やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

糖尿病による呼吸器合併症

2014年01月31日 04時14分37秒 | 全身疾患と肺
日本における糖尿病患者は予備群も合わせると2000万人を超えるという。脳卒中、虚血性心疾患をはじめとする合併症は患者のQOLを著しく低下させるのみならず、医療経済的にも大きな負担を社会に強いており、今後も社会の高齢化にしたがって増大することが予測されている。国が“5疾病”の一つとして対策に力を入れざるを得ないのは当然ながら、地域のなかで活動する臨床医にとってもその力量が問われる疾患であるはずだ。

糖尿病治療のポイントがその予防も含めて合併症の管理にあるのはいうまでもない。上述の心血管病変や三大合併症がその代表であるのは誰しも知るところだろう。では呼吸器系についてはどうかと言えば、科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013(日本糖尿病学会ホームページ)や糖尿病治療ガイド2102-2013(日本糖尿病学会編)をめくってみても記載がない。しかしながら、ひとたびPubMedを検索すれば表示される文献の数に一驚するのである。

糖尿病が肺炎などの感染症リスクを増すのはもちろん、予後をも悪化させるのは周知だろう(Clin Infect Dis 2005; 41: 281-288、Diabetes Care 2005; 28: 810-815)。糖尿病は大気汚染物質による有害作用への感受性を高め(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 831-833)、肺線維症との関連が指摘されている一方で(Respir Med 2009; 103: 927-931)、ALI/ARDSの発症には抑制的に作用していることが示されている(Crit Care Med 2009; 37: 2455-2464)。肺癌についても34研究を対象としたメタアナリシスによれば、喫煙状態で補正した研究に限定した場合、糖尿病は非糖尿病と比較して有意に肺癌リスクの増加と関連し(relative risk 1.11)、この効果はとくに女性で際だっていたという(Eur J Cancer 2013; 49: 2411-2423)。逆に、抗糖尿病薬は肺癌リスクを低減させることが報告されている(Clin Lung Cancer 2012; 13: 143-148)。さらに驚くべきことに、肺癌1677症例の解析では糖尿病患者群の生存率は非糖尿病患者群より高く、Cox回帰モデルにおいて年齢、性、組織所見、病期を補正すると、生存に対するハザード比は0.55であったことも明らかにされた(J Thorac Oncol 2011; 6: 1810-1817)。

これらの知見だけでも極めて興味深いものであるには違いないが、糖尿病による合併症といえばMacro-/Microangiopathyだろう。とすれば肺も血管に富む臓器である以上、何らかの病変を伴って不思議ではない。実際、そのような観点からすでに数多くの研究がなされている。たとえば、糖尿病6例、対照6例の剖検により得られた肺と腎の検体について電顕で評価したところ、肺胞上皮や肺毛細血管内皮の基底膜(BL)は対照に比べ有意に肥厚しており、その点においては腎糸球体毛細血管のBLにみられた変化と同様であったという(Respiration 1999; 66: 14-19)。このような糖尿病性微小血管障害はしばしば肺拡散能の低下をもたらすと説明される(Intern Med 1992; 31: 189-193)。また、健常者において、DLcoは座位より仰臥位のほうが増えることが知られているけれども、糖尿病者ではこの現象が見られなくなるらしい(Chest 1996; 110: 1009-1013)。肺血流やDLco、肺毛細血管容量が労作時に減少することも観察されており、糖尿病では肺微小血管予備能が低下すると称されることがある(Diabetes Care 2008; 31: 1596-1601)。

糖尿病患者にみられる呼吸機能障害は拡散能低下にとどまらない。40試験のデータを統合したメタアナリシス(糖尿病患者3182名と対照27080名)では、糖尿病患者において軽度ながら有意な拘束性肺機能障害がみられており(Chest 2010; 138: 393-406)、また糖尿病者266人を含む成人17506人の観察によれば、糖尿病患者は非糖尿病患者に比べてFEV1・FVC値が低かったものの、15年以上の経過における肺機能の低下の程度は両者に差がなかった(Eur Respir J 2002; 20: 1406-1412)。一方で、community-based cohortから抽出された呼吸器疾患の既往のない2型糖尿病患者125名を平均7.0年フォローした研究では肺機能検査値の経時的な低下の予測因子は血糖コントロール不良であり、さらにCox proportional hazards modelにて解析した結果、%FEV1の低下は全死亡の独立した予測因子であったという(Diabetes Care 2004; 27: 752-757)。

