暗闇の中で叫び声が聞こえてくる。何もない道の中で反響する獣のような声……。その道に立ち尽くす人一人の少年は、暗闇の道を走り続けていた。向こう側にある、大きな光を目指して。
しかし、走っても走ってもたどり着くことはなかった。目の前にあるように見えているのに走ってもたどり着くことのないゴールのようで、少年は立ち止まった。迫りくる叫び声……少年は恐怖で声も出なかった。気がついたら、叫び声に囲まれていた……―。
「わぁーーー!!!」
と、叫び声を上げた時だった。少年は自分のベットの中で叫んでいた。冷や汗でびっしょりになった白いシャツは背中に張りついていた。窓に掛っているカーテンは、朝の太陽の光で明るく光っていた。
「夢だったのか……でも……リアルだった」
ベットから降りると、窓のカーテンを勢いよく開けた。朝の陽射しが少年を照らし、今日の始まりを告げる。
「さて……、今日からだったな」
壁には新品の制服が飾られていた。それに向かって、苦笑する少年は制服に近づき無造作に引っ張った。制服を掛けていたハンガーが勢いよく左右に揺れると、コトっと音を立てて床に落ちた。
一章 すべての始まり
少年は初めて通る道を走っていた。今日から新しい学校ということで、少し気分が良かったのだ。しかし、道を走っていると、今朝見た夢を少年は思い出した。暗闇に閉じ込められた道はどこまでも続いた。目の前にある光を求めたが、それは近くにありながら遠かった……。近づいていくる叫び声、恐怖しかない夢……。
少年は、再び思い出すとゾッとして身震いをした。立ち止まって、考えないように頭を振った。そして、顔を上げると目の前には、想像よりも何倍も大きな学校の門が少年の目の前にあった。
中へ入って行くと、さらに大きく見えて学校を見上げた。すると、正面から四人の男子が出てきた。少年は、キョトンとしてその場に立ち尽くした。
「君が、水無月 トキくん?」
先頭で歩いていた、髪の長いの男子が声をかけてきた。トキは驚いて頷くと、その男子が近づいて手を差し出してきた。
「僕の名前は、霜月 水南。ここの会長をやってるんだ」
『よろしく』と言いながら、握手を求めた。トキは、おずおずと手を握った瞬間だった。頭に何か過った。なにかの風景か……それか人物か……トキはすぐに手を離して、水南を見つめた。
「どうしました?」
「いや……なんでもないよ」
「立ち話もなんだし、中へ入りましょう」
水南はニッコリと笑って、道を開けた。
トキは、そのまま面々を見ながら昇降口を潜った。
中へ入ると、普通の学校とは違いまるで大きな宮殿の入口のようで床は大理石になっていた。靴を脱がず、真っ白な大理石を歩んでいく。コツコツと音が鳴って行く廊下は、少し不思議で壁も白いからだろうか、トキは頭の中も白くなっていく感覚に陥っていた。トキは、少し吐き気を感じていた。
「っ……」
少しふらつきながら前へ進んでいくと、全員が足を止めた。
「ここが、特Aクラス兼生徒会の教室だよ」
目の前の大きな扉には、言われたとおりの文字札が掛けられていた。トキは、その扉のノブに手をかけて、その扉を開くと……そこには大きなホールのような場所になっていた。
「ここは……一体……どういう学校なんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
振り向きながら叫んだ。四人は顔を見合せて、背の高い男子がため息をつきながら、トキの方へと歩いて行った。トキは、その男子を睨みつけた。
「そりゃぁ、驚くわな……うん」
肩にどさりと腕を乗せて、ニヤリと笑った。
「俺は、文月 火焔。ここの副会長をやっている、よろしくな」
「はぁ……」
「まぁ、ここは普通の学校じゃねぇ。ここは、あらゆるエキスパートがいる学校だからな」
「エキスパートだと?」
重たい火焔の腕から逃れると、火焔は真ん中に置いてある大きな机に手を乗せた。火焔の目は赤く輝いていた、それは陽の光でますます輝いて見えた。すると、眼鏡をかけた男子が前へ出た。
「そうエキスパートです。私の名前は、神無月 春。ここの会計をしています。よろしく」
難しそうな顔をして、手を差し出してきた。トキは迷わずその手を取り、挨拶をかわした。すると、春は手に持っていたノートを広げた。トキは不思議そうにそれを見つめた。
「この学校では、何らかの能力が高いものが入れる学校です。忍者の末裔や武士、あるいは武道家だった家……そういう者達があつまります。そして、私たちはその人たちのトップに立つ者です」
「なぁーるほど」
「トップって言ってもな、普通の高校生だから」
「えっ」
「よぉ」
「あぁ!!秋葉!!」
「久しぶりぃ、トキ。まさか、お前だったとは思わなんだ。」
「そっかぁ、だからぁ……なんか見たことある人だと思ったんだぁ」
「俺も最初は気づかなかった。でも、緊張した時のお前の癖!親指を唇に乗せるの見て、お前だとわかったよ。いやぁ、久しぶりだな本当に……」
秋葉は、トキを抱きしめた。トキは、久しぶりに会った友に懐かしさを感じ、抱き返した。
「二人が、知り合いだったなんて思わなかったな。」
水南がほほ笑みながら言った。
