小説『生活小説』

『生活小説』の実戦・実戦版です。半分虚構、半分真実。

ブルガリとヨーグルト。(2)

2005年11月27日 | 小説+日記
「俺っち、馬鹿だから、わかんね」と横山は首を振った。「ほんと、俺っち、馬鹿だから」。
馬鹿だから、かわいいんじゃないの?と藤田は思う。ヤマダちゃんも横山のこと、かわいいって言ってたし、玲子さんも、横山のこと、好きだと思う。嫌いだとしても、玲子さんのことだから、横山のこと、もっとよく知ったら好きになると思う。ただ、高橋くんはダメだ。横山のこと、嫌いなままだ。だって、いかにも、そりが合わなさそうだもん。だから男同士は面倒だ。高橋くんには、横山みたいな、ふにゃふにゃで柔軟なんだけど、キュっと締まるような格好良さないもん。
「藤田ちゃんは、高橋とまだ付き合ってんの?」
「付き合ってるよ」
「じゃあ、帰りなよ」
「なんで?」
「今みたいな感じだと、嫌だから。こんな時間に、今みたいな感じだと、嫌だから。俺、馬鹿だけど、そういうことには、うるさいから」
 私は、横山に無理やり、帰れ、と言われて、店を出た。一人で、とぼとぼ帰る。
 横山の、そういうところが、またかっこいい。いや、泣けるくらいのかっこよさだ。
 暗くて、寒くて、星がチカチカしてる。信号待ちで、高橋くんに電話をかけると留守電。さては、と思い、玲子さんに電話を掛けたら、案の定、高橋くんは玲子さんと一緒だった。
「あ、藤田ちゃん、高橋に電話掛けなおさせようか?」
「いや、いいです。玲子さん、高橋の風邪の具合、どんな感じですか?」
「直接、聞きなよ、隣にいるから」
「あの、玲子さんの見た目でいいんです」
「咳の一つもしてないわよ」
「だって、風邪気味だって、言ってたから」
「そうなの?」
「ごめんなさい、電話切ります」
 私は電話を切ったあと、コンビニに寄って、お金をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、下ろす。
 高橋くんは、確かに風邪気味だと言ってたから、すごく心配した。とっても心配したから、今日は何度も、頭が痛くなりそうになった。でも、高橋くんは何も言わない。いつも、何か隠してる風なので、とても不安。だから、横山に付き合ってもらって、いろいろ相談にのってもらった。でも、高橋くんは、玲子さんと一緒に飲むくらい元気だった。なんだか、やな感じだ。心配した分、利子が欲しい。ここのコンビニも、もうちょっと、ちゃんとしたカスタードのプリンを売り出してもいいはずだ。なにか、おかしい。「おかしい」と思い出したら、全部おかしい。信じられない。おかげでお腹が空いた。どうしようもなくお腹が空いた。高橋くんは、玲子さんに、ねえねえ、今の電話、誰から?とか聞いてるはず。ぜったいに。それで、玲子さんは、いつもの玲子さんっぽく、そうねえ、誰かしらねえ、なんて、とぼける。ああ、やだ。電話なんか、掛けなきゃ良かった。
 もっと、かわいくなりたい。関係ないけど、かわいくなりたい。今の私じゃ、かわいくない。お金欲しい。腹減った。あと、ヴィレッジ・バンガードで売ってた計算機が欲しい。計算機買ったら、ちゃんと、レシート整理する。誓った。いま、私は誓った。計算機を買う。それで、お金が余ったら、高橋くんになんか、かっこいいキャラクターの時計を買って上げる。たぶん、変に喜ぶ。予想がつく。あいつは単純だ。気の利くプレゼントを上げてたら、なんとかなる。
 私は、郵便受けを開けて、ピザの宅配のチラシだけ取り出して、自分の部屋へ向かった。

ブルガリとヨーグルト。(1)

2005年11月25日 | 小説+日記
 それで、「藤田ちゃんのことを好きか」と言われたら、きちんと答える自信が無くて、じゃあ、なぜ付き合ってるのかと言われると、「好きだから」と自信満々に答えそうな自分に嫌気がさしつつある11月の終わり。
店は午後10時まで開けていなければならないのだが、上司の東尾さんが、「今日はもう、閉めちゃってもいいんじゃない?」といい加減なことを言ったのを幸いに、売り上げをチェックしたあと、9時半に店を閉めることにする。
 このあと、どこへ行くの? いっしょに飲まない? と、客に紛れていた玲子が言う。いや、ちょっと、今日は、ダメかな。あまり酒を飲む気分じゃないんだ、と言うと玲子が、「ほらあ、やっぱり、藤田ちゃんは結構、しばりがきついんだなあ。彼氏に、女友達とお酒を飲ませるぐらいの度量があってもいいんじゃない? そこが子供なのよねえ」と言う。
 お茶はいいけど、お酒は怒るよ、藤田ちゃんは。と、回答にならないことを言いながら、ぼくは携帯電話のアドレス帳から藤田ちゃんを探し出して、メールを送る準備をする。「今夜は、仕事が早くおわったので、このまえ借りてきたビデオをいっしょに見れるね」とか、「明日、どこかへ出かけようか。ぼくんちには車で来た?」などと文面を考えた。
 ぼくが生まれてから、元西武の田辺選手並みのナイスバッティングだったと心から呼べるメールがあって、それは、玲子がまだ、二十五歳のころで、ぼくは同じ年なのに、とくにあてもなく、ぶらぶらしていたのだが、あるとき、特に深く考えずに玲子にメールを送ったら(結構、男が書くにしてはかわいくて、ちょっと心温まるメールだった)、泣きながら玲子から電話が来た。そして、一挙に二人の溝が埋まって、埋まった溝の代わりに深い絆が出来た、という代物だ。それは、たぶん、家の引き出しにしまっている、古い古い携帯にまだ残っている。その携帯電話が充電可能なら、暗い液晶を我慢して、何度でも、読んでみたい代物だが、いかんせん、充電器を紛失したため、読めやしない。
 でも、玲子がこうして、そばにいるのも、そのメールのおかげなわけで、ぼくが藤田ちゃんと付き合ってるのに、いろいろと世話を焼いたり、面倒を見てくれるのもそのせいである。
 玲子が言う。「やっぱり、藤田ちゃんに悪いから、早く帰りなよ」。店の鍵を閉めているぼくに言う。
 この瞬間に、自分の頭の中のスイッチが切り替わった。《理由》は二つ。『寒いから』と『お腹が空いたから』。
「よし、飲もう。玲子、飲もう」
「藤田ちゃんに悪いって」
「自分から言い出しておいて、何だよ」
 何がなにやらわからないが、玲子といっしょに、まだ賑わってる街の方へ足を向ける。《理由》と言うものは、すべて、後付の理由である。