以上のように糖尿病患者にみられる呼吸機能障害は多様であるけれども、臨床的な意義はそれほど大きなものではない。それでも、神経・筋障害を合併する症例や換気応答が低下している者、基礎にその他の心肺疾患を有する患者では問題となりうるだろう(Rev Diabet Stud 2012; 9: 23-35)。そして、インスリンやメトホルミンなどの血糖降下薬が肺機能を改善させる可能性さえ指摘されているようだ(Cardiovasc Diabetol 2012; 11: 132、Diabetes Care 2002; 25: 1802-1806)。

日本で糖尿病有病者が増加している第一の要因は高齢化だと言われる。プライマリケア・総合診療の果たす役割が今後ますます大きくなるのは間違いないだろう。食事療法や薬物の管理が困難な高齢者はもちろんのこと、独居者、そして経済的に余裕がなく通院を継続できない者など、従来の診療の枠組みのみでは管理困難な状況も増えつつあるのが現状である。所属する組織の枠を超え、多職種が共同して対応する場面がむしろ日常的になり、知らず知らずのうちにゆるやかなチームを形成している。本来の自分の役割を果たすだけでは患者の健康という目的を達成することができない。そのことに気づき、柔軟に動くことのできる者こそがこれからの時代に生き残っていくのかもしれない。 (2014.1.31)

精神・神経疾患に合併しうる肺水腫

2013年04月15日 04時44分11秒 | 全身疾患と肺
高齢者の時代である。知恵と経験を有する人材の活躍が期待される一方で、多くの合併症を抱えperformance statusが不良であるばかりか、認知機能にも問題を有する患者が引きも切らない。介護職とも緊密に連携をとりつつ、いろいろな意味で境界領域にある症例を引き受けていると、従来の臓器別専門性の枠に囚われていては対応しがたい症例が確実に増えていると実感する。そもそも専門各科のそろった大病院であったとしても救急や転院依頼のすべてを受け入れられるわけではない。地方の片隅にあるうらぶれた小さな施設であったとしても、そのような専門病院から忌避された患者にとっては最後の拠りどころなのだ。そして、これからの医療をとりまく状況が予測されているとおりに現実化するとすれば、医療の進歩に取り残され、とりあえずそこに空きベッドがあれば専門性を問われることさえないような病院であったとしても、むしろ時代を先取りした場所でありうるかもしれないと考えるのである。

神経原性肺水腫(neurogenic pulmonary edema ; NPE)も複数臓器にまたがる病態をバランスよく検討すべきことを教えてくれる疾患の一つだ。頭部外傷、くも膜下出血、脳出血、脳梗塞、脳腫瘍、てんかん発作などの中枢神経疾患に伴い発症する肺水腫である。それほど稀なものではなく、たとえばくも膜下出血により死亡した78例を後ろ向きに検討したところ、その71%において病理学的に肺水腫を認めている(J Neurosurg 1978; 49: 502-507)。死亡率も決して低くないとはいえ、そのほとんどは神経学的障害が回復しないことによるもので、呼吸不全自体が死亡に寄与する例は少ないようだ(Chest 1997; 111: 1326-1333)。

その発現は原疾患の発症数分ないし数時間以内と、12~24時間後の二峰性であることが知られている。典型例では突然呼吸困難が出現し、しばしば交感神経刺激徴候を認めるとはいいながら、ときには発熱や白血球増多も伴うことから誤嚥性肺炎の可能性を否定しがたい例もあるようだ。胸部X線では両側性に濃い浸潤影を呈するものの、そのほとんどは一過性の経過をたどり、24~48時間以内に症状の消失をみるという。