「まぁ、小学校の頃の話だけどよ。こいつ、結構暗いやつでさぁ、俺とつるんでからは良く笑うようになったけどよ」
「そうなんだぁ」
皆に見つめられて、トキは少し顔を赤らめた。
すると、春がパソコンの前に腰をかけた。パソコンを立ち上げて、操作を行うと春は皆を呼び出した。皆が、パソコンの前までくると、そこには何らかの研究資料のようなものが映し出されていた。
「これは……」
「知っているようですね」
トキは、はっとして口を押さえた。春は、キーボードをカチャカチャと鳴らせると、また違う画面に変わった時だった、トキはその資料に身を乗り出した。
「どうした」
「これ……これを追っているのか……?」
水南達は不思議そうに、その言葉に答えた。
「えぇ、僕達はその獣の作製を止めるために、そのカンパニーを追っています。ご存じなんですか?」
トキは、青ざめてパソコンの前からソファーに移った。どさりと座り込むと、手で顔を隠した。
冷や汗をかいている背中にはシャツが張り付いていた。
「トキ?」
秋葉は心配そうに、横に座った。トキは、身震いをしながら口を開いた。
「あれを……追って……カンパニーを壊そうと考えているのか」
「あぁ」
「だめだ!あそこは……お前たちが思っているほど甘くはない!!」
トキは怒鳴った。
「トキ……あなた……カンパニーに入った事あるんですか」
「なかったら……こんなこと言わない!!」
ソファーから勢いよく立ちあがった。その瞬間だった、目の前が歪み、とてつもない吐き気を感じた。トキは、床に倒れこみ息苦しそうに呼吸をした。
「トキ!!」
「大丈夫……」
トキは、直ぐに体を起して口を押さえながら
「トキ君、大丈夫ですか?春、紅茶を入れてあげて」
「はい」
「トキ君、今日は具合が悪かったのですか?」
「違う……そんなんじゃない。もともと、体が弱いんだ」
トキは、顔を真っ青にさせて起き上った。秋葉は、トキを支えながらソファーに座らせた。トキは、まだ息が荒く苦しそうに呼吸をしていた。
トキの頭の中によぎったのは、以前の学校での仕事の事だった。
「大丈夫か?どんどん、顔から血の気が引いてくんだが……トキ?」
何も言わずに、沈黙が続いた。
トキは、じっと何かを思い出さないように必死になっているようにも見えた。ふーふーっと息を洩らしながら、時々身震いをした。皆は、心配そうに見守っていた。そしてその沈黙を破ったのは、大きな扉から入ってきた先生のようにスーツを着た男性だった。
「あれ?……取り込み中?」
皆は、先生を一斉に見た。
「あっ、ロビン先生……。取り込み中というより、転入生がちょっと具合良くないみたいで」
「えっ!?ちょっと見せて」
先生は、急いでトキの方に近づいた。トキは、横眼でその姿を確認し、また眼を閉じた。
「大丈夫?」
先生は、トキに揺れようとした時だった。トキは勢いよく、先生の手を振り払った。
「俺に、触れるな!!」
立ち上がって、フーフーっと猫のように警戒しているようだった。
「トキ!落ち着け!」
「触るなぁぁぁ!!」
「トキ君!落ち着いて!どうしたの!?」
「トキさん!」
「トキ坊!!しっかりしろ!」
火焔は、トキの頬を平手うちで思いっ切り叩いた。トキは、その威力に耐えられずに床に倒れてそのまま動かなくなってしまった。皆は、一瞬何が起こったのか分からなくて、その場に立ち尽くした。すると、皆トキが倒れているのだと理解して、火焔を睨みつけた。
「あっ……あははは。トキ坊!!」
「トキ君!火焔、強く叩きすぎだよ!」
「悪かったって!力加減ができなかったんだ!」
トキの意識は遠くなっていった。皆の呼ぶ声さえ聞こえなくなって、完全に意識を失っていた。
皆は、急いでトキを担いで保健室に駆け込んだ。
暗闇の中、自分が暗いこの道に溶け込んでいることに気づいた。何もない、ただただ暗いだけの道。また、向こう側に光があった。だが、一つだけ違うものがあった……何故か手に鍵があったのだった。
『一体……この鍵はなんだ』
手に持っている鍵は普通の鍵ではなかった。輝いていて、それはいかにも持っていてはいけないような鍵だった。トキは、その鍵を握りしめて走り出した。今朝見たような夢と似ていたが、叫び声のようなものはまったく無かった。
『この光に近づければ、何かがつかみとれる気がする』
走って、走って、走って……それでも近づけないと分かると、トキは息を切らしながら立ち止まった。また、今朝と同じように、一寸たりとも近づけなかった。
『どうして……』
『貴方が、まだ自分の力に闇を持っているからです』
何もないと思っていた、この道に一人の男が姿を現した。トキは、その男の顔さえ見れなかったが、懐かしい感覚がしたのは間違えなかった。
『誰?』
『まだ、教える訳にはいきません』
『どうして』
『貴方は、まだ覚醒していないからです』
『覚醒?』
『そう、覚醒です。貴方は、力を持っている。時の力を……』
そう言うと、その男は闇の中に消えって行った。
『待ってくれ!!その、力が覚醒したらどうなるんだ!あんたは一体何者なんだ!!』
トキは、そう叫ぶとともに意識が遠くなった。目の前が霞んで、光さえ暗闇見えた。