遊山箱と体験日記

遊山箱を通して見つけたことを色々

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遊山の会について反省会

2006-04-05 16:03:24 | 会議録

4月9日に吉野川河川敷で催した遊山の会は、天候の悪い中大勢の方にご参加いただきとりあえずの成功を収めました。

しかしながら会を通して主催者として反省すべき点がいくつか残されました。
事後会議において指摘された事柄について。
・(今後)雨の際の開催の有無
会開催直前までその有無がはっきりせず迷惑だった。
今後は雨天完全中止の方向で行きたいなど。

・情報発信媒体は新聞が◎
ネットや先生の新聞上連載による情報浸透度は低め。新聞行事欄に載せるべき

・場所のわかりにくさ
今回は藍畑老人会さんの持参してくださったテントが目印となったけど、それがなければ迷う。”のぼり”などで目印とするなどの案。

・ 金をかけないと言う方針は絶対的でない
県内の様々の名所での開催、そしてその費用を自己負担。遊山箱の貸し出し。今という時代のための新しい遊山を提案企画すること。

・イベント的にしたくないということは、主催者としての責任をさける理由にもなった
あくまで遊山を楽しむ目的で自主的に集まる人のための会という設定だったが、その設定は逆に言い出しっぺ(主催者)としての責任をそらしたことにもなった。
責任の不在が反省すべき数々の問題の根元でもある。
結局今回の会もイベント的にしたくないと言う主旨の(結局)”イベント”であった。


また会議の中で三宅先生が遊山への熱意と展望を熱弁してくれました。
・徳島強いては日本をもっとスローライフにする上で遊山が重要
先生がおっしゃるには、遊山という習慣が最近まで徳島に残っていると言うことは、徳島がそれだけゆっくりした街であるというということを意味し、徳島の人間は忙しすぎる現状にストレスを抱えすぎているはずと言うことです。
そのためにも遊山は必要である一方、関西に多く散らばる徳島人を遊山の日を設定することで呼び戻してはどうかなどご提案なさいました。

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会議4回目

2006-03-14 21:43:29 | 会議録
今回は3月14日に、郡氏 塩田氏にご参加いただき開催しました。 主に遊山の会の開催場所の検討を行いました。

 ・場所として眉山、天神さんを選ぶことに関して、その立地が都会的で高齢の方の思い出にあるものとは違うことや、酒臭い”花見客”と居合わせることへの恐れなどから三宅先生が再検討を提案。

・場所の再検討に際して、吉野川の土手、不動の吉野川南岸(鉄橋付近)などが候補としてあげられました。ただ吉野川土手はトイレが不整備であること、不動は人が集まる場所というよりは”穴場”といった場所であり、牛の糞も多いらしいことなどで、ともに却下となりました。

・天神あたりは花見客は少ないし、場所も天神に限らず眉山山頂も含めてはという提案が郡氏からなされました。眉山山頂を開催地に含める場合、山頂までハイ キングを含めることでその山道で今では忘れ去られ気味の”名所”を通れること(厳岩寺、春日神社、大滝山、野鳥公園など)、また山頂の景色の良さを楽しめ ること(物見遊山)などのメリットが指摘されました。

・遊山箱の展示及び新作発表を行う、籠屋町商店街桜祭りの実行委員をなさっている郡氏が、遊山箱の持つ意義について発言されました。祭りの企画をする経緯として、これまで企画を他人任せにしてきたことへの疑問意識からはじまったこと、他商店街へも影響を及ぼし商店街間の協力も始まっていることなどについて言及されました。 ご参加いただきありがとうございました。


 今後も遊山箱倶楽部にご協力お願いします。
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会議3回目

2006-03-10 23:12:00 | 会議録

参加メンバーは建築家福田頼人氏、籠屋町商店街から郡氏、漆器店の市川さん、それに四国放送の方でした。



会議の内容は、遊山箱の”新作”を”稚児行列”という行事に於いても利用すること、籠屋町のイベント桜祭り(3月21日)でも新作の発表の場をもつこと、市内での遊山祭り(仮称)の内容などについての意見交換でした。


・市内の遊山祭りについての議論では、若い親と子と、遊山を懐かしむ高齢層とが同時に遊山を楽しむきっかけを作るにはどうするか、遊山を演出する為に何をするか、について商店主の方々が主になって活発な提案がなされました。
その内容は、開催場所を眉山下天神神社周辺にして子供の学業成就祈願を神主さんにしてもらうのを兼ねること、そこでの(遊び下手な?)子供の遊びも充実(プロデュース)させること、大人に対しても箱回し・えびす回しなどの昔ながらの芸能の名手を招いて時間をすごしてもらうことなどです。
この魅力的な提案の効果としては、遊山がお年寄りと子供の親との世代間の交流を促し充実した時間を過ごさせてくれること、子供に裏山遊びのおもしろさを気づかせてくれること、大人にも神社下の地域寺町などの史跡や(今では)隠された桜名所なども目を向けさせてくれる、などが指摘されました。
 僕自身も提案をお伺いして、これを体験できる子供を羨ましいと思うと同時に、遊山を通してできた共同体に参加することに興味が沸きました。
僕は幼少期も市内にいたのですが、天神神社周辺は今思えば遊ぶのに絶好の場所(周囲にあるもの、見晴らしのよい、自然が結構ある)なのに遊んだ記憶がないです。子供だったらそこで遊ぶことはどんなに良い記憶になるだろうと思います。
徳島市の中心には眉山があり夜景が綺麗云々…とかいう観光向けのせりふはよくあるけど、そんな"外者の為の嘘臭いありがたみあるもの"としてでない、子供時代の遊びで良い思い出として体験できる”街の良いところ”がそこにはあるのでないかと思います。