疾患概念そのものは単純明快で、①両側性浸潤影、②PaO2/FiO2 ratio <200、③左房圧上昇の所見がない、④CNSの傷害がある(脳圧が有意に亢進する程度の重症度)、⑤他にARDSをきたす原因がない(誤嚥、多量輸血、敗血症など)、との診断基準も提唱されている(Crit Care 2012; 16: 212)。一方で、発現メカニズムの詳細についてはいまだ明らかになっているとは言い難い。それでも、中枢神経疾患が頭蓋内圧を亢進させ、カテコラミンが急速かつ多量に放出されることが重要な役割を担っているのは確からしい。血栓除去や腫瘍切除などの手術療法、浸透圧性利尿剤、抗痙攣薬、ステロイドなど脳圧を低下させることにより酸素化の改善がみられ、α受容体遮断薬であるPhentolamineが著効した症例も報告されている(Chest 2012; 141: 793-795)。

ただし、肺血管のレベルでどのような機序が働き、水腫をきたすのかに関してはいくつかの説がある。Starlingの式が教えてくれるところに従えば、静水圧の異常や血管透過性亢進が関わっているに違いないのだが、NPEにおいてはこの両者がさまざまな割合で関与しているようだ(Clin Chest Med 1985; 6: 473-489)。少なくとも一部の患者では心筋傷害による肺水腫であることが示されており、その他、心室のcomplianceが間接的に変化することや循環血液量が全身循環から肺循環系へとシフトし、肺静脈圧の上昇をきたすことによって漏出性の肺水腫をもたらすともいう。それだけではなく、交感神経系による強力な刺激が直接肺血管床に影響し、肺血管内皮の傷害から血管透過性の亢進をもたらすとの説も提唱されている。

ここで連想されるのは、悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome: NMS)だろう。抗精神病薬などの投与や中止により引き起こされる、筋強剛、発熱、自律神経症状、意識障害などを主症状とする致死性の副作用だ(呼吸 2001; 20: 806-807)。神経・精神科領域では以前からよく知られていたものだが、原因薬剤として抗精神病薬を中心とした精神神経用薬がほとんどを占めているとはいえそれに限るものではなく、抗パーキンソン病薬や抗認知症薬、さらには制吐剤により惹起された症例も報告されている。しかも精神神経用薬自体、精神科に限らず広く用いられていることから、一般内科やプライマリケアの領域でも稀ならず遭遇されていると思う(重篤副作用疾患別対応マニュアル 厚生労働省ホームページ)。

死亡率10~30%とも言われるNMSの合併症としては心不全、心筋梗塞、不整脈などが知られているけれども、直接死因としては呼吸不全がもっとも多い(Arch Intern Med 1982; 142: 1183-1185)。呼吸不全は従来、嚥下性肺炎によるものとされており、意識状態の変容に加え、自律神経の不安定性に由来するコリン作動性神経の機能亢進によるbronchorrheaが関与しているという。しかしながら呼吸不全の病態としてはそればかりでなく、自律神経の過剰刺激による肺高血圧の結果として肺毛細管圧が上昇し、肺水腫をきたすという機序も想定されているようだ(J Natl Med Assoc 2002; 94: 279-282)。全体からみればごく一部分ではあるものの、NPEとその病態生理を共有している可能性を想像せずにいられない。

多くの医療者は“患者にとって”何が最善なのかを考えていると思う。一方で今の医療のあり方に少なからず問題があるとも感じているだろう。個々の患者に対する最適解を積み上げていったものが、そのまま国全体で考えたときに最適な医療・介護制度になるというのであれば何も問題はないけれども、そんなわけにはいかないこともわかっている。だから様々な意見に耳を傾けてみるのだが、それぞれの識者も既得権益を代弁しているだけのように思えてならず、ときには冷静さを欠いた野次や怒号さえ飛び交うなかで、どこに正義があるのか途方に暮れてしまうのだ。そんな混乱に満ちた状況に道筋をつけてくれそうなサンデル教授の議論が多くの人の心をとらえたのも当然だろう(これからの「正義」の話をしよう. 早川書房 2010年)。つまるところ、すべては自己責任だと突き放すか、個人の力ではどうにもならない運命とでも言うべき何かに翻弄された同胞だと感じるかという違いなのかもしれない。効率・公平を超えた価値観が問われているように思えるのである。 (2013.4.15)

