囚人掘について、其ノ壱

2009-01-18 23:06:50 | 小説
奇しくもその日は、普段よく通る道沿いを流れる川が、俗称;囚人堀と呼ばれているのを知った日だった。共鳴しているのだろうか?時代によって囚われの身である魂が...

平常、腰が悪い祖父の代わりに無職ゆえオレが使いっ走りに自ら志願して突っ走り、菩提寺への御布施納金等を月に数度の割合でしていたのだが、祖父の話によると昭和十年当時、強制労働、雑役として駆り出されたらしいことしか判明しておらず、囚人堀について詳しく知りたくなり祖父の家からの帰途、図書館に寄って市史等を照らしてみたらば、何でも、、、と書き記したいのは山々なのだが、オレの調べ方が悪いのか?全く資料が見当たらなかった。これは、我が街のダークサイドやも知れない…!っつうか、多分、市史に残すほどの大事業ではなかったのだろう。
しかし、発見出来なかった絶望の最中、市史に於いて偶然発見した興味深い、“男の怨念”と題された文章が在った。
それは大正時代の話で、或る藝妓屋の話である。今はもう廃業してないのだけれども、藝妓屋として繁盛していたころの話で、その店に珠龍と云う藝妓がいたらしい。東京の生まれで藝は一通り。加えて容姿端麗、客も一人や二人と言わず、我が街に於ける要人に当たる人物も中にはいたそうだ。そして、その中に一人、東京から来る、来ると言っても連日連夜ではなく、月に二三程度、自らを商人であると名乗った男がいた。毎度自動車で来ていたのだが、自動車は当時、漸くこの地域でちらほらと見掛けられるようになった程度で、その懐具合が窺い知れた。住所氏名は決して明かさず、東京へ連れ出し、芝居等を見物させたが、この時でさえ、身の上に関しては、一切喋らなかった。珠龍も別段、こちらから惚れ込んではいず、また詮索する必然もあらず、訊こうともしなかった。
そんな付き合いが一年半も続いた或る日、二人は小旅行をすることになった。男の誘いを何となく、今まで世話になった恩義も感じて了承し、行き先は九州の或る都市であった。
男は旅館に泊まった晩、珠龍を海岸に連れ出し、突然、心中話を切り出した。しかし、好きでもない相手との心中など真っ平御免蒙りたいと思った珠龍は、断ることを念頭に置きつつも、ここで変に刺激すると、この男、何をしでかすか判ったもんじゃないと、
「ゴッメエーン!死ぬのはいいんだけどさァ?遺書とか身辺整理とか、色々あんじゃん?判るよねえ?判るよねえ?判るよねえ?成人男子だったら、判るよねえ!取り敢えずはさァ?旅館に一遍、戻らねえ?」
ってな感じで。男は、存外容易に納得し、
「なァ~んつって!嘘!嘘!マジにすんなって!自殺なんてする訳ねえじゃん?お前を試したんだよ!かはっ!」
と、お道化た仕草で、曰った。



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