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千本釈迦堂

2012年02月25日 | 歴史街道
大報恩寺だいほうおんじは、鎌倉時代の安貞元年(1227年)で義空によって創建された。本堂(釈迦堂)は応仁文明の乱などの度重なる災害にも焼けることなく残り、京都市内では最古の仏堂建築物。「千本釈迦堂」と呼ばれるのは、嵯峨の釈迦堂 (清凉寺)と区別しようと、千本通りの釈迦堂から通称されている。(千本通りの名は、平安時代に道に千本の卒塔婆を立てたとか千本の桜が植えられていたという説が残る。)

おかめ物語   
本堂を作った大工の棟梁(高次)は、柱の寸法を間違え短く切ってしまった。妻のおかめ(阿亀)が枡組を使うように助言し、高次は無事に本堂建築の大任を果たした。
しかし、おかめは女の助言で棟梁が仕事をしたことを知られてはならぬと上棟式を待たずに自害してしまった。「妻の知恵で、堂が完成したと知られると恥」と悩んだことを悔い、上棟の日に妻の冥福とお堂の無事を祈っておかめの面を御幣につけて飾ったといわれる。
この話を伝え聞いた人々が、貞淑で才知に長けたおかめ(阿亀)の菩提を弔うために、境内に宝篋印塔(おかめ塚)を建てた。このいい伝えから大工の信仰を集め、今日でも上棟式にはお多福の面を着けた御幣が飾られるようになった。


国宝本堂・霊宝殿拝観は外せない。
国宝の本堂のほか、重要文化財として木造釈迦如来坐像、木造十大弟子立像10躯などは一見の価値あり。
本尊である釈迦如来像は、鎌倉初期の名工快慶の弟子・行快の作であり、六観音は定慶の作、釈迦十大弟子尊像は快慶晩年の作。
   
<注> 
写真は、15年ほど前にiinaが撮ったもの。
   

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コメント (11)    この記事についてブログを書く
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11 コメント

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おかめ (らいちゃん)
2012-02-25 10:16:01
内助の功と言えば、安土桃山時代の武将で信長に仕えた山内一豊の妻がよく知られていますが、それよりも300年も前に夫のために身を犠牲にした妻がいたのですね。
初めて知りました。
「おかめ」を侮辱しては行けませんね。
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おかめは美人? (鷲谷芝嵐)
2012-02-25 11:12:45
オカメは美人なのかな~傍目にはブスみたいだけど・・・・
あっ、ごめん、ブスっとさせちゃったかな。
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Unknown (tamirin)
2012-02-25 11:39:36
ステキですね~
歴史を感じます^
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Unknown (ぼたん)
2012-02-25 14:01:29
おかめにはそんな伝説があったんですね。
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commentに おかめ (iina)
2012-02-26 09:19:58
(らいちゃん) へ
冬景色に、あざやかに咲いた真っ黄っ黄な福寿草です。縁起のいい名ですね。
きれいな花には、毒があるといいますが、福寿草もそうなのでしたか。

おかめとひょっとこをペアで考えてましたが、いろいろな物語りがあるものです。




(鷲谷芝嵐) さん へ
閏年を、よくみつけたものです。
そのうえ、かならずしも閏年でない暦も計算上見つけ出すなんて技は、すごいことです。
計算式を提示されると、わかったような気になりますが、その根本はまったく理解できていません。
せいぜい、おかめとわかめの違いくらいしか判りませぬ。



(tamirin) さん へ
アロマではなく、あらまぁ~、いまだに電気のない生活をおくる人がいるのですね。
してみると、意外性の高い70億人の中に C.14億人 ほどもいそうです。



(ぼたん) さん へ
あいかわらず、たのしそうにはしゃいでますね。
犬たちもさることながら、飼い主さんも・・・・。(●^o^●)
返信する
釈迦堂 (六五六)
2012-02-26 10:09:53
嵯峨の清凉寺には、行ったことがありますが、千本釈迦堂は知りませんでした。
さすがに京都は、奥が深いです。
おかめ物語とかいろんな言い伝えや伝説が残ってますね。
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(六五六) さん へ (iina)
2012-02-27 09:25:40
渡月橋を渡った突き当りにある嵯峨の清凉寺も、見どころがありました。
きょうアップの北野天満宮の近くにある千本釈迦堂にもお出かけください。
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おはようございます。 (ハイジ)
2012-02-27 09:42:57
おかめさんは御主人思いの良妻だったんですね。
おかめで思い出しましたがひよっとこがいますが、火男からきてました。
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(ハイジ) さん へ (iina)
2012-02-28 10:35:17
大工現場に、火は厳禁ですが、ひょっとことおかめがワンセットなのは面白いですね。

WEBで調べてみました。
「ひょっとこは「火男」とも言われ、火の神様です。おかめも太った女性が縁起がいいことから、福の神
として扱われる神様が起源です。
民間伝承が、田舎神楽などになって、面をつけた舞踊になり、そのうちの滑稽なものの代表となってきた
ものです。」 が、ベストアンサーとありました。
返信する
(kiko) さん へ (iina)
2021-03-21 11:08:35
会社のキャンペーンで京都を数か月に巡りましたから、千本釈迦堂の界隈をよく歩いたので なつかしいです。

そんなことから、前の御所がこの辺りにあったことを知りました。

大工棟梁の奥さん・おかめさんは死ぬことはないと思うのですが、出しゃばったことを恥じたのですね・・・。

霊宝殿の仏像がよかったです。眼の保養になりました。また、拝みたいと思っています。

   (kiko)さんの当該ブログアドレスをコメント上に置きました。
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