実高ふれ愛隊日記

-石川県立大聖寺実業高校情報ビジネス科課題研究ブログ-

「燃え上がれ清五郎(セイゴロー)!」

2013年08月05日 | 日記

隊員NO.2ゆきちで~す(^^)/

イベントカレンダー東北電力ビッグスワンスタジアム(新潟市)

8月3日(土)、サッカーJ1「アルビレックス新潟vs清水エスパルス」の試合が

行われました。北陸唯一のサッカーJ1チーム「アルビレックス新潟」の本拠地・

新潟市中央区清五郎ある「東北電力ビッグスワンスタジアムスワンスタジアム」には、

浦和レッズに次ぎ、日本で二番目にサポーター数が多いという地元・新潟の熱狂的な

人びとによって、この日も応援歌が鳴り響いたことでしょう。

「燃え上がれ清五郎」 原曲/In These Arms/Bon Jovi 

I Love You I Need You 戦えオー新潟(ニイガタ)

燃え上がれ清五郎(セイゴロー)! 

この応援歌に出てくる「清五郎」は、昨日のブログでご紹介させていただいた

今の加賀市細坪町から新潟に移り住み、新潟の湿地と闘った農民・清五郎のことです。

鳥屋野潟南側にある東北電力ビッグスワンスタジアムスワンスタジアム」の

すぐ近くに、次のような文字が刻まれた記念碑が建っています。

「清五郎地区の伝承」

この集落は、寛永十七年(一六四〇)に、八人の農民により拓かれた。

新発田に移封された領主 溝口氏の新田開発に夢を託し、加賀の国大聖寺三谷村

細坪を後にした八人は、村の鎮守春日大明神を奉じて舟に乗り、この地に到り

開墾を始めた。しばらくして仲間のひとり清五郎が病に倒れた。

薬を富山まで求め親身に看病したが、ついに帰らぬ人となる。皆は夢半ばにして

世を去った友を偲び、彼が愛したこの地を『清五郎』と呼ぶことにした。

開墾の苦労は想像を超えていた。鳥屋野潟の水も幾度となく押し寄せる。

それでも先人達は助け合い、人力で堤防を築き『清五郎』を守り抜いた。

石碑の建つ場所は、その堤防の名残である。石碑の隣の松は、清五郎川川口の

目印に植えられ『一本松』と呼ばれた。芦が囲う潟を霧が覆えば、船は方向を失う。

かすかに見えるこの松を頼りに、救われた人は多い。舟人が家路を急ぐ頃、

佐渡の端に沈む夕日は水面に映えて、満目の水郷は武陵桃源の趣を見せていた。

この情景は明治の漢詩に、鳥屋野潟八景の一つ『清里の夕照』と謳われた。

我々は、この地を見守り続けた堤防と『一本松』を保存し、先人の努力を称えると共に、

助け合いの精神が、いつまでも受け継がれることを願い、歴史の一端を石碑に記した。

平成十九年五月 清五郎地区 一本松保存会 
財団法人 亀田郷地域センター


「アルビッレクス新潟」が苦しい闘いを強いられたとき、新潟のサポーターたちは

細坪村からやってきて粘り強く頑張り抜いた「清五郎村」の人たちのことを思いながら、

心を一つにして、おらがチームを応援し続けているのですね。

8月3日(土)の試合では、アルビッレクス新潟」が3-1で勝利したそうです。しかし、

現在、「アルビレックス新潟」は8勝9敗2分(勝ち点26)で、18チーム中12位と苦しんで

います。燃え上がれ清五郎(セイゴロー)!」って大声をあげて応援しなければ

なりませんね! 

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