ハーベスト・タイム『収穫の時』

毎月発行の月刊紙『収穫のとき』掲載の聖書のお話など。

◆8月号◆自殺大国日本

2008-08-04 | 愛の随想録
年間三万人以上
 つらいことですが、毎年この時期になると、日本が「自殺大国」であることを再認識させられます。警察庁統計資料によれば、2007年の自殺者数は33,093人に上りました。これで自殺者数は、十年連続で三万人を超えました。不名誉というよりも、悲しい記録です。交通事故で亡くなる人の数が年間六千三百五十二人(2006年)と報告されていますので、自殺は交通事故死の五倍以上にもなっているわけです。
 自殺率の国際比較(三年前のデータ)では、旧ソ連邦の国々が上位を占めています。リトアニア、ベラルーシ、ロシア、カザフスタンが上位の四カ国です。日本の自殺率は、十万人あたり約二十四人です。一位のリトアニアが十万人あたり四十人強ですから、その六割ということになります。しかし、米国の十一人と比べると日本の二十四人は倍以上の数ですから、日本が自殺大国であるという事実に変わりはありません。
 統計資料をより詳しく見ると、男女別では男性の自殺者が圧倒的に多くて、七割以上を占めていることが分かります。さらに、年齢と自殺者数とは正比例しています。つまり、年齢とともに自殺率が上がるということです。
 自殺の原因ですが、三大原因だけで全体の八十四パーセントを占めています。①健康問題(48%)、②経済・生活問題(24%)、③家庭問題(12%)が三大原因です。

現代人が抱えるストレス
 自殺率に関して、旧ソ連邦の国々が上位を占めているのは意外な感じがしますが、旧共産圏が崩壊して以降の激変を考えると、そうならざるを得ないのでしょう。それらの国々では、短期間の内に国の体制、価値観、経済状況などが一変しました。その結果、人々は日常的にストレスを感じるようになったのでしょう。ストレスを貯め過ぎると、心に変調をきたし、ついには、うつ病の状態に陥ります。そうなると、正常な判断ができなくなり、自らの命を絶つという可能性すら考えるようになるのです。
 専門医によれば、今では、うつ病はありふれた病気だということです。一生の内でうつ病にかかる人の割合は、十四人に一人とも言われています。つまり、うつ状態に陥っても、深刻になり過ぎたり、心配し過ぎたりしてはいけないということです。風邪を引いたのと同じように、時が来れば必ず元気を回復すると信じて、休息しながら時を待つことが大切です。
 現代人は、あらゆる方面から襲ってくるストレスと戦いながら日々生活しています。また、自分の価値を否定されるような局面にたびたび遭遇します。「自殺大国」というタイトルを返上するための秘訣は、「各人が、自分の価値の源泉をどこで見出すか」ということに尽きるのではないでしょうか。つまり、うつ状態の時も、貧しい時も、病気の時も、年老いても、「私には価値がある」と言えるかどうかです。

聖書が教える人間の価値
 聖書の中の最初の書である創世記は、人間の価値の源泉がどこにあるかを教えています。
 創世記一章では、第六日目に先ず動物が、次に人間が創造されています。動物も人間もともに地から形造られました。人間と高等生物の体に類似性があるのはそのためです。
 動物は三種類に分けて創造されています。①家畜、②はうもの(足がないか、足が短いもの。両生類、爬虫類)、③野の獣(家畜にならない動物)。動物は、種類に従って創造されました。これは、それ以上は交配が不可能になる「種の壁」を表しています。聖書には、「神はそれを見て良しとされた」とあります。
 人間の創造は、それまでに行われた創造の業とは根本的に異なります。それまでは、「○○あれ」ということばによって創造の業がなされていましたが、人間の創造に際しては、新しい形の構文が出てきます。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように」(創世記1・26)
 新しい構文は、神の創造の業がクライマックスを迎えたことを示しています。また、「われわれ」という複数形の主語は、神が三位一体のお方であることを暗示しています。「人」はヘブル語で「アダム」です。ここでは、アダムという語が普通名詞として使われています。

 では、人間と動物を分ける「神のかたち」とはどのようなものでしょうか。
 「かたち」はヘブル語で「ツェレム」です。その意味は、偶像、彫像、似姿(幻で見る形)、などです。「神のかたち」を示すものとして、外面的な性質と内面的な性質とがあります。
 外面的な性質を列挙すると、次のようになるでしょう。㈰人間は言葉を使用します。㈪人間の顔には豊かな表情があります。㈫人間は、恥を感じることができます。恥を感じると、顔が赤くなります。㈬人間には、自然界を管理する能力があります。
 内面的な性質には、以下のようなものがあります。①知性、②感情、③意志、④霊性(神を認識する能力)などです。
 創造された時点での人間の状態とは、次のようなものでした。㈰人間には、罪を犯す能力が備わっていました。㈪また、人間には罪を犯さない能力も備わっていました。

 すべては、「非常に良い状態」から始まったのですが、どこに問題があったのでしょうか。完璧に創造された世界をカオス(混乱)に陥れたのは、人間の罪です。人間が、神から離れて自己判断によって生きようと決意した瞬間に、人類の堕落が始まり、被造の世界に呪いが下りました。堕落以降、人間は罪を犯さないという能力を失いました。つまり、罪を犯さざるを得なくなったのです。

希望に向かって
 人間性を正しく理解することによって、私たちの生きる方向性が確立します。神から与えられた人間性は、今は罪のために歪められています。しかし、それが再び回復される時がきます。
 創世記の記述を読めば、「良いもの」と「罪」を区別することによって、人間の生活は積極的で感謝に満ちたものになるということが分かります。また、人間の価値が、生産性や、年齢や、優劣によって決まるものでないことも明白です。
 人間である限り誰でも、地上で評価される能力や特質がひとつひとつ剥ぎ取られ、やがて死に直面する時がやって来ます。しかし、絶望する必要はありません。私たちには、死という繭にくるまれても、そこから見事な蝶に変貌する希望があるからです。「蝶に変貌する」とは、「神のかたち」を回復することです。