夢の中から現実世界に戻されて、自分の呼ぶ声が薄らと耳に入ってくる。目に入ってきた蛍光灯の明かりが、とてつもなく明るくて、眩しすぎた。
ベットの周りには、あの生徒会のメンバーが心配そうに見ているのに気づくと、トキはなんとなく微笑んでしまった。
「トキ……気分はどうだ?」
秋葉が、トキの髪の毛を眼もとから払いよけて小声で聞いてきた。トキは、何も言わずに頷いてまた微笑んだ。不思議そうに、水南達はベットの脇に膝を立たせ、顔を覗かせた。
「すみません。うちの火焔が思いっきし叩いてしまって。どこか、他に痛い場所はありませんか?」
また、トキは何も言わずに、首を横に振った。
「わるかった。力加減を知らんもんで、強く叩きすぎた」
「大丈夫だよ。ありがとう……あぁいう時は、その方がいいから」
苦笑する、トキに火焔も苦笑した。
「それよりも、トキさん……さっきはどうしたというのですか?」
皆が、その返答に期待をもっている事に、気づいていた。
すると、トキは体を起してじっと沈黙を保った。トキは、顔をあげてやっとのことで口を開いた。
「昔の事を思い出していた。以前の学校でも、自分の力を頼りに裏の仕事をやらされていたんだ。しかし、その仕事はエスカレートする一方だった。人殺しや、犯罪者の暗殺までやらされるようになっていった。それは、俺だけの特別ミッションとして設けられていたが、しかし仲間にまで回すようになったので、俺はそれを止めた……俺だけに殺しの仕事を回してくれるようにたのんだんだ。だけど、限界があった……一日に何件もの仕事をしなければならなかったからだ。殺し以外にも、ハッキングのミッションはもちろん、その仲間と合同ミッションだってあるんだ。そんな、毎日が続いたある日……俺はひとつの任務に呼ばれた。それが……」
トキは口を噤んだ
「それが……カンパニーの侵入だったのですか?」
「そうだ。それは、とても簡単な事だった。侵入は、すぐにできた。けど、そこにあったのは人間と動物と研究者……そして、『シンクロ』しかいなかった」
ぎゅっと布団を握りしめて、唇を噛んだ。
「『シンクロ』……それは、人間と動物細胞を混合させた物。それを、俺達は『シンクロ』と呼んだんだ」
「シンクロ……俺達は、まだこの間この件に足を踏み出したばかりだからよくわからない。けど、トキ坊の言うとおりだとすると、どういう風に作り出すのが見てみたいわ」
火焔は、笑いながら言った。それに対して、トキは怒りを覚えた。
「見てみたい?……いいだろう。見せてやるよ、お前が見てみたいと思っている、ビデオがここにある」
一つのCDを内ポケットから取り出して。見せつけた、その笑みは怒りが込められており火焔は少し怯んだ。
教室に戻ると、パソコンにそのCDを入れると、パソコンはそれを読み込み始めた。トキは馴れた手つきで、パスワードを入れ、そのアイコンをクリックすると、パソコンがそれをまた読み込み始めた。
「始まるぞ。よく見てろ」
パソコン画面に、隠しビデオの映像が映し出されていた。少しすると話声が聞こえてきた。
「俺達の本業は、この混合生命体を完成体にするのが俺達の目的だ」
男の声が聞こえてくる。もう一つは、言わなくてもトキの声だった。少し、声を変えているようにも思えたが、そこまででは無かった。
歩いて行くと、一つの大きな部屋にトキは入っていった。真白な部屋にガラス張りになっているそこは下が丸見えだった。そこには、生きた人間と、あらゆる動物が保管されていた。ガラス張りが長く続いているそこは、奥の方に行くにつれて暗くなっていく……そしてたどり着いたその場所には、混合生命体製作グループと書いてある。その扉の向こうには、信じられない光景が目に映った。
ガラス張りの向こう側には、生きた人間をミキサーにかけるのが見えていた。叫び声と共に、ミキサーに刻まれていく肉の妙な音が、音声をたどって聞こえてくる。
