ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

市民社会の可能性

2007年03月09日 | 日々の思い

 

 「KSG Today」-夜中の2:20頃になると毎日決まって送られてくるこのメールは、ケネディスクールで日々行われる様々なイベントの案内や就職やインターンシップに関するセミナーの告知など、貴重な情報で満ちています。魅力的な数々のイベントと山積する課題やグループワークを前に、毎日このメールを開くたび、優先順位付けに悩んでしまいます。

 そんな中、一昨日(3月7日)の夜に送られてきた「KSG Today」にはひときわ僕の興味を引くイベントの案内が。題して、

 「New Orleans After Katrina-A Community Leader's Perspective on Post-Katrina Recovery-」(ハリケーン・カトリーナ後のニューオリンズ-復興に向けたコミュニティリーダーの展望-)

 冬休み中に参加したニューオリンズでのボランティア活動、あるいはその後授業で扱ったケーススタディを通じて、政府の不在のもたらす災禍、そして非営利団体を初めとする市民社会の可能性と限界について深く考えさせられましたが、一昨日参加したイベントでは、ニューオリンズで起こりつつある住民主導の復興活動と、それを支援する企業、そして大学、即ちケネディスクールとの連携についての現状と今後の挑戦について、熱い議論が交わされました。

 ニューオリンズからケネディスクールまでやって来たコミュニティーのリーダーは、非営利法人Broadmoor Improvement Association代表のLaToya Cantrellさん。

 このNPOは1930年の設立以来、ニューオリンズ西部の町Broadmoorで低所得者や高齢者、障害者のケアや植林活動など、様々なコミュニティー活動を行ってきましたが、その真価が発揮されたのは、2005年8月にハリケーンカトリーナがニューオリンズの町を破壊した後でした。

 ニューオリンズの他の地域と同様、Broadmoorも3メートル近くまで水に浸かり、住民は生活の基盤を失いました。多くの住民はルイジアナ州の州都であるBaton Rougeや隣のテキサス州のHoustonに避難を余儀なくされ、かつて多様な人種や所得者層が調和を保ちながら暮らしてきた歴史ある地域Broadmoorは犯罪と略奪が横行するゴーストタウンと化してしまったのです。

 転機が訪れたのは、ハリケーン襲来後4ヶ月が経った2005年の年末。市長がニューオリンズ“復興”の一環として、Broadmoor地域にある家々を一掃し、一体を広大な公園にしようという計画を発表した時でした。

 Broadmoorで生まれ育ち、結婚式を挙げ、そして子供を育ててきた人々にとって、市のこの発表は、自分達のアイデンティティをそのものを一掃されてしまうような、ショッキングなものだったとCantrellさんは語ります。そうは言っても、町はゴーストタウン。住民が一家族だけで戻ってきても、学校や医者もなければ、警察も機能していない町で暮らせる訳がありません。
 

 そこで動いたのが、Cantrellさんが代表を務めるBroadmoor Improvement Associationでした。散り散りになっていた住民に呼びかけ、計画発表の3日後には、市の計画に反対するデモを実施、その後、住民主導による町の復興計画策定のためのプロジェクトを立ち上げたところ、約600人の住民がBaton RougeやHoustonから車で駆けつけたそうです。Broadmoorの町は、Cantrellさんの言葉を借りれば、「その全てを失ったように見えたけれど、住民のSpiritは失われていなかった」とのこと。住民が力を合わせ、お互いの家のGutting作業(ガレキの除去)からスタートしました。

 しかし、フルタイムの仕事を抱え、あるいは毎日遠くBaton RougeやHoustonから通わなければならない住民だけでこの復興作業を続けるのは困難を極めました。そこで動いたのがケネディスクールでした。

 ニューオリンズ出身で、現在ケネディスクールのBelfer Center研究所の研究員であるDoug Ahlers氏が、ケネディスクールの学生やスタッフを現地に派遣し、ケネディスクールで培った様々なノウハウを町の復興に活かすプロジェクトを立ち上げたのです。

 昨年春と夏の休暇期間中、30名近いケネディスクールの学生がボランティアとしてあるいはインターンとして、Broadmoor Improvment Associationに加わり、各人のこれまでの職務経験、あるいはケネディスクールで得た知見を下に、都市計画、教育復興、住居復興等の分野で、統計データの収集・分析やファンドレイジング(寄付金などの資金集め)、企業との連携の模索などで主体的な役割を果たしたそうです。

