高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

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ユージン・スミスさんの落書き(2)

2005-01-12 | Weblog
ある日突然、ユージンさんはいなくなった。その前日、最初の日と同じようにセントラルアパート前でばったり会うと、「明日帰国するんですよ」といきなり彼は言った。「えっ!それじゃ、いつか私がユージンさんのポートレイト撮ってあげるって言う約束を果たせないじゃない、、」と私は言った。私が冗談紛れに「こんどユージンさんを撮るわね」などというと、笑ってうなずいていたのに。
次の日、ユージンさんの部屋に入ると、彼がここに存在していたという、いろんな空気が残っていた。それも今日明日にはなくなってしまうだろう。私はヤシカエレクトロ35でフイルムを約1本使って、部屋の空気を撮った。

ユージンさんが窓から眺めたであろう風景は、明治通りをはさんでみえる教会だった。
彼はいつもアウトドアっぽいスタイル、赤とグリーンのタータンチェックのウールのシャツに、半ズボンといった格好をしていた。最初は編み上げブーツを履いていたように思う。
バスルームには、きれいにあらわれた黒のゴム長が残されていた。これで水俣を歩き、脱いで日本家屋にあがったりしていたのだろう。母親が水俣病に冒された男の子をお風呂に入れている写真なども、編み上げブーツより、ゴム長のほうが履くにも、脱ぐにもよかったのかもしれない。
焼いた跡がある魚焼き用の網、いくつかの食器類。バケツの中には、使用後のフイルムのロール紙があふれていた。
ミノルタを愛用していた彼は、篠山紀信さんが撮った玉三郎のミノルタのカレンダーを暗室兼バスルームにさげていた。壁にはいっぱい何かが書かれている。そのいくつかは私にも理解できる英文だった。
さようなら、ユージンさん。
私は何かに突き動かされるように、いなくなったユージンさんの影を記録していた。

写真撮影・Yacco

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4 コメント

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アリスのその後 (SLOGAN熊谷朋哉)
2005-01-12 08:01:16
デヴィッド・ボウイの書籍でインタヴューをさせて頂いた熊谷です。



少し前にもコメントされていましたが、まるで『表参道のアリスより』(大和出版)の続編を見つけたような気持ちでここを読ませて頂いています。



2月、再びボウイ本つくります。またなにかお願いしたいと思っています。



http://www.slogan.co.jp/bowiearchive/errata.html

(↑正誤表があります。もしもボウイ本をお読みになられた方がいらっしゃったらぜひ)
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早く本にして (H.B)
2005-01-12 21:44:42
写真、たった1枚で残念です、そのとき撮ったのを全部見たい。あの時代の建物や風景、部屋などを撮った写真は多分あまりないと思います。1冊の本にして、じっくり見たり、読んだりさせてください。
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何かしら、胸が痛いです (せと)
2005-01-14 09:32:39
壁に刻むものは ほとばしるもの

その時々の ページは 人の温度が残って

記憶となるのでしょうか、、

ヤッコさんの優しさが 余韻になって

一枚の絵のようです
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スミス氏の写真で (SLOGAN横沢秀俊)
2005-04-05 01:42:14
上記、熊谷と同じくSLOGANの横沢です。



私は美大の出身なのですが、入試の試験問題が

ユージン・スミス氏の写真を使ったものでした。



幸い合格でき、大学で美術を学び、今の仕事に就いています。

ですから、そういう現実的な意味で言えば、

彼の写真のおかげでその後の私の方向性は決まりました。



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