・今回の会議に「”遊山”の直接の記憶を持たれる商店主」の参加をしていただけたことで、今後の”遊山箱にまつわる活動を行うことの意味”が顕在化され、それによって活動の具体的方向性が明確になったように思われました。
具体的には、遊山があくまで子供のものであることであることである一方で、(そういう子供時代を懐かしむ)大人も参加できる行事として、新たに復活・普及を試みていこう、それによって地域の繋がりへも貢献しうるのでないかということ。


・女将さんの遊山という行事の復活への強い期待とその訳を直に感じました。
そして同時に徳島市中心街の再生に向けて遊山箱を用いたいという意気込みと自信をお伺いすることが出来、今後の展開へ強い期待を感じました。
 女将は、市内中心部の商店街の衰退をどうにかしたいと商店主は皆思っていてもその為の会合さえひらいてこなかったこと、しかし三宅先生が遊山箱を再び掘り起こして今街が活気づいていること、難しいこととしてでなく単純に子供の頃の楽しかった思い出を現代の子供、大人の為に役立てることで町おこしに繋がるのでないかと興奮して期待している、という趣旨のことをおっしゃっていました。
 まちづくりの方向性を遊山が教えてくれるようです。
(羽振りのよい産業に肖ることで華やかな文化があるというだけの)都市のまちづくりのやり方は、地方が元気になるためのまちづくりのあり方ではないと思います。潜在的な市民の要求をくみ取ることがこの場合の遊山を中心に街を考えることなのかも知れません。

かなり活動が勢いを持ってきた感です。今後の動きに期待です。


本日も会議に参加していただきありがとうございました。

今後とも遊山箱倶楽部の応援を宜しくお願いします。

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会議2回目

2006-03-02 23:59:54 | 会議録

建築家の福田頼人さんと、県庁の新居美佐子さん、商工会の塩田さんをお招きして会議の二回目を開催しました。

 主に博物館での展示や遊山のイベントのあり方について、どうあるべきかで三宅先生が悩んでらっしゃって、それを参加していただいた方各位に相談するという形で進行しました。
 議論のテーマは、本来普通の庶民の習慣である遊山について、イベントを市内の中心部ですべきか、そして博物館で遊山の展示もすべきかと言うことであったのですが、その議論の結果として博物館での展示もしても良いだろうし、どこでやるかより”現代版の遊山”ができるのであればいいと言うことになりました。
 この議論においての問題点とは、先生が学者として着目し実現したいと願っていた遊山の良さに対して、今現代の私たちが遊山をして何を楽しいと思うかが、少し違うことだと思われました。
先生が遊山箱の研究で見いだした、遊山という生活の中にある美学が再現不可能かも知れないし、再現する必要さえないかも知れないという風なことを感じました。自分だったら単純に参加したいだけだと思いました。

以下遊山についておもしろい提案など
・うめぼしを詰める
・みかんの花、梨の花で遊山兼花見
・おばぁちゃんと孫で遊山(僕自身もお年寄りから昔の話を聞きたいと思いました。)

外部から会議に出席してくださった皆様、お忙しい中にもかかわらず参加していただき誠にありがとうございました。
今後とも遊山箱倶楽部の応援を宜しくお願いします。



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遊山箱を製作している工場を見学

2006-02-21 01:54:11 | 会議録
遊山箱を製作しているという木工所、江渕鏡台店さんへの三宅先生の取材に同行しました。
最近、三宅先生の連載されている新聞記事の影響を受けて徳島県下で遊山箱が話題になってきているらしいのですが、江渕さんの店もそれに賛同して新たな遊山箱を製作されているとのことです。

そこで制作中の遊山箱を拝見しました。
思ったより小さくてかわいらしいものでした。
主に小学校低学年女子向けらしいです。

以下お話を伺って気になったことを少々書き留めて於きます。
遊山箱は地域や親戚の繋がりの中にあったもの
遊山では遊山箱にお菓子を詰めて山へ行くのですが、そのお菓子はハロウィン的に”お隣さん”や””親戚”から提供されていたということです。
それは今なんかより隣近所や親戚との繋がりがあった時代のできごとなんだなと思いました。
江渕さんが「遊山箱を製作することが商売としては儲けられないものかも知れないが、遊山箱を製作できることが嬉しい」といった趣旨のことをおっしゃっていたこと
まず徳島の木工産業の衰退が思い出されました。
高度な技術をお持ちの職工さんが居るにもかかわらず、経済の影響、社会の動向がその価値を見えなくしている現状は寂しいと思います。
しかしそれでも遊山という行事が過去において地域に持たらしていた生活の豊かさへの憧憬が今まさに江渕さんらを突き動かし、生活の価値を再考する機会を与えてくれているような気がします。

感想
最近の徳島には漫画喫茶とパチンコ屋ばかりが多くなってきました。そういう一見便利そうでも”ジャンク”な臭いがするサービスに上手いこと騙されて、僕の財布からもうまいこと金が消えていきます。心の豊かさは誰かがお金と引き替えに与えてくれるものでなくて、もっと自然発生的な慣習にあるんじゃないかしらと思います。
今後もこの動きにちょくちょく便乗したいと思いますので、宜しくお願いします。

本日訪問させていただいた江渕さん、お忙しいところありがとうございました。
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