やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

ARDSの病理組織型について

2009年04月01日 04時59分35秒 | びまん性肺疾患
ALI(acute lung injury)/ARDS(acute respiratory distress syndrome)イコールDAD(diffuse alveolar damage びまん性肺胞障害)と考えるのが常識的なところだろう。つまり、何か病態を同じくするものを臨床の側から表現すればALI/ARDSとなり、病理組織的な面から表現すればDADと呼ばれる。実際、日本呼吸器学会による「ALI/ARDS診療のためのガイドライン」(2005)にも「ALI/ARDSは、病理学的にはdiffuse alveolar damage (DAD)と呼ばれる定型的な肺胞傷害である」と記載されている。が、そう言い切ってしまってよいのか、というのが今回のテーマである。

まず議論の前提として、ALI/ARDSは現行のガイドラインに基づけば臨床所見のみで診断されるのに対し、一方、DADはあくまでも病理学的な概念であることを改めて確認しておきたい。すなわち、上記の「ALI/ARDS診療のためのガイドライン」によれば、ALI/ARDSの診断基準は、①先行する基礎疾患をもち、②急性に発症した低酸素血症で、③胸部X線写真上では両側性の肺浸潤影を認め、かつ④心原性の肺水腫が否定できるもの、とされている。このように、その病態や病理組織所見にも配慮された基準ではないことから、簡便すぎて混乱を招いているとの批判が絶えないのはガイドライン自身に記載されているとおりだ。

本来、ARDSのキーコンセプトは「肺胞領域の非特異的炎症による透過性亢進型肺水腫permeability edema」というものだった。様々な原因により著明な肺胞上皮障害や症例によっては血管内皮障害も加わり、肺胞上皮―毛細血管のバリアーが破綻していることが病態の根本で、高濃度の血漿成分が肺胞腔内へしみ出し、上皮細胞の崩壊産物、サーファクタントも加わって硝子膜を形成する。これは浸出期DADにみられる所見に他ならない。ただし余談ながら、DAD自体の概念についても、日本(特発性間質性肺炎診断と治療の手引き、2004)と欧米(ATS/ERS international multidisciplinary consensus classification of the idiopathic interstitial pneumonias、2002)とではやや異なっていることが指摘され(日呼吸会誌 2007; 45: 772-778)、しかも最近AFOP(acute fibrinous and organizing pneumonia)という病理所見が古典的なDADとは異なるものの亜型として報告されたりしている(Arch Pathol Lab Med 2002; 126: 1064-1070)状況にある。

もちろん、DADがARDSの主要な病理所見であることは疑いようがない。しかしながらそれ以外にも臨床的にARDSを呈しうる病理像がないわけではないのだ。たとえば、ARDSの診断基準を満たす症例の外科的肺生検による病理像は多彩で、organizing DADは約40%、残りは感染症や出血、BOOP (bronchiolitis obliterans organizing pneumonia)などであったとするもの(Chest 2004; 125: 197-202)や、剖検例での検討ではARDSと臨床診断された127例のうち112例でDADを認めたものの、DAD以外の病理診断としては肺炎が最も多く、その他肺出血、肺塞栓、肺水腫、化学療法後の間質線維化がみられたという報告(Ann Intern Med 2004; 141: 440-445)がある。上述のようにARDSの診断基準が感染症などを排除するものでないことを考えれば、これらの結果も驚くにはあたらないだろう。とはいえ、実地臨床上では感染症の鑑別は必須である。レジオネラ肺炎は当然としても、意外に念頭にないのが粟粒結核だろう(日呼吸会誌 2007; 45: 874-878)。

そして、BOOPなど器質化肺炎(organizing pneumonia;OP)と器質化期のDADでポリープ型気腔内線維化の目立つものとは時に鑑別が困難である(日呼吸会誌 2004; 42: 37-42)、というような病理診断の精度の問題を考慮に入れる必要はあるものの、急速進行性の間質性肺炎に限ってもすべて病理学的にDADを呈するわけではなく、NSIP (nonspecific interstitial pneumonia 非特異性間質性肺炎)パターンやBOOPパターンを呈することもあるという(日呼吸会誌 2004; 42: 23-27)。

これらの議論を踏まえれば、ARDSの診断基準を満たしていてもそれで満足すべきではなく、さらに鑑別を進めなければならないのは自明だろう。現行のALI/ARDS診断基準には治療反応性や予後がまったく異なる種々の疾患が含まれてしまうのだ。このことの注意をうながす立場から、それらのびまん性肺疾患を“Imitators of the ARDS”と呼び、AIP (acute interstitial pneumonia 急性間質性肺炎)、AEP (acute eosinophilic pneumonia 急性好酸球性肺炎)、acute BOOP、びまん性肺胞出血、acute HP (hypersensitivity pneumonitis 過敏性肺臓炎)が記載されていたり(Chest 2004, 125, 1530-1535)、また“ARDSの原因”としてDAD、infectious pneumonia、BOOP、Hemorrhage (capillaritis)、pulmonary edema、AEP、Emboli (thromboemboli、fat、foreign material、tumor)、bronchioloalveolar carcinoma、pulmonary alveolar proteinosis、acute transplant rejectionが列挙されていたりする(N Engl J Med 2003; 348: 1902-1912)。つまり、ここにはARDSに関する臨床診断と病理診断を直ちに同一視することなく検証を怠らない姿勢があるのだ。

逆に、DADの病理組織所見に臨床的に対応するものもARDSのみとは限らない。AIPやIPF(idiopathic pulmonary fibrosis特発性肺線維症)・膠原病肺(RA、SLE、PM/DMなど)の急性増悪でもみられるものだ。このAIPは以前Hamman-Rich症候群と呼ばれたもので、DADに類似の病態であるとされるが、特発性(誘因・基礎疾患がない)であり、硝子膜形成が軽い点(臨床医 1998; 24: 2372-2377)、また臨床的には多臓器障害が少ない点(日呼吸会誌 2007, 45, 237-242)が異なるという。またDADをきたす原因として、膠原病(RA、SLE、DM/PM)、肝硬変、ショック、低酸素症のエピソード、外傷、敗血症、慢性閉塞性肺疾患、放射線療法、薬剤、吸入歴(防水スプレー、浴室洗剤、イソシアネートなど)を記載する総説もある(日呼吸会誌 2004; 42: 43-48)。その他、急性好酸球性肺炎でも間質および肺胞領域の著明な好酸球浸潤に加え、急性あるいは器質化期のDAD所見が見られることが指摘されている(Am J Respir Crit Care Med 1997; 155: 296-302)。ただし、人工呼吸管理を要した症例では、ventilator-induced lung injury (VILI)の結果としてDADを呈している(Am J Respir Crit Care Med1999, 160, 2118-2124)可能性に注意が必要だろう。 (2009.4.1)