「自分と警察との距離を明確にしたかった。」
そう絶食していた理由を述べて、市橋達也は食事に手をつけたそうだ。
ところで、市橋達也とは、DQNなのだろうか?非DQNなのだろうか?この、オレ以外は誰も興味がないであろう疑問についてこれから検証してゆきたいと思う。市橋達也は逮捕時に、或る推理小説を所持していたと云う報道があったので、それでは常日頃はどんなものを読んでいたのだろう?と、また、それら手掛かりから本人がDQNなのか?非DQNなのか?少しぐらいは判断がつくと思われるので、それについてネット検索をしていたらば、少年ジャンプに掲載されている或るガキ向けの漫画を読んでいたのではないか?と云う書き込みが引っ掛かった。その他のラインナップもざっと見る限り、別に特殊な傾向がある訳ではなし。これではDQNアティチュード丸出しではないか?と云うような印象を受けた。(まあ、そもそも、そのラインナップ自体に信憑性などないのだが…、)結局、何のことはない、(誤って)ぶち殺して(しまい)、捕まりたくないから逃げただけ(ってえか、死体遺棄の容疑だけだから、殺したと断定は本来出来ないのだが…)。其処には何の思想も、美学もない。只単に、我が国の警察が間抜けだっただけ。また、其処にはドラマチックな逃走劇も、物語自体すらない。期待するだけバカを見る。映画で描かれるような波瀾万丈の逃避行を妄想しているのはこちらだけで、物語化を無理矢理強要しているだけかも知れない。しかし、先述したか?していないか?すら判然としないくらいにこの小説はイーカゲンなものなのだが、“生”(若しくは、性)に対する執着は並々ならぬものがあることだけは確かだろう。そして、今回の発言がどのような意味を孕んでいるのかは余り汲み取れず、取調べに対する協力を拒絶、それに対する取調官の出方を様子見し、これからの袖の振り方をを考え、「お手並み拝見と洒落込みますか?」と言った按配で完璧国家権力自体をナメ切っているようにしか見えない。
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