"ゆるみ"が許されない。世界が注目するお役目を持ち続ける精神力は父親にはなかったこと。父親を越える発想力はこれからだ。
頑張れ。フレ!!フレ!!広治君!!