
宮古の炊き出しに行った後の自分のblogでも書いたけど、実際に現地に行くと色んな事を考えてしまい、
俺がもし大金持ちだったら…
なんて無意味な事を
思ってしまう。
そのくらい残酷な景色だった。
東北の人は明るく、素敵な笑顔で、まるで泥水に咲く美しい花って感じだった。
もし権力と時間と金があったら…
日本全国の何かやりたい金持ちに呼びかけて、それぞれの街の担当になってもらう。
もちろん俺もなる。
復興支援を責任持ってやる。
気仙沼なら気仙沼を金持ち「何人か」で担当し、一刻も早く雇用を出せるようにする。
やり方はみんなで考える。
いつかは必ず復興するんだから
ただ、寄付じゃなく投資としていつか自分に返ってくる仕組みを作りつつ、国が出来ない事をやる!
こないだ行った宮古の小さな避難所。
もし自分が金持ちだったら、一回の炊き出しだけじゃなくて、このくらいの規模ならもっともっと色んな協力が出来るって思ってしまった。
もしお金持ち会社の社長だったら
そこの街に投資しつつ
更に、避難所に一緒に何人かで泊まらせてもらい、同じ生活をして、復興を手伝い、実情を知る。
もちろんちゃんと宿泊費を払う。
現実を知る人間は増やした方がいいと思う。
だから社員も自分の後に行ってもらう。
それは金持ちじゃなくても出来ると思うけど、
もし自分なら現実的に役に立ってないと、泊まらせてなんて言えないかな。
今大事なのは起動力と
スピードだと感じる。
赤十字に寄付されたお金は未だに振り分けされてない。
いずれは振り分けされる
大事なお金だと言うけれども、
寄付する人の心理は
「どうせまだ使われないし」
とか思う人だって多いと思う。
だから、半分でも
「使う事が大事」だと思う。そうじゃないと
すぐに使われないって
事になり、寄付も集まらないと思う。
金持ちじゃなくても
出来る事はいっぱいある。そんなのわかってるけど、
そう思えてしまうくらい
自分の無力さを感じてしまった。
気仙沼出身の友人が
気仙沼に戻った時に
一番喜ばれたのが義援金だったという事実がある。
せっかくなら仲間の地元にフォーカスを当てて、
全面協力したいのに
平等にしなきゃいけないっぽい組織の感じはやはり存在するから、緊急な事に対応出来なかった。
とても悔やまれるが、
間違いではないので、
組織じゃやりにくい事は
自分でやろうと思った。
嫌な意味じゃなく、
物事を進める事に目的を叶える為以外の余計な感情は入れない主義だからだ。
今、寄付はとても言いにくくなってる。
それぞれが、もう
それぞれで出来る事をやってるからだ。
だから今寄付を呼びかけても、中々集まらないらしい。その気持ちもわかる。
行き所が曖昧で
明確に協力出来るシステムに乏しいからだ。
お互いの顔が見えるシステムを
作る事が大事だと思う。そして、こっちからの応援メッセージと被災地の人達からのメッセージとを繋ぐ事をやったらどうか?とも思う。
「寄付」のくくりにせず、
「協力」にして、お互いに顔の見える心のつながり
が今からは大事じゃないかなと感じた。
その時に初めて、一緒に頑張って行きましょうって言えるんじゃないかな。
この震災が、短距離じゃなくて長距離だという
事を、今一度日本全土が
考え直してほしいと思った。
発言力のある
強力なリーダーがほしい!
この自分の体も
もう一つほしい!