 こうした動きに併せて、クリントン前大統領が立ち上げたClinton Global InitiativeがBroadmoorプロジェクトに5百万ドルの寄付金を供与。さらに、著名アーティストがBroadmoorのSpiritに魅せられて住民としてプロジェクトに参加する事を発表。また、地元出身の従業員を多く抱える石油会社Shellも寄付金や物品の供与してくれることに。こうした中、ニューオリンズ市もとうとう、先に発表した「Broadmoor一掃プラン」を白紙撤回する事を発表したそうです。

 こうして軌道に乗ったプロジェクトにより、現在、ハリケーン前にあった2,900世帯のうち三分の二の復興が終了し、今年中には8割の復興が完了しそうであるとのこと。また、上記の著名人のほかにも、Broadmoorの精神や、ハリケーンにより下落した地価に魅せられた人々が町に引っ越してきているとのことです。

    

   -Broadmoor復興の進捗を伝えるNew York Times 記事-

 

   今年の春休みにもケネディスクールの学生20名近くがBroadmoorプロジェクトにボランティアとして参加するとのことで、一昨日の意見交換会では、参加予定の学生から、ニューオリンズの現状や、自分達に期待されている役割などについて、途切れることなく質問が出ていました。

 僕自身も、短い期間ですが、既にニューオリンズの復興に関わった経験を下に、問題意識をぶつけてみました。

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筆者:「Broadmoorで起こっていることは、この冬に僕が目にしたものと大分異なるようです。一年半近く経った今でもなお、ゴーストタウンが広がり、ガスや水道はおろか、最も悲惨な地域では、遺体の処理すら終わっていないと聞きました。同じ悲劇を体験した後に、Broadmoorとそのほかの地域でここまで大きな違いを生む要因はどこにあるのでしょうか?また、僕がニューオリンズで出会った人々は皆、市政府、州政府の不在を口にしていましたが、政府は何をしているのでしょうか?」

Cantrellさん:「やはり、ハリケーン以前からBroadmoor Improvement Associationが中心となって、市民の間の絆が強く出来ていたことが最大の要因だと思います。『この町に戻ってこよう、戻ってきたい』という強い意志を多くの住民が共有していなければ、プロジェクトは前に進まなかったでしょう。

 また、遺体の処理が終わっていないというLower Ninth Wardの話ですが、残念ながらそれは全く疑いのない事実でしょう。誰も崩れかかった家の中に入って遺体を運び出すことができないのです。あの地域は、堤防のすぐ近くあったので、家が土台ごと全て持って行かれしまったケースが殆どだったようですが、幸いにして、Broadmoorは水害は見舞われたものの、水の勢いは差ほどではなかったため、Gutting(ガレキ除去)さえすれば、何とか住める家が殆どだったのです。このことも、プロジェクト前進のための前提条件であったといえると思います。

 政府は何をしているか・・・それは、私達が知りたいことですよ。このプロジェクトを立ち上げて依頼、ずっとその事を問てきました。答えは分かりません。」

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 皮肉なようですが、市政府が「Broadmoor一掃計画」を発表したことが、住民のSpiritに火をつけたとすれば、政府も住民主導のこの計画の前進に、一役買っていると言えるかも知れません。

 いずれにしても、冬のボランティアを終えたときには、

 「ハリケーンや巨大地震のような激甚災害のケースでは、「非営利団体は政府を代替しきれない」」

 という思いが強かったのですが、Broadmoorで活躍するCommunity LeaderのPerspectiveを聞くと、住民の熱意と大学が持つノウハウ、そして企業の資金力が相乗効果を各地域ごとに発揮していけば、市民社会の可能性も大きく広がるのではないかという思いにさせられます。

 ちなみに、Broadmoorプロジェクトでは、ケネディスクールから今年の夏のインターンシップも募集しているとのことですので、このブログを読まれているケネディスクール生の方で、夏のインターン先が未定でニューオリンズの復興に興味がある方は、是非、Belfer CenterのDoug Ahlers氏に連絡を取ってみてください。


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