呼吸器系のアミロイドーシス

2011年11月14日 05時22分11秒 | 全身疾患と肺
字面をなぞってはいても眼は同じところを何度も行き来してばかりで、時間だけが過ぎていく。理解力が衰えているのはやむをえないにしても、どうやら精神を集中させる力も損なわれつつあるようだ。記憶への信頼を失って久しく、このところ新しいことに取り組むのを避けようとする兆候も現われている。ただ、それが血流障害によるものであれ、アミロイドの沈着によるものであれ、病的状態であるなどと言われるとにわかに首肯しがたい。混沌とした現実を切り分け、本質を浮かび上がらせてきた近代医学にいまだ信を置いているとはいえ、この世に生を享けたものが例外なくたどる道をそのように言い切ってしまうことにはためらいを感じずにいられないのだ。

言うまでもなくアミロイドは単一の蛋白を指すものではない。Comgo red染色で橙赤色に染まり偏光顕微鏡下で緑色の偏光を呈するという特徴を共有する数多くの蛋白の総称である。アミロイドーシスはこれが全身諸臓器に沈着し、多彩な症候をきたしたものをいう。その基本病態は実質細胞が萎縮する(糸球体など)ことにくわえ、機械的にも機能を障害し(心・肺など)、ときには出血をきたす(肺・消化管など)ところにある(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998)。

その全貌を把握するのは容易ではないけれども、まずは分類にしたがって全身性と限局性に大別するのが近道だろう(アミロイドーシス診療ガイドライン2010、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 アミロイドーシスに関する調査研究班、難病情報センターホームページ)。一方で臨床においてはしばしば単一臓器の所見が前面に現われ、そこを起点としてアプローチされることが多い。たとえばPulmonary amyloidosisも病変が呼吸器系に限局するものと全身性の病態の一部分症としてみられるものがある。

呼吸器系に単独でみられるものの多くは、異常形質細胞が産生するモノクローナルな免疫グロブリン軽鎖由来のAL(Amyloid light chain)アミロイドによる(Respirology 2001; 6: 61-64)。その病変は、肺実質の単発ないし多発性の結節、あるいは気管気管支内のプラークないし結節としてみられるものが多く、とくに前者のタイプで全身疾患に関連したものはなかったとの報告がある(Ann Intern Med 1996; 124: 407-413)。しばしば無症状で発見され一般に良好な経過をたどるとされているものの、気管気管支内に沈着するものでは閉塞症状をきたすことがあり、重篤化する例もないわけではない。また、少数ながらdiffuse interstitial patternを示すものもあるようだ(Arch Pathol Lab Med 1986; 110: 212-218)。

そしておそらくより遭遇する可能性がありそうなのは全身性アミロイドーシスだろう。その肺病変は限局性アミロイドーシスとは対照的にdiffuse interstitialにみられることが際だった特徴で、画像上interstitialないしreticulonodular patternを呈する(Respirology 2001; 6: 61-64)。沈着するアミロイドのほとんどは3種の前駆蛋白、すなわちAL、AA(amyloid-associated)、transthyretin(以前prealbuminと呼ばれたもの)のうちのいずれかに由来するが、やはりAL typeがもっとも多い。多発性骨髄腫やマクログロブリン血症、あるいはこれらの基礎疾患を伴わない原発性ALアミロイドーシスが代表である。

また、AA fibrilの前駆体であるserum amyloid A(SAA)は、serum lipoprotein component関連の急性相反応蛋白であり、IL-1やIL-6の作用により肝細胞から産生される。いわゆるSecondary amyloidosisで沈着するのはこのタイプで、想像されるようにそのほとんどが慢性炎症性疾患に関係し、以前は慢性感染症(結核やlepra、骨髄炎など)が主なものだった。原因疾患として気管支拡張症(Ann Intern Med 1996; 124: 407-413)やCOPD(Nephrol Dial Transplant 2002; 17: 2003-2005)が挙げられたりするのも慢性気道感染を伴うものだろう。ところが、最近では非感染性のものが増え、中でも関節リウマチ(RA)が9割を占めるにいたっているらしい。生検で確認されたAAアミロイドーシス患者(男性38、女性26人)を調べた研究によれば、基礎疾患はRAが42人と他を圧倒し、以下、感染症11人、炎症性腸疾患6人、その他5人であった(Medicine 1991; 70: 246-256)。まれながら固形癌症例でのアミロイド沈着も知られており、主に腎臓癌であるけれども肺癌症例も報告されているようだ(Clin Lung Cancer 2003; 4: 249-251)。さらに注目されることに、これらのAAアミロイドーシスに対して抗IL-6受容体抗体や抗TNF-α療法がおおいに有望視されているのである(アミロイドーシス診療ガイドライン2010、Expert Opin Pharmacother 2008; 9: 2117-2128)。

