イスラームとキリスト教

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イエスは十字架にかけられなかったことをキリスト教徒がみとめた?

2006-08-23 18:51:00 | キリスト教
イエスは十字架にかけられなかった・・・これはムスリムの認識である。

「わたしの代わりになる者は?」とのイエスの問いかけに対し、その中で一番小さな者が「わたしです」と応えた。
イエスは再びたずねたが、その人は「わたしです」と再び返事をした。
三度目に同じ人物が答えたとき、イエスは彼が自分の身代わりとなることを知った。
その人の外貌は神によってイエスに似せられ、十字架にかけられた。

イエスが十字架にかけられた、ということはキリスト教徒にとってなくてはならないことのようである。
キリスト教徒にとっては神の存在そのことよりも「イエス様が私たちの罪のために十字架にかけられた」ということが、より重要であるという印象を受け、私はキリスト教徒との間の溝が予想以上に深いと感じたことがある。

「イエスは十字架にかけられなかったとキリスト教徒がみとめ、聖書もそのように改訂された」とあるムスリムの方がおっしゃっていたので、私はびっくりした。
そして改訂されたという箇所を聞いてみた。
 
2006年4月7日付ワシントンタイムズの記事(Judas stars as 'anti-hero' in gospel)に載っていたという。

(関連記事: The Quran Miracles Encyclopedia

→概略「十字架にかけられたのはイエスの顔に似せられたユダであった。聖クルアーンの記述と合致している」

しかし、ナショナル ジオグラフィックの記事の内容は違う
ナショナル ジオグラフィック-1
「ユダは裏切り者ではなかった!」(「、、、ああ、この話のことだったのか」と気付いた。これ、そういえば巷で騒がれてた。)

ナショナル ジオグラフィック-2

→概略「ユダがイエスをローマの官憲に引き渡したのは、イエス自身の言いつけに従ってしたことだと書かれています。」
・・・イエスが十字架にかけられたことはそのままになっているようだ。

この度発見された紀元後30年のものとみられるパピルスは「ユダの福音書」という。これはグノーシス派と関連付けられているから、その内容の真偽を疑う見方があるそうだ。
理由はグノーシス派はカトリックを正統派とした場合の異端派であるから。

(私にとってはカトリックも正統ではないのだから、カトリックとの関連からグノーシスを異端であるという結論には至らないが。)

とにかく、この話は一般のキリスト教徒にはあまり注目されていないみたいだ。

イエスが十字架にかけられたということが、キリスト教徒には信仰の土台だから、受け入れられないのも不思議はない。
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