1gの勇気

奥手な人の思考と試行

七色のキツネ

2005-01-11 20:48:30 | 1gのおときばなし
いつまでも起きてないで早く寝るのよー!

はいはい。
寝ますよ、寝ればいいんでしょ。

いつものようにご飯を食べ、
いつものようにお風呂に入り、
いつものように母の声におされて部屋に向かう。

今年の春中学生になる。
中学生か。
昔は中学生は大人にみえたもんだけど。
なってみると(まだだ)全然かわんないね。
子供と。

階段をとっとととのぼって部屋に入る。
床が冷たい。
スリッパはくんだった。

ドアを開けて電気をつける。
壊れたエアコンの代わりに買ってもらったハロゲンヒーターに明かりをともす。
なんでも閑散期の方が修理代が安いとかで、修理は後回し。
ハロゲンヒーターの方が高いんじゃないのか?という疑問もあったが、
エアコンの温風よりも直火の方が好きなので、気づかないふりをした。

いつもの部屋。
そう、いつもの部屋。
のはず。

何かがおかしい。
何かが違う。

すぐにその理由が分かった。
コン太。
キツネのぬいぐるみだ。
ものごころついた時からずっといる。
何度も母親に治してもらった大切なもの。
とくにしっぽがよくとれる。

 「しっぽもって振り回すからだ。」

...え?
だ、誰かいるの?
背筋に冷たいものを感じながら部屋を見回す。
いつもの部屋。
いや、コン太。
そうだ、コン太だ。
コン太がいない。

昔はお気に入りなのを知ってて弟がしかえしのために
持っていったり、
いたずら書きしたり、
しっぽ持って振り回したり、

 「まったくだ。ひとをなんだと思ってるんだ。」

え?
今度は声の方向が分かった。
ベットの上。
コン太がいた。
犬のお座りな恰好で、こっちを見上げてる。
大きなしっぽはふにふに揺れてる。

...コン太?
夢見る少女(自称)はこのくらいでは動じない。

 「そうだ。見て分かるだろ。」

分かる。
でもなんで動いてるの?
という疑問を持ちつつも、先に出た言葉は、
どうしたの?

 「俺っちは何色に見える?」

え?
色って...
それよりもコン太は男の子だったの?

 「コン太だからオスだろ?違うのか?」

コン太はちょっと不安げだ。
ちょっとかわいそうに思えて、とりあえず肯定する。
そ、そうね。

 「そうだろ。」

コン太は満足げに鼻を鳴らす

 「で、何色に見える?」

そうか、男の子か。
今度から着替えの時は目隠ししなきゃ。
昨日まで見られていたのも気に入らないが、
小学生だし。というおおよそ女の子とは思えない理屈でいいことにした。

 「そらそうだろ。オス猫に覗かれて悲鳴あげるか?」

そういえばそうね。

 「で、何色に見える?」

どうしても答えて欲しいらしい。
んー、エメラルドグリーン。

 「ほう。エメラルドグリーンってこんな色か?」

ちょっと自信がなくなる。
そもそもコン太(きつねだ)がエメラルドグリーンなのが変なのだが、
このときはコン太の色は普通にエメラルドグリーンだと思ってた。
(本当はキツネ色だ。)
そういえば、いつもよりも薄い気がする。

んー、もうちょっと濃いかな。

 「じゃあ、これか?」

もうちょっと。

 「これでどうだ?」

それは緑!エメラルドグリーンはもっとこう、美しい色でしょ。

 「むつかしいこと言うな。じゃあ明度をもうちょっといじって...」

あ、その色。

 「これか。ほんとにこれか?」

そうよ。

 「これじゃないのか?」

それは黄緑。
ちょっといらつく。

 「ふーん。」

意味ありげに見つめる。
キツネっぽく。
なによ。

 「何かあったか?」

え?(ぎくっ)
あ...え?

 「昨日よりずいぶん色がくすんでるみたいだが。」

両脇開いて自分の体の色を見ている。
なんだ後ろ足だけで座れるんじゃん。
...じゃなくて、
なに?どうして?

 「これが今日のエメラルドグリーンなんだろ?」

今日の?

 「そうだ。昨日はこうだった。」

さっきのやたら明るい黄緑色になった。
...どういうこと?

 「これはおまえの心の色だ。」

おまえ?ちょっと気に入らないが、その後ろの言葉の方が気になった。
心の色?

 「これが今の心の色だ。」
 「そしてこれが昨日の心の色。」

...ちょっとね。
いろいろあるのよ、年頃の女の子には。

 「言ってみろ?。」

やさしく諭すように言ってきた。
え、あー、あのね。
友達...。

 「。」

両手をついてやさしく見上げている。
言葉の続きを待っている。そんな感じだ。
...。

 「。」

友達がね、(涙が浮かぶ。)

 「ん。」

友達がね、私立行くんだって。(頬をつたう。健気に泣くのはがまんする。)

 「?」

コン太には理解できないようだった。
公立へ行く自分と別れ離れになる。
今日知ったこと。
前から、そんなことは言っていた。
けど、どうせ受かんないよ。とも言っていた。
合格したんだって。

 「ほ、ほう...???」

コン太の頭に、はてなマークがふたつみっつ。浮かんでる。
だからね、お別れなの。

コン太の表情が変わる。
やっとわかったという安堵感とその意味の重さが表情にでている。

 「そ、そうか。」

でもね、
でも別に引っ越す訳じゃなくて、家から通うんだって。
だから平気だよ。

コン太が落ち込んだのを見てなぜか元気づける。
涙声で。
でも涙はふかない。
帰る時に泣かないって決めたから。

ずっと一緒に学校に通ってた。
学校はここから20分くらい。
小学生には十分遠い。一人でかようのは(特に夕暮れ)心細い。
最近は帰りは別なことが多いけど、朝はいつも迎えに着てくれてた。
それもあと2ヶ月。

 「ま、まああれだ、そのー、なんだ...ん?泣いてる....のか?」

いつの間にか自分の側にいる主人から、流れ落ちてくる冷たいものを、鼻に感じてようやく気づいた。
キツネは目がよくないのだ。
表情変えずただ流れる涙なんて気づかない。

な、泣いてなんて...
もう言葉にならない。
ベットの側でコン太をぎゅっと抱きしめて、鼻をすする。
のどの奥で押し殺したような嗚咽が直接コン太に響く。

コン太はちょっと苦しそうに身をよじった後、こう言った。

 「泣いてあげろ。友達のために泣いてあげないのか?」

硬く誓ったはずの心のたがが外れた。
大泣きする。
驚いて母親が見に来るくらい。
うるさい、あっちいってと手振りで追い返す。
母親はちょっと心配そうだが、年頃の女の子だしととりあえず引き上げる。
外で、いいの、ほっといて上げなさい。という母親の声が聞こえた。
弟もそこまできたらしい。

どのくらい経ったのだろう。
すでに十分部屋もあったまっていた。
ゆっくりを腕の力を抜いて、
涙でぐちゃぐちゃなコン太の顔を見た。

いつものキツネ色だ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