最後に類縁疾患であるLight chain deposition disease(LCDD)に触れておきたい。上に述べたように免疫グロブリン軽鎖が組織に沈着する場合、AL amyloidとして認められることがほとんどであるのだが、実はもう一つの様式をとることがある。それがLCDDで、このLight chain depositは組織学的にアミロイドーシスに似ているけれどもCongo red染色で染まらない(Am J Surg Pathol 2007; 31: 267-276)。びまん型と結節型の二つのパターンに分けられ、それぞれアミロイドーシスのそれに相当するという。とくにびまん型の予後はともに不良であることが知られている。とすれば一つの疑問が湧いてくるだろう。はたしてLCDDをアミロイドーシスと区別して扱うべき臨床的意義があるのだろうか。そもそもアミロイドーシス自体、沈着している蛋白が様々で、種々雑多な疾患から構成されているのだ。それなら部分的に顕微鏡所見が異なるにせよ、同じ蛋白に由来し類似した臨床病理学的所見・病態を示すものをそこに含めてもそれほど乱暴な話ではないように思えるのである。 (2011.11.14)

好酸球性疾患

2011年03月21日 05時43分46秒 | 全身疾患と肺
ヒトの体を構成する約200種類の細胞のなかでも、とりわけ鮮やかに染色され、レンズを覗く者の目を惹きつけるのが好酸球だ。これが病態の核に位置する疾患は多岐にわたり、呼吸器の領域に限っても気管支と肺を舞台として数多くの疾患群が錯綜している。ここでは好酸球性肺疾患、とくにHypereosinophilic syndrome(HES)に焦点をあててみようと思う。

末梢血中の好酸球増加を伴う肺疾患群としてReederらがPIE(Pulmonary infiltration with eosinophilia)症候群を提唱したのは1952年だった。単純明快かつ臨床的にも便利なこの概念は、半世紀以上を経たいま、その意義をすっかり失ってしまったというわけではないけれども、組織学的に肺の著明な好酸球浸潤を認めるものがすべて末梢血の好酸球増多を伴うとは限らない。そこで、末梢血好酸球増加の有無を問わず、肺組織における好酸球浸潤こそが本質的事象であるとしてLiebowらによって提唱されたEosinophilic pneumonia(EP)がPIEにとって代わることとなった(分子呼吸器病 2000; 4: 497-504)。実際上は病理組織の代わりにBAL(気管支肺胞洗浄)がおこなわれ、マクロファージを除くBALF細胞のなかで好酸球がもっとも優勢であることをもってEPの診断根拠とすることが多い(Allergy 2005; 60: 841-857)。具体的には、BALFにおける好酸球分画は健常人で2%を超えることはなく、ただし2%~25%では非特異的所見とされることから、急性好酸球性肺炎(AEP)の診断においてはcut-off値は25%以上とされ、慢性好酸球性肺炎(CEP)においても40%以上とすることが推奨されている。とはいえ、BALF細胞分画中の好酸球増加が肺組織でのEP所見をいかに反映するかを厳密に示した研究はないようだ。

