日本初のプロ野球チーム「日本運動協会(芝浦協会)」(1920年結成)
終戦記念日、広島・長崎の原爆忌に合わせて、「靖国の“鎮魂”を疑う」と題し、以前別媒体で発表した「ベースボールと戦争」を加筆訂正のうえ転載しています。今回は戦時中の野球に対する「敵性競技」視がどのように始まったのか、その経緯を探るエピソードの2回目です。
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大正に入り、日本の野球はいよいよ「国民的娯楽」としての飛躍的な発展を遂げていった。 中等野球では現在の高校野球全国(夏)、選抜(春)大会が始まり、大学球界では東京六大学野球連盟が結成され、応援の過熱から19年間も中止されていた早慶戦も1925年秋に復活し、中等野球、大学野球の専用球場として甲子園(24年)、神宮(26年)の両球場が建設され、20年には日本初のプロ野球チーム「日本運動協会(芝浦協会)」も誕生している。 また、18年には鈴鹿栄(2003年野球殿堂入り)によって軟式ボールが発明され、これを利用しての少年野球大会や旧制女学校での女子野球も盛んになり、野球は日本に伝来してわずか半世紀でもっとも人気のあるスポーツとしての地位を確立した。 この時代、吉野作造が「民本主義」を唱えるなど「大正デモクラシー」の機運が高まり、日本共産党の創立、普通選挙や婦人参政権を求める大衆政治運動、労働運動が盛んになっていった。前述した東京朝日新聞による「野球害毒論」キャンペーンのとき、当時東洋経済新報の記者だった共産党創設者のひとりである片山潜(1859-1933)が、「野球は遊技として最もよく発達せるものである」と擁護の論陣を張ったのは野球研究者の間では有名なエピソードだ。 数ある球技のなかでももっとも牧歌的で、ルールにも民主主義的な精神が反映している野球の発展には、こうした大正デモクラシーの風潮も色濃く反映していたが、それゆえに反動的な勢力による野球への反発や抑圧の動きも根強いものがあった。 1918年、投機による米価の急騰に対して起こったいわゆる「米騒動」や、寺内正毅内閣による「シベリア出兵」(ロシア十月革命への干渉戦争)の影響で、大阪朝日新聞主催の第4回全国中等学校優勝野球大会は、全代表校が決定していながら中止された。中止を決めたのは大会の創設者で、大正デモクラシーの代表的論客としてしられた社会部長の長谷川如是閑(はせがわ・にょぜかん 1875-1969)だったが、まもなく長谷川は米騒動やシベリア出兵をめぐって大阪朝日が寺内内閣を批判して政府や右翼の攻撃を受けたのを機に退社へと追い込まれる(白虹事件)。 この時期、野球界に起こった注目される動きとして「女子野球」の勃興があげられる。軟式野球の発明を機に、1920年代になると和歌山、大阪、愛媛、福岡、熊本などの旧制女学校において野球部が次々と誕生し、対抗試合や全国大会も開催された。これには前述した婦人参政権運動など女性の社会進出が時代背景としてあったが、初代文部大臣・森有礼が「良妻賢母教育」を国是として定めていたこともあり、女子野球は保守的な教育者や官僚の不興を買うことになった。 1922年には福岡県立直方高女女子野球チームに、熊本第一高女との対抗試合直前、知事による禁止通達が出され、26年には和歌山県学務課が「女子に不適切、不妊の恐れあり」として女子野球の中止命令を出している(竹内通夫著「わが国における女子野球の歴史」野球文化學會論文集「ベースボーロジー10」より)。 早大野球部OBで学生野球界の重鎮だった飛田穂洲は、直方高女への理不尽な試合中止命令を激しく批判しているが、その命令を出した当時の福岡県知事・沢田牛麿が、勅選貴族院議員だった終戦直後、日本国憲法、とくに第9条や、教育の民主化をうたった教育基本法の制定に強く反対していた人物だったことは注目すべき事実といえるだろう。 大正時代、全国の高等教育機関では、京都帝大で教授の人事権をめぐって総長と教授会・学生が対立した「沢柳事件」や、学内での軍事教育に学生が反対運動を起こした「早稲田軍教事件」など、大学自治気運の高まりを象徴する出来事が起こっている。東京六大学野球連盟も学生野球部員による自治の精神で運営され、現在も受け継がれている。 しかし、治安維持法の制定(25年)の制定をきっかけに大正デモクラシーが衰退し、時代が昭和へと変わっていくなかで政治・社会の保守化・右傾化が進み、野球の運命も大きく翻弄されていった(つづく)。
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