メディカル・ヘルスケア☆いのべーしょん

医療と健康(ヘルスケア)融合領域におけるイノベーションを考察するブログ

技術の進歩に伴う下位層へのシフト

2010-09-26 15:40:33 | 医療
クリステンセン著の「医療ビジネスのジレンマ」によれば、技術の進歩により専門医でなくてもユーザーが求めている診断、治療が可能となることが主張されている。このことは従来の医師の専権領域を下位の医療従事者が肩代わりする流れを創ることを意味する。たとえば、かつて医師の処方箋が必要だった薬は大量の大衆薬としてドラッグストアで入手し服用できるようになってきているように、時間を経て技術が進歩するにつれて、対象すなわち提供者や受給者が下位の階層へシフトする。

旧来の医療では医師が絶対的権限を持っていたが、現在では、コメディカルと呼ばれる各スタッフが担当領域にて自立し必要不可欠な働きをすることでそれぞれの役割を果たし医療が成立している。このような医療現場の実情を、技術進歩に伴う下位層へのシフトとみれば、これまで医師だけが持っていた医療行為上の権限はコメディカルを始めとするより下位の医療従事者に移譲、分業する流れが進むことが予測される。

米国では医療サービス提供者における階層化の概念が確立されているのに対して、日本ではようやく大衆薬によるセルフケアの意識が芽生えてきたものの、すぐに病院や専門医にかかってしまい、階層構造が出来上がっていない。日本では国民皆保険制度により安価で専門医療サービスを享受できるのに対し、米国では民間保険が主流なので、保険額により受けられるサービスの高低があるといった保険制度の違いはあるものの、ナースプラクティショナーやセルフケアなどより底辺の階層の充実を図ることが医師不足に対して効果があるものと考える。同様に医療施設についても、かつては総合病院でしか診断、治療ができなかった病気の診療方法が定型化されることによって診療所でも診断、治療が可能となり、やがては在宅でも可能となる日が来るかもしれない。

下位の階層へのシフトは医療機器ビジネスにおいても生じる。時間の経過とともに技術が向上し、ある時点で、市場の要求レベルに達すると、それまで技術レベルでトップにあった企業は、さらに上位の要求に対応する技術開発する結果、ボリュームゾーンは価格競争力のある、より下位の技術レベルの企業群に奪われ、いつしかボリュームゾーンから外れたニッチなマーケットを相手にしている状況に陥る。しかしながら技術のレベルを維持向上することを止めるわけにはいかない。
これをクリステンセンは’医療ビジネスのジレンマ’と語っている。

同様にこの概念は民生ハイテク機器にも当てはまる。
10年以上前にデジタルカメラが民生用として世に出たときはCCDの画素数は30万画素だった。それから数年は90万画素、200万画素、300万画素、、、と画素数が増えていくことによって格段に画質が改善し、画素数の多さが商品力であった。その後競争軸は、画素数から他に移り、顔認識や連写機能と様々な技術が搭載され、画素数は今やコンパクトカメラでも1000万画素を超える。 500万画素を超えるとPCのモニタ等一般的な観賞方法ではその差は判らないという。すなわち現在の競争技術レベルはマーケットにおけるボリュームゾーンのニーズをはるか上をいってしまっており、そのニーズはコスト競争力のあるより下位の台湾、中国製で十分満足しうるといった状況になっているといった具合だ。

このように書くと、非常にマイナスにとらえているようだが、悪いことばかりでない。そればかりか、医療健康領域におけるイノベーションが勃興する状況を描くことができる。

階層の中で、医療機器や診断方法の進歩によって、スクリーニングがより簡便にできるようになれば、専門医から一般医、そして看護師へ、やがては医療従事の経験者ならば簡易的な診療ができるようになると考える。また病院の処方薬から市販の大衆薬へと間口が広がるにつれて、元薬剤師が効果的な服薬法などのアドバイスする場面がでてくるかもしれない。さらに、簡便な機器を用いて、セルフで診断ライクなことが行える状況が近い将来訪れるかもしれない。
朝日新聞に掲載された神戸大学医学部の杉本氏によれば、「技術や知識を医師の領域に抱え込むのではなく、解き放って、人々が自分で病気の判断や予防ができるのが理想。たとえば一人ひとりが自分の医療データを持ち、ipad等を操作して判断できるようになれば不安は大幅に解消される」という’医療解放構想’を語っている。
当然ながら、権限のみならず医師のみが負っていた責任をも移譲するよう、同時に法の整備、改正が伴わなければ事は進まないが、いずれにしても、今後医療健康領域において下位層へのシフトは医療機器や診断方法の進歩によって加速するだろう。

出典
「医療ビジネスのジレンマ」ハーバードビジネスライブラリ クレイトンM.クリステンセン
朝日新聞2010.7.10付

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