安曇野ひつじ屋 写真ギャラリー

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わたしが 人間になったときは

2017年02月24日 | ネコの写真

わたしが 元気になったら あんたに ねずみ とってあげる

そいでもって わたしが 人間になったときは 一番はじめに 

あんたに「ありがとう」って 言うわね・・・・・・



















大島弓子『綿の国星』より
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腕時計

2017年02月20日 | ネコの写真

おや、もうこんな時間か。

ひろしはそろそろ帰ってくるかな。

おなかすいたな・・・。




















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自分がわくわくするようなものだったら

2017年02月19日 | ネコの写真

でも、今になって私は確信できます。
自分がつまらないと思ったら、それはもうしかたがない、つまらないんだから。
そしてその代わり、自分がわくわくするようなものだったら、寝ないでも学ぶべき。
それから自分の将来にとって必要な勉強だったら、
自分で面白く学べるように工夫しなくてはいけないのだと。




















吉本ばなな『おとなになるってどんなこと?』
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目に見える一人のために

2017年02月18日 | ネコの写真

まず彼女に学べることは「一人の面倒をみる」ことではないだろうか。
われわれは目に見えない多数のために働く、という口実のもとに、
目に見える一人のために何かするのを避けていることが多いように思う。

目の前で泣いている自分の赤ちゃんに心から対するよりは、
翌日の仕事によって多数に役立つ(と思っている)ことに、
心をとられてしまっていないだろうか。

目の前にいる一人の老人の淋しそうな目を振り切って、
「社会」のために努力しようとはしていないだろうか。
われわれはマザー・テレサほど偉大ではないので、
いつも献身するほとの力はないが、
ときどきでも、目の前にいる一人の人のために真剣にかかわってはどうであろう。



















河合隼雄『縦糸横糸』より
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一人の人の面倒をみる

2017年02月17日 | ネコの写真

一人の死にかかわっているよりも、「社会」を変えることの方が大切ではないか、
とは、おそらく誰もが考えることである。
しかし、「一人の人の面倒をみる」ことに献身した彼女は、
社会をも、世界をも動かす力を持つにいたったのだ。
彼女の創始した「神の愛の宣教師会」は世界中に広がっている。

マザー・テレサに感心しているばかりではなく、
われわれに何ができるかを考えてみるのも必要であろう。
彼女と同じようにすぐインドに行き、瀕死の人を看取ることはできないにしても、
何か彼女から学ぶことはできないだろうか。
それは可能だとわたしは考える。




















河合隼雄『縦糸横糸』より
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必要なときに必要なことが起こる

2017年02月17日 | ネコの写真

現代人の好きな、富、権力、性、こんなこととは彼女(マザー・テレサ)はもちろん無縁である。
彼女のすることは、もっとも非効率的なことと言えないだろうか。
瀕死の状態にある人の最期を看取る。
いったいそれによって何が得られるのか。

彼女は「一人の人のため」ということを強調する。
しかし、現代人の好きなのは「多数の人」ではなかろうか。
一人の人を相手にするとしても、それによってどんな効果があったか、
見返りは何かと考えたとき、すべてはゼロと言ってよい。
しかし、彼女はそれに献身した。

彼女の伝記などを読んでいると、印象的なエピソードが多くある。
端的に言えば、「必要なときに必要なことが起こる」のである。
お金が要るとき、彼女に賞が贈られることになって賞金が手に入った。
薪がないと思っていると、薪を寄付する人が現れた。

現代人はこういうのを「偶然」と呼んで馬鹿にするだろう。
すべては計画的に行うべきであるし、計算ずくでなければならない。
しかし、彼女の場合、計画も計算も超えて、必要なことがちゃんと起こるのだ。





















河合隼雄『縦糸横糸』より



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あなたがそこにいるということ

2017年02月10日 | ネコの写真

ひとつの花がある、その意味とはなんでしょう。
禅にはブッダの教えについてのこんな話があります。
ブッダは弟子たちの前にただ黙ってひとつの花を持ち上げて見せた。
すると、弟子たちのなかにひとりだけ、ブッダがなにを言おうとしたかわかったことを目で示した人がいたそうです。
さて、ブッダその人が「こうして来た人〔如来〕」と呼ばれています。意味なんてありません。

宇宙の意味とはなんでしょう。
ノミ一匹の意味とはなんでしょう。
それはただそこにある、あるいはいる。それだけです。
そしてあなた自身の意味とは、あなたがそこにいるということです。
私たちは外にある目的を達成するためにあれこれやることに慣れ過ぎているものだから、
内面的な価値を忘れているのです。
〈いま生きている〉という実感と結びついた無上の喜びを忘れている。
それこそ人生で最も大切なものなのに。





















ジョーゼフ・キャンベル
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人間がほんとうに求めているのは

2017年02月07日 | ネコの写真

人々はよく、われわれみんなが探し求めているのは生きることの意味だ、と言いますね。
でも、ほんとうに求めているのはそれではないでしょう。
人間がほんとうに求めているのは〈いま生きているという経験〉だと私は思います。
純粋に物理的な次元における生命経験が自己の最も内面的な存在ないし実態に共鳴をもたらすことによって、
生きている無上の喜びを実感する。それを求めているのです。



















ジョーゼフ・キャンベル
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運命はわたしたちがつくるものである

2017年02月05日 | ネコの写真

運命はわたしたちがつくるものである。
いまからでも遅くない。
いまをどう生きるかで、未来が決まる。



















マハトマ・ガンディー
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負けは負けです。

2017年02月04日 | ネコの写真

勝てた試合、なんてものはありません。負けは負けです。それ以上でも、それ以下の何物でもありません。


















エディー・ジョーンズ(ラグビー前日本代表ヘッドコーチ)
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散歩の途中で

2017年02月03日 | 安曇野の風景

散歩の途中、穂高川の土手の上の道から北アルプスを眺める。
安曇野市穂高にて。










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富を蓄えることは泥棒である

2017年01月30日 | ネコの写真

富を蓄えることは泥棒である。
欲望に駆られて、暮らしのために必要とする以上の富を得ることは、
ほかの人から盗んだのと同じことだ。



















マハトマ・ガンディー
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冬の北アルプス

2017年01月28日 | 安曇野の風景

安曇野市豊科にて。
冬の晴れた日は、北アルプスの山並みが美しい。



















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人は食べなければ生きていけない

2017年01月28日 | ネコの写真

人は食べなければ生きていけない。
神は人が胃袋を満たすための手段として、労働を与えた。
そして、自分は働きもせずに他人の労働の果実を食べる者を「泥棒の暮らしをする者」と呼び、最も卑しい存在とした。



















マハトマ・ガンディー
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ふたりぐらし

2017年01月24日 | ネコの写真

家人が遠くへ出稼ぎに行ったので、しばらくネコとふたりぐらし。
けさは4時に「ごはんちょうだい」とほっぺたをトントンされ起こされた。


















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