「ここが、混合生命体製作グループの室内。まぁ、見学していってくれ」
そういうと、男はその場から立ち去って行った。その男の顔は、見るからに真っ青になっていったのが分かった。
トキは、その長い通路をゆっくりと辿っていく。動物も同じように刻まれていくのだ。そして、一つの大きな入れ物に、刻まれた肉や血が流し込まれていく。
その光景が、パソコンに映し出されたとき、皆は声を失った。すると、トキが報告を始めた。
「シンクロの正体は、人間と動物の融合細胞から造られた人間だということがわかった。そして、そのやり方は、人間を刻んだものと動物の刻んだものが材料とされている。そして……それを……うぅっうぇっ……げほっげほっ!はぁはぁ……、うっうぇ……はぁはぁ、そっそしてそれを全て入れ物に流し込み、人間に飲ませ、血液細胞にも投与する事がわかった。ここから、見える限りの報告は終了とする」
そう言った、あとに三十秒ぐらいの残酷な映像が残されていた。
「春、顔色悪いぞ」
「ちょっと……、失礼」
ヨロヨロと春は洗面所へと向かった。水南や火焔、秋葉も顔から血の気が引いていることが見るからに確認できた。トキは、その映像を停止させ、立ち上がった。
そして、火焔を睨みつけた。
「これでも、笑って……そんなことが言えるのか?」
火焔は反省の顔を見せた。すると、水南がトキの手を握った。少し、体をビクついて顔を上げた。
「怖かった……はずです。目の前で見ていたんですから、怖かったはずです……」
水南の顔を見ると、涙が頬を伝っていた。トキは、驚いて水南を見詰めた。
「ごめん。見せなければ良かった……」
そう言って、トキは水南を抱きしめた。水南は静かに泣き始めた、火焔や秋葉、そして春はその光景を見て、目に涙が溢れそうになっているのに誰もが驚いていた。
「トキ……それで、お前はどうして、この学校に来たんだ?」
「そうだなぁ、向こうでうまくいっていたんだから、そのままでも良かったんじゃないか?」
トキは、何も言わずに水南をイスにそっと座らせて、窓枠に腕を乗せた。すると、すぅっと息を吸うと空を見上げた。少し黙っていると、トキは口を開いた。
「死んだんだ。仲間や学校全体の生徒が……」
「えっ…」
「シンクロに襲われたんだ。学校全体に、誰かの指示によって。わからないけどね」
と、苦笑する。トキは、みんなの目を見れなかった。そして、話は続いた
「俺は、その時ちょうど風邪を引いていてな。学校にはいたんだが、動ける状態ではなかったんだ。だが、騒ぎを聞きつけて俺は、教室に駆け付けた……扉の向こう側にはシンクロが数え切れないほどいたんだ。闘っている仲間は襲われていた。だから、俺の力で戦おうとしたんだが、その力がコントロールできる状態ではなかった」
「風邪のせいで……それで?」
「うん。だから、日本刀を持って戦ったんだ。けど、斬るには多すぎた。目の前が霞んで何もできないまま、俺は結局皆に助けられていたんだ。目を開けた時、俺を覆いかぶさっていたのは仲間だった。まるで守るように……血に染まった絨毯……机……また昨日のように焼き付いているだけど本当につい最近のことなんだよ。ほんの、二か月前だったんだ」
手で涙を隠すように顔を隠した。なんでもないように見えたトキは、シンクロの造るカンパニーを倒すという、固い決意の基だった。
「トキ?」
「さぁ!こんな話はいいから!生徒会の話をしてくれよ!俺は、ここに住むことになるんだからな!」
「あっあぁ」
「そうですね」
「じゃぁ、改めてよろしくお願いします。トキ君」
皆は、トキの笑顔につられて笑った。
『今は忘れよう、いつかいつかこの話を話す時はくるのだから。今は忘れよう……この笑顔がなくなるまで……』
皆が、トキの笑顔を見て、そう思ったのだった。