このように、EPは基本的に肺組織内に第一義的な病変があることを想定し、実際、ABPA(アレルギー性気管支肺アスペルギルス症)や寄生虫症などはもちろん、EP症例のほとんどにおいてBALF中の好酸球比率は末梢血におけるそれよりも高いことから、そこに浸潤している好酸球すべてが肺の傷害に寄与していると想像しがちであるけれども、必ずしもそうではない。単なる傍観者としてそこに存在するにすぎない場合や、むしろ、寄生虫に対する生体防御に積極的役割を担うものもある。一方、末梢血好酸球増加に臨床的意義がないわけではもちろんなく、その存在がEPを疑う重要な所見であることは間違いない。しかしながら、たとえばPneumocystis jiroveciiなどの肺感染症、非小細胞肺癌やリンパ性白血病などの腫瘍性疾患、さらには関節リウマチやWegener肉芽腫症などの膠原病関連疾患、特発性間質性肺炎やサルコイドーシスなど、一般にEPとはみなされない疾患でも軽度の末梢血好酸球増加をきたしうることは充分に認識しておく必要がある。以上を踏まえ、EPは研究者によって様々に分類されているけれども、臨床的な観点から、特発性のものと原因が明らかな続発性のものに大別し、さらに前者を肺に病変が限局するものと他臓器に及ぶものとに分けるのがわかりやすいように思う(Interstitial Lung Disease 4th ed. BC Decker Inc 2003年)。

この特発性のEPのなかで、HESはChurg-Strauss症候群とともに多臓器を侵す代表である。もともと、1968年にHardyらが原因不明の好酸球増加に心・肺・腎・消化管・皮膚・中枢神経系などの臓器障害を伴うものとして名づけたもので、個々の臓器というよりむしろ末梢血を含む全身性の病態として捉えようとするものだ。その後、Chusidらによる、①6か月以上持続する末梢血好酸球増加(1500/μL以上)、もしくはHESに関連する徴候を伴って6か月未満で死に至る、②アレルギー疾患や寄生虫疾患など好酸球増加をきたす疾患を認めない、③好酸球浸潤によると考えられる臓器障害(心不全、消化器機能障害、中枢神経異常、発熱、体重減少、など)がみられるもの、との診断基準が広く用いられてきた。男女比は9:1で、年齢は20~50代を中心に分布しているという。HESにおける肺病変は心、皮膚、神経系障害に次いで多く、40%~60%にみられ、夜間の咳や喀痰、喘鳴、呼吸困難などの症状を呈する(Blood 1994; 83: 2759-2779)。まれながらARDS様の所見を示した症例の報告もあるようだ(Chest 1994; 105: 656-660)。画像では特異的所見に乏しく、CTにて時に周囲にすりガラスを伴う結節影や巣状ないしびまん性のすりガラス影がみられる(Radiographics 2007; 27: 617-639)。剖検で好酸球の浸潤にくわえて浮腫やうっ血、血栓、梗塞をみたとの報告があり(Chest 1994; 105: 656-660)、実際、肺の浸潤影を認めてもそれが必ずしも好酸球による肺傷害とは限らない。むしろ、そのほとんどは心不全に伴う肺水腫によるともいわれ、その他、過凝固状態に起因する肺梗塞、さらには感染症の合併によるものもありえる。慎重な評価が欠かせないのはいうまでもないが、BALFでの好酸球増加はHESそのものによる肺病変を示唆する所見だ。同様に、胸水もHESの約半数にみられる頻度の高い異常であるけれども、しばしば随伴する心不全や肺塞栓によるもので、その性状は漏出性であることが多いとされる。それでもまれに滲出性で、好酸球優位の例も報告されているようだ(日呼吸会誌 2001; 39: 862-867)。

上に示した従来のHESの診断基準は好酸球増加を続発する疾患を注意深く除外し、そこから混じりけのない純粋な一群を抽出しようと企てたのかもしれないが、結果的にはあくまでも一部の表現型を共有するにすぎないものだった。そこには予想以上に多様な疾患群が紛れ込み、治療反応性や予後も一様でないことが明らかにされつつあるのだ。たとえば、主たる病変が肺にあるものではステロイドによく反応し予後も良いのに対し、心臓や中枢神経を侵すものは予後不良であることは比較的早く気付かれていた(Allergy 1982; 37: 539-551)。最近では分子レベルの解析も進められ、クローナルに増殖したTh2リンパ球がサイトカイン(主にIL-5)を産生するLymphocytic variantと、肝脾腫や貧血、血小板減少、血清ビタミンB12増加など骨髄増殖症候群の特徴を有するMyeloproliferative variantの存在が認識されるに至っている。とくに後者は細胞遺伝学的異常を伴い、時にEosinophilic leukemiaを発症するものがあるとされ(Allergy 2005; 60: 841-857)、さらに重要なことに、遺伝子異常をもつ一部の群ではimatinibが有効であることが示されたのである(Curr Opin Pulm Med 2007; 13: 422-427)。

