まず彼女に学べることは「一人の面倒をみる」ことではないだろうか。
われわれは目に見えない多数のために働く、という口実のもとに、
目に見える一人のために何かするのを避けていることが多いように思う。
目の前で泣いている自分の赤ちゃんに心から対するよりは、
翌日の仕事によって多数に役立つ(と思っている)ことに、
心をとられてしまっていないだろうか。
目の前にいる一人の老人の淋しそうな目を振り切って、
「社会」のために努力しようとはしていないだろうか。
われわれはマザー・テレサほど偉大ではないので、
いつも献身するほとの力はないが、
ときどきでも、目の前にいる一人の人のために真剣にかかわってはどうであろう。
河合隼雄『縦糸横糸』より