サロン中央アジア

中央アジアの自然と人々

メロンの本場トルキスタン

2007-12-29 19:11:36 | 中央アジア日誌
アラル海に向かう国道M39の自動車での旅の楽しみは道路脇に出現する売店での買い物である。売店と言っても家があるわけでもなく、時には日よけの屋根を設えたものもあるが、ほとんどは地面にものを置いているだけである。8月中頃から10月初めまでの楽しみは果物の露店を渡っておいしいメロンを買うことである。メロンの大産地トルキスタン市郊外にあるメロン露店群には必ず立ち寄る。 . . . 本文を読む

駅ホームはバザール

2007-12-28 00:21:53 | 中央アジア日誌
アルマティからアラル海に近いノボカザリンスク(現在の市名はアイテケビケント)へは2泊2日間の旅である。車で行けば2泊3日であるから列車の方が時間的にも短くて済む。いずれの旅程でも駅や道端での果物を買うのは大きな楽しみである。写真はシムケント駅での光景で、9月初旬の風景である。 . . . 本文を読む

カザフの果物、まずはリンゴである

2007-12-26 14:34:44 | 中央アジア日誌
どこの国でも、どの土地でも秋はおいしい果物の季節である。ミカンの季節が到来するのは日本では晩秋で、多くの人がコタツを出す頃になるとミカンの売れ行きは好調となる。「コタツにミカン」がセットになる秋が早く訪れてくれると当ミカン屋は機嫌がよい。さて、カザフの果物といえばまずリンゴである。アルマティ(旧名アルマ・アタ)とはリンゴの土地という意味らしい。市街地の南/アラタウ山脈の山腹にはリンゴ林がある。西方に向かえっても諸処にリンゴ園を見ることができる。 . . . 本文を読む

ミカンにかまけてご無沙汰でした

2007-12-25 16:00:46 | 中央アジア日誌
暖かい晩秋です。前回のこの欄を書いたのが12月の初めでした。それから3週間。長い間のご無沙汰でした。と言いますのは、私のもう一つのフィールドは和歌山県のミカン山で、1970年代後半から、約1町歩、1000本の温州ミカン園で、省農薬栽培を実践している農家と一緒に、農薬を可能な限り省いたら、病害虫の発生や収量がどのように変化するかを調査しいます。その園で収穫されるミカン全量(約20トン)を学生と一緒に販売する活動を続けており、12月は商売人としてもっとも忙しい時期です。それで、このブログの掲載が滞ってしまいました。年の瀬が迫ったところで、なんとか再始動したいものです。掲載の写真はこの秋のミカン園全景で、中央の扇状が我が園であります。ごらんのように一面がミカン色に染まっており、園始まって以来の大豊作でした。収量は全部で25トンくらいでしょう。 . . . 本文を読む

アラル海変化図更新が追いつかない

2007-12-04 20:57:03 | 中央アジア日誌
これほど地形が日変化する地域はないだろう。アラル海の最新地図はどうなってますかとの問い合わせをよくいただく。これに答えるのはたいへん難しい。今日のところは分からないが、昨年でも、毎日8mの早さで湖岸が後退しているとのことである。とすれば、年間に3kmほどの後退になる。衛星画像から作成した2006年までの湖岸線の変化図を添付する。それにしても、40年間で最大幅で150kmも干上がってしまった。この図から事態はまだまだ進み、今年の11月に現地で聞いたところによると、アラル海は4つの水域に分かれてしまったそうである。最新の画像を検討された方があったら教えていただきたい。新たに出現した広大な沙漠はこれからどのような変化をするのだろうか。 . . . 本文を読む

地球環境基金の助成金だけの植林からの脱却を

2007-12-03 09:42:29 | 中央アジア日誌
なんとか今年の植林作業も終えて村に帰着した。来年の春に再びこの村を訪れる頃には、このか細く頼り無さげな苗木が、マイナス25度の厳寒を乗り越えて活着しているだろう。塩と厳寒と酷暑と強風の中での植林であるから、全数が生き残ってくれるとは望まないが。植林事業の原資は、環境保全再生機構の地球環境基金の助成を受けている、全予算は約500万円で、そのうち390万円は基金助成であるが、残りの100万円ほどはNPO法人市民環境研究所の自己資金である。貧乏所帯の市民研の会計から出してもらうのは不可能である。結局はまさに自己の資金からの支出である。「アラルの森プロジェクト」を継続するためにはこのような資金繰りからの脱却を計らねばと思う。今までは、植林方法とその成功率に自信がなく、人々に醵金を呼びかけられなかったが、2年間の経験を経て、プロジェクトの意義、計画、実行面で自信が得られた。年が明ければ、不特定多数の方々に、個人や法人からのカンパ支援と活動参加を呼びかけるつもりである。この気持ちになったことが今回の植林旅行での成果だろうと思いながらアラル海を後にしてアルマティに戻った。 . . . 本文を読む