上述のように、HESがそもそも既知の疾患・病態に続発したものでない、特発性のものと規定されていたことを踏まえれば、遺伝子レベルであるにせよ何らかの原因が解明されたものはHESの要件から外れることになりかねない。それを避けようとするなら、“続発性”の含む範囲を限定しつつ境界を明確にすることが求められるはずだ。これに限らず診断基準を構成する項目の一つひとつに対して浴びせかけられている数々の指摘は必然的にHESの概念そのものにも反省を促す結果となり、今や再定義/分類の試みが進行している状況である(J Allergy Clin Immunol 2010; 126: 45-49)。たとえば、CEPは女性に多く、約半数で喘息を合併し(Curr Opin Pulm Med 2004; 10: 419-424)、治療を含めた臨床経過についてもしばしばアルキル化剤が用いられるHESとは同一視しがたいものというのが従来の理解だった。しかしながら、Chusidらによる古典的なHESの規準を満たす症例もありえるうえに、CEPにおいても肺外病変を伴う例がないわけではないことから(Medicine 1998; 77: 299-312)、広義のHESに含まれるとする見解も提出されているのだ。

ここに見てきたように、好酸球性疾患をめぐる概念は変わりつつあるけれども、それを単に研究が進化し、証拠が蓄積されてきたという理由だけで説明してしまってよいのか疑問である。花粉症や喘息などのアレルギー関連疾患と同様に、好酸球性疾患も増えているのではないかとの不安をぬぐえず、しかも、AEPのような新たな病態が認知されたのもごく最近のことであることを考えれば、質的にも変化を遂げつつあるのかもしれないと懸念せずにいられないのだ。原因がいまだ特定されていないとはいえ、何らかの人為的環境中の抗原への暴露がひとつの要因であることは確からしい(Am J Respir Crit Care Med 2002; 166: 797-800)。しかしながら、因果関係を最終的に証明するには少数例の検討のみでは限界があるのは明らかだ。とくに頻度の少ない疾患については全国規模で疫学的研究を進める必要があるけれども、はたして日本の医学会にその力量があるだろうか。 (2011.3.21)

組織球性疾患――その2

2010年10月04日 04時35分13秒 | 全身疾患と肺
前回、Langerhans cell histiocytosisをはじめとするhistiocytosisについて述べた。これだけでも充分な内容を有するけれども、Histiocytic disordersとしてまとめられる範囲は思いのほか広く、もうひとつ無視できない大きな疾患群がある(Med Pediatr Oncol 1997; 29: 157-166)。すなわちMacrophage-relatedの中に分類されている血球貪食症候群(Hemophagocytic syndromes: HPS)がそれで、Histiocyte Societyによる診断規準に示されているように、発熱、脾腫、臨床検査における血球減少、高フェリチン血症などを呈し、高サイトカイン血症により進行性の臓器障害をきたす全身性の病態である(Pediatr Blood Cancer 2007; 48: 124-131)。

このHPSはさらにPrimary(Familial)とSecondaryとに分けられる。後者はウイルスなどによる感染症やリンパ腫を代表とする悪性腫瘍に関連したものがよく知られているが、もちろんそればかりではない。SLEなどの膠原病(J Rheumatol 2010; 37: 967-973)や、免疫異常をともなうChediak-Higashi病、Griscelli症候群、Hermansky-Pudlak症候群typeⅡ、また、壊死性リンパ節炎、さらには脂肪に富んだ経静脈栄養で生じることもあるという(Med Pediatr Oncol 1997; 29: 157-166)。膠原病関連のものとしては全身型若年性特発性関節炎など小児に多いのが注目される(Curr Opin Rheumatol 2002; 14: 548-552)。発症の誘因はしばしば明らかでないものの、基礎疾患の悪化やウイルス感染に加え、アスピリンなどのNSAIDsや金製剤等、薬剤投与もありえるようだ(Curr Opin Rheumatol 2002; 14: 548-552)。一方、familial HPSはNK細胞のcytotoxic functionを司るperforinなどの遺伝子に問題があるものだが、劣性遺伝のため必ずしも家族歴を有しているとは限らない。しかも発症年齢は乳幼児期から40歳代まで幅広く分布しすることに加え、EBウイルスなどの感染が発症のトリガーになることもまれではないことから、secondary HPSとの鑑別は意外にむつかしいことが指摘されている(Curr Opin Allergy Clin Immunol 2006; 6: 410-415)。

このように基礎疾患によって多くの亜型に分けられているものの、それらの病態には共通するところが多い。そして、現在その根本的原因と目されているのはNK細胞やcytotoxic Tリンパ球の機能異常である。それにより、免疫反応の最初の数時間ないし数日で、①ウイルスのような細胞内病原体に対するinnate immune responseによる防御機構が働かず、②抗原提示細胞と抗原特異的T細胞の間の相互作用が適切に行われないことによりその後に続くべきadaptive immune responseが誘導されない。さらにその後の数日~数週で抗原提示細胞のみならずeffectorとして増加したT細胞クローンをアポトーシスに導くことができないため、免疫反応・炎症反応が収束しない。このようにして、正常の制御から逸脱して活性化されたhistiocyteやT細胞に由来するIFN-γ・TNF-α・IL-12・IL-6・IL-1β・GM-CSFなど多量のサイトカインが進行性の臓器障害をもたらすと一般に信じられている(Curr Opin Allergy Clin Immunol 2006; 6: 410-415)。病態の結節点に位置しているように見える血球貪食はその疾患名にも採られた代表的な所見ではあるけれども、上に述べたように、マクロファージは反応性に活性化しているに過ぎず、この像は疾患の初期にはみられないこともあり、むしろ炎症を抑える役割を果している可能性さえ指摘されているようだ(Autoimmun Rev 2008; 7: 305-308)。

このHPSもまれであるには違いないが、ときに致命的になりうる重要な疾患である(Int J Hematol 2001; 74: 209-213)。基礎疾患をもつ患者では慎重な観察が求められ、たとえば血球の急速な減少がみられれば、早期発見の糸口になる可能性がある(J Rheumatol 2010; 37: 967-973)。市中病院のレベルで本疾患の可能性を念頭におくことは実際にはなかなかむつかしいけれども、それほど重症でもない市中肺炎にHPSを併発した症例や(日呼吸会誌 2003; 41: 712-716)、インフリキシマブ治療中に発症した結核関連HPSが報告されている(日呼吸会誌 2010; 48: 449-453)。とくに後者に関して、最近TNF-α阻害薬や抗IL-6レセプター抗体など易感染性をもたらす生物学的製剤が広く用いられていることもあり、注意しておくにこしたことはないだろう。

最後に、HPSに関しては複数の疾患名が乱立し、しかもお互いにどのような関係にあるのかも明らかでないことを指摘しておきたい(膠原病診療ノート 第2版 増補 日本医事新報社 2006年)。小児科領域ではHemophagocytic lymphohistiocytosis(HLH)という名称が好まれ、小児リウマチ専門医の間ではMacrophage activation syndrome(MAS)のほうが一般的であるという。けれども、このHLHにしろ、MASにしろ、基本的にその病態を異にするものではない(Curr Opin Rheumatol 2003; 15: 587-590)。さらにMASについてはしばしば全身型若年性特発性関節炎との関連が指摘されるけれども、Rheumatic disease-associated HPSとみなすものから(Curr Opin Rheumatol 2002; 14: 548-552)、もう少し包括的にsecondary HPSと同義であるという意見まである(Autoimmun Rev 2008; 7: 305-308)。このように部外者のみならず専門家同士の理解をも拒むかのごとく錯綜した状況にあるのは、学問的な必然に由来するというより、研究者がその専門領域ごとに孤立し、内向きの議論に明け暮れてきたからだとすれば、知的怠慢だと言われても仕方がないだろう。実際、これまでに疾患名の再検討・統一を呼びかける意見もなかったわけではないのだ。国籍や民族、社会的地位、信条、そして学閥という政治的集団による束縛とは無縁な、真理を語るべき言葉が共有されていないのは、何よりも患者にとって不幸な事態であると思う。 (